9.
「やつらがどこから来たのか、それ知らん。妙な首飾りをした連中だった。ある日――そうだな、数か月前だ。村の広場でなにやら演説をしている男がいると報告があった。“キールニールを目覚めさせる”そんなことを本気で嘯いているようだった。“そのために協力してほしい”と。他宗派の勧誘だか知らんが、いい度胸をしてると思った。注意勧告をするも、悪びれる様子もなく治安部の俺たちにも同様に勧誘を続けた。
イカれてると思ったよ。眠っているキールニールを起こす? それは冒涜だ。彼はこの退屈な世に嫌気がさして眠ってるんだ。彼を今わざわざ起こしてどうする? 今の世は彼が目覚めるに足りるか? そんなはずはない。彼のために我々がなにかすべきなのであり、自分の都合で彼を起こそうなど烏滸がましいにもほどがある。そういってやった。やつもなにか反論があったみたいだが、まあいい。いずれにせよ、やつらは狂っていたんだよ。……くそっ!」そこで、なにかを思い出したかのようにケシュドは机を叩いた。
「どうした、それで?」
「あの女……男の隣で、ただ突っ立っている女がいた。男と口論するなか、特に言葉を発するわけでもなく、じとりとした目でこちらを見ていた女が、突然割って入るように歩み寄ってきた。やつの笑顔を目にした記憶を最後に、俺の意識は飛んだ。蹴りだ。左側頭部に向かって一発だ。反応できなかったよ。
そこから先は聞いた話だ。俺を含め現場に駆けつけたのは5人。そう、こっちは5人いた。だが全員、俺と同じように女に伸された。弟も同じだ。一瞬でな。それどころか、俺と弟の二人以外は……死んだよ。殺されたんだ。俺たち二人が無事だったことからすると、おそらく殺すつもりはなかったのだろう。いや、俺たちの生死には特に興味がなかった。ただ黙らせられるならそれでよかった。それで打ち所の悪かったやつが死んだんだろうな」
口調こそ冷静だったが、彼の拳は怒りに震えていた。
「男はそれからも、なにごともなかったかのように演説を続けたらしい。結果、22人を引き連れ、なにくわぬ顔で村を去っていった。治安部はやつらを追ったが全員返り討ちだ。それからも各地で探し回ったが、まるで手がかりはなしだ。やつらがどこへ行ったのか、それもわかん」
「なるほど。その連れられていったものたちというのが気になるな。名簿が欲しい。今から用意してくれ」
「ああ?!」
「他にはなにかないか。たとえば、彼らはなにか名乗らなかったか」
「グロウネイシス、だったかな。しかも“本物”だと! 俺たちは〈あるかな会〉だ。グロウネイシスじゃない。“本物”とは、なんのつもりだが知らないがな。そして男の方は……たしか、カティアだ。ルール・カティア。そう名乗っていたよ」
***
「――以上が、〈あるかな会〉より得られた情報です」
曠野は聴取の内容を岡島に報告する。その内容を、岡島は脳内で反芻するかのように少し黙り込んだ。
「ご苦労。それにしても、カティアか……。そうだな、先に俺からも報告しよう」岡島は背もたれに体重を預け、話をはじめた。
「俺の方は逮捕され収監されているネオグロ系過激派への聴取へ向かった。収穫はあったよ。男の方はともかく、女については名も判明した。ドルチェ――過激派の間ではそれなりに有名な人物だったらしい。コロル派というネオグロ系に所属していたようだ。“いずれ世界はキールニールが滅ぼす。だからなにをしても許される”大雑把にいえばそんな教義を掲げている連中だ。
ドルチェはその中でも特に突出してキールニールに傾倒していた。“キールニールに会いたい”そんなことを日ごろから口走っていたらしい。そのために海軍から潜水艇の奪取を計画したこともあるが、これは未遂に終わっている。コロル派幹部に再三説得され止められたそうだ。そもそも、海軍の保有する潜水艇では海溝深度までは辿り着けないからな。とにかく、度を越えた言動の目立った彼女にはコロル派もさんざん手を焼かされていたようだ。
しかし、コロル派は彼女を追放できなかった。彼女自身の狂暴性と、そんな彼女にも付き従うものがいたからだ。ドルチェに従うものたちはコロル派で重要な役職にもあり、〈六祭祇女〉と呼ばれている。
そして4年前、彼女は自らの意思でコロル派を離れることになる。妙な首飾りをつけた、得体の知れない男が現れ、こう告げたらしい。“キールニールに会わせてやる”と。男は、“本物のグロウネイシス”を名乗っていたとのことだ」
