Page22.ぬるいコーヒー・2

 今日はなるべく仕事に打ち込もう。

 会社の前で風香ふうかと出会ったときに、そう決めていた。だから、ここでは単に仕事をするだけ。仕事をして、時間になったら帰る。ぜんぶ、通常業務の範囲内で、いつも通りに淡々とこなしていくだけ――そういう風に過ごそうと決めていた。


 なるべく風香のことは考えずに、淡々と、淡々と。

 そう意識しているうちに時間はあっという間に経って、気付いたらもう昼休みの時間だった。

 会社近くのカフェに行って、コーヒーを飲む。ここで休むときはそうしているとなんだか気持ちが落ち着いて、午後からも頑張れる……ような気がしているから。

 注文したブラックコーヒーは少し苦くて。

 シュガースティックを持ってきてもらおうと顔を上げて、自分がひとりなことを思い出したりして。


 きっかけは本当に些細なものだったような気がしていた。いつもたまにしている喧嘩のように、いつものように、すぐにお互い折れることができることのように思っていた。

 だって、ただ学生の頃の友達と一緒に映画を観ただけなんだから。

 だけど、実際はそうならなかった。

 彼女は私から離れていったし、私はその友達――真彩まやに一線を越えさせてしまった。それも、それを知ったときの風香がどうなるか……そんなことを想像しながら。

 あれだけ彼女がことを不安に思ったり、内心でなじったりとかしていたくせに私だって同じじゃない……。


「………………、」


 真彩の顔が、頭に浮かぶ。あの頃も彼女が時折浮かべていた――そして昨夜私がしまったときにもその頬に貼り付いていた、勝ち誇ったような顔。

 だとしても、それは私のことじゃない。

 それに、どうしたって長い付き合いの彼女に情が移ってしまうことは認めてほしい。そんなことを思ってしまうのは、きっとわがままでしかないのだと思う。

 わかっていないわけではないけれど、それでも、風香のことに対してあまり口を出さないようにしてきた分くらいは……、そんなのも、きっと通用しないんだと思う。

 ただひとつはっきりと言えるのは、今、こうして私はひとりきりになっているということ。そのことに、今更ながら寂しさを感じていること。そう簡単には埋まってくれないみぞができてしまっている――ということだ。

 要は、どっちをとるのか――そんな話になってしまっているような気がしてならなかった。そんなの……、


「ぬる……」


 あっという間に休憩時間も終わり間際。

 考え込んでいる間にすっかり湯気も立たなくなっていた冷めたコーヒーにガムシロップを入れてひと息で飲み干して、会社に戻ることにした。

 きっと、考えているだけだとあまり物事は好転してくれなさそうな気がしたから。


 ……そうは思ったものの。

「……どうしよう、」

「? どうかしましたか?」

「あ、いえ、何でもありません。ありがとう」


 さっきからこの繰り返しになっている。

 もちろん、あらかたの仕事は片付いているし、今日は珍しく他の手伝いも必要ないくらいになっている。だから、その反面というか……、何もきっかけを作れない。

 いつもなら風香の方まで声をかけに行く。たぶん、今日もそれができそうな進度のはずだった。

 だけど、今日は私よりよっぽど教え方のうまい部長が彼女に付いている。


 私がようやく声をかけられたのは終業後、部長がトイレに立ったあと、風香がひとりで何事かを考え込むように項垂うなだれてから「よーし、やるか~」と気の抜けるような声を上げたとき。

 声をかけたときに見せた顔と、すぐ決まり悪そうに背けられた顔。

 そして、首筋についた――軽くウェーブを描いた髪の毛でも隠れきってない――赤い跡を見たとき。


 どういう気持ちだったかわからない。

 もしかしたら、彼女のよく言う独占欲が伝染うつったのかも知れない。

 理由もなにもほとんどわからないまま、私は風香と唇を重ねていた。

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