「それがカティアと?」
「人相も確認した。間違いないだろう」
「それなりに全容が見えてきたようですね」
「ああ。だが、謎も増えたな。ルール・カティア、これがもし本名なら――いや、本名でなかったとしても、この名を知っているというだけでただものではない。この名は、
「え、〈17人の英雄〉?」その単語にはヌフが食いつく。「それがグロウネイシスを名乗ってるって?」
「彼があのルール・カティア本人ならな。だが、可能性は低いだろう。デュメジルの日記によれば、彼は魔族アイダとの戦いで死亡しているはずだ」
「いや、そうともいえないよ」ヌフは頭を押さえ、記憶を絞り出すようにして続けた。「たしかに、デュメジル自身はカティアが死んだと思ってる。日記にもそう書いてあった。でも、実際に死んだ瞬間を直接見たわけじゃない。デュメジルも本当にカティアが死んだのか確信が持てなかったから、わざわざ〈創死者〉なんていうかつてのあだ名も合わせて名乗って、どこかで生きているかもしれないカティアに呼びかけた。でも反応はなかった。だから、デュメジルはやはりカティアは死んだのだと判断した。でもやっぱり、カティアが死んだのだという直接的な証拠はない。彼が不死の呪いを受けた一人である以上、まだ生きている可能性は十分ある」
「呼びかけを無視したか、あるいは応じることのできない状態だったと?」
「かもね。たぶん後者。なにがあったのかまではわからないけど」
「カティア本人なら、グロウネイシスの紋様を知っていることにも説明はつくな。なにせ当時からの生存者だ。問題は、なぜグロウネイシスを名乗っているかだが」
「キールニールを目覚めさせようとしているのも謎だね。カティアならそんなことは不可能だってわかりきってるはずだし、動機がない」
「だが、カティアがドルチェを勧誘した、となれば計画の首謀者もカティアということになるだろう」
岡島は少し考える。たとえば、キールニールの封印を解くのは目的ではなく手段であり、キールニールと決着をつけるためにその封印を解こうとしている。口にするより前に馬鹿馬鹿しさに気づく。いくらなんでも無謀すぎるし、カティア本人であるなら急ぐ必要がない。
ただ、グロウネイシス的な思想に基づき彼を目覚めさせようとしている、とするよりはよほど“らしい”とは感じる。むろん、根拠はない。
「……カティアがなにを考えているのかはまだ憶測の域を出ないな。あとは本人に直接問い質すしかあるまい」
「女の方……ドルチェもだいぶやばいと思うね」口を挟むのはディアスだ。「〈あるかな会〉の治安部をまるで寄せつけなかったようだからな。ケシュドの弟にも話を聞いたが、連中はドルチェに対し一発も攻撃を当てられなかったそうだ。俺もまあ連中はサクッと片付けてしまったわけだが、ドルチェは真正面からだ」
「話を統合すると、彼女は騎士相当の危険人物である可能性があるな」
「だよねえ。だとすると、うちだけで処理するのは難しいんじゃないか?」
「だが、騎士団に協力を求めることはできない。この事件はあくまで“なにごともなく”解決する必要がある。騎士団が動けばことが大きくなりすぎる」
「世知辛いねえ。あの嬢ちゃんたちだけでなんとかできるのかい? あ、俺は無理だよさすがに騎士相当はね」
「そのための訓練だ。ヌフ、やつらが計画のために必要とする資材などから潜伏場所は絞りこめそうか?」
「そうだね。まず大きなものとして、彼らは船を必要とするはずだよ。少なくとも潜水艇を載せられるサイズのね。例の潜水艇は潜ることに特化していて航行能力は低い。だから、海溝付近まで潜水艇を運ぶ船が必要になる」
「船か。なら、片っ端から港で聞き込みを続ければいずれは捕まるか」
「かもね。でも、エンベルから出港した可能性もあるし、そうなるとややこしいよ? それに、これは僕の考えだけど、連中はおそらくどこかの無人島に潜伏していると思う。封印解除機材も一式を揃えてね。キールニールの棺はきっと目立ちすぎる。どんなに隠しても魔力の痕跡は残る。僕なら、そんなものを抱えて陸に上がるリスクは避けたい」
「無人島……つまり海か」
そういい、岡島はレックをの方を見る。
「なんだ?」
「元海賊の出番だ」
***
夜。暖色の明かりが灯る物静かな酒場で、岡島は一人グラスを傾ける。度数のあまり強くない酒を一杯、ちびちびと飲んでいた。
というのも、岡島はさほど酒には強くない。それでもこうして酒場へ足を運んだのは人と会う約束があったためだが、待つ間ただぼーっとしているわけにもいかず酒を頼んだ。こうして一人で飲む酒も悪くはない。悪くはないが、今はまだ仕事で考えることも多く、酔えるような気分ではなかった。
「待たせたな」
「ああ、ずいぶん待った。見ろ」
「……あまり減ってないように見えるが」
〈風の噂〉時代からの同期ロギン。彼は今も〈風の噂〉に勤めている。
岡島の同年代の男で常にベレー帽をかぶっている。というのも、明け透けにいってしまえば禿げているためだが、もともと薄毛だったのを開き直って剃ってしまったのが真相だ。しかし、それでベレー帽とはどっちつかずでいまいち開き直りが足りないと岡島はいつも思う。
「で、確認したいことがあるとのことだったな」
「ああ」
「ちょうどよかった。俺もお前に聞いておきたいことがあった」そういい、ロギンは岡島の隣に座って酒を注文する。
「遅れてきたのにお前から先か?」
「そういうな。念のために聞くだけだ」ロギンは声を低めて続ける。「レンシュタイン公国できな臭い動きがある。なにか心当たりは?」
「いや、初耳だな」
「そうか。だが、一応耳には入れておいてくれ。どこで繋がってくるかわからんからな」
「具体的にはなんだ?」
「戦略級魔獣だ。不在の森で、魔物ともつかない魔獣の成れの果てのような生物災害が発生した。現地の冒険屋に依頼して始末させたようだが、俺たちはこれをレンシュタインが実験に失敗した個体か、あるいは実験そのものだったのではないかと見ている」
「なるほど。だが、俺たちは内部犯罪調査室だ。国外の事件は完全に管轄外だな」
「そうでもないだろ? お前が俺を呼び出して確認しておきたいこと、というのもおおよそ察しがつく」ロギンは話を切り、酒を一口飲んでから続けた。「“白”、だろ?」
すなわち、シャピアロンの諜報機関を意味する隠語である。
シャピアロンはアイゼルの北に位置する広い国土を持つ帝国である。かつて両国では争いが絶えなかったが、現在は一応表向きの外交上は友好関係を保っている。ただし、互いに対立感情は根深い。裏では互いに虎視眈々と探りを入れ、弱みを握る好機を伺っているのが現実だ。
シャピアロンにとって、それを担うのが“白”である。彼らは最古にして最高の諜報機関。彼らは世界中の重要機関に潜伏し、聞き耳を立てている――と、されている。
「話が早くて助かる。お前に聞いてすぐわかるようなものでもないとは思うがな」
「まったくだ。前長官がああだったからな。潜入者への警戒度は一気に上がったよ。あるいは疑心暗鬼というべきか。そんなこんなで職員の一斉身元調査が行われたわけだが……、ま、あんなんで炙り出せるなら苦労はしないさ」
「今のところ“白”の気配はない、ということか?」
「そうなるな。とはいえ、俺からすればいないはずはないとは思ってるよ。諜報に関しては間違いなくあちらさんに一日の長がある」
それを聞き、岡島はますます酔えなくなる。それでも頼んだ酒はちびちびと飲んでいくしかない。
「……またバカ皇子か?」ロギンは声を潜めるように聞く。「今抱えている案件は行方知れずになってる第四皇子、といったところだろ。なにか事件に巻き込まれたか、それともなにか事件を起こそうとしているのか。いや、答えなくていい。ただ、俺もこのくらいは勘づいている。“敵”も同じところまでは辿り着いているはずだ」
「敵……“白”か?」
「そうとはかぎらない。今の長官はお前たち内部犯罪調査室のことをあまり快く思っていない。指揮系統は独立しているくせに予算だけは食っていくわけだからな。そんなこんなで、なにかと探りを入れるよう指示が飛んでる」
「お前もその一人というわけか」
「どうかな。いや、俺も指示は受けているよ。得られた情報はせいぜいお前が“白”を警戒しているということくらいか。あまり意味はなさそうだな。とにかく警戒はしておけ。“白”はどこに潜んでいるかわからんからな」
「……まったく、酒がまずくなる話だ」
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