Page12.気まぐれスマイル・2
……遅い。
私たちが住んでいる所からちょっと遠い――比較的都心に位置している地域にある深夜営業レストラン、エトランゼ。この前、取引先の営業さんから薦められて知ってからずっと来てみたかった洋食店の前で、私は
別に、時間的に遅れているわけではない。開店時間まではまだもう少しある。
だけど、大体いつものパターンとして風香は待ち合わせの時間よりもずっと前に来ていることが多い。
『だって、会社の外ではわたしの方がお姉さんなんだから』
とてもそうとは思えない愛らしい笑顔で、いつも私に微笑みかけてくるのだ。そんなときのちょっと誇らしげな顔も……まぁ風香の魅力なんだと思う。本人の意図とは反して、とても年上らしさは窺えないけれど。
待ち合わせは開店の30分くらい前。
腕時計を見ると、あと10分だった。
ここまで遅れることは滅多にない。先に入ってるつもりだったけど、心配で仕方がない。
携帯を鳴らそうとしたけど、あれ? バッグの中には携帯が見当たらない。
もしかしたら、仕事用のバッグに入れたままにしていたかも知れない。前に泊まったとき、風香にも『帰ったらすぐ移した方がいいよ?』と風香に言われたのを思い出す。あぁ、情けない。
きっと、この近くで迷ってるのかも。
私は、風香を探しに行くことにした。幸いにして、隠れ家風という前評判に
きっと、風香を見つけて戻ってきて――仮にその間に開店してしまったとしても、席の心配とかはしなくていいはずだ。
できるだけ行き違いにならないようにしたいから、エトランゼの周りから徐々に範囲を広げていく感じで行こう。
そう思っていた矢先に、見つけた。
何のことはない、レストランからたぶん道のりで考えてもせいぜい数百m程度の距離のところにある自販機近くで、位置情報アプリを見ながらわたしのいる場所を探しているようだった。
やっぱり、この近くまでは来てたんだ。
そうに違いないと確信していたことではあるから、そこは別に問題ない。
問題は、その調べ方――というか、調べてもらう方法。
風香は、たぶんつい今さっき出会ったのだろう男の胸に入り込むような体勢で、一緒にスマホの画面を見ていた。その体が今にも密着してしまいそうなほど近いのは、2人の距離を意識したくなくても、男の緊張したような表情からも容易に窺えて。
何て言ったらいいか、わからなくなった。
ただ思ったのは、「あぁ、この人はずっとこうなのかな」という諦めにも似た納得だった。
私はきっと、この人にずっと踊らされるんだろう。
ずっと気を揉まされて、ずっとこの疼痛に悩んで、ずっと信じきれなくて、ずっと心のどこかがじりじりして、ずっと風香のことが頭を離れなくて。ずっと、ずっと。
そんなの、私の手に余る。大変過ぎる。そんな心労を負いたくはない。
そう、思うのに。
訳もわからないまま、私は彼女に向かって走っていた。そして、できるだけ大きな声で呼びかける。
「風香、ここにいたの!? 駅とかで電話くれたら迎えに行ったのに……!」
あなたは私の手に負えないってわかってるのに、どうして、こんなことをしてまで繋ぎ止めたいんだろう? もう、訳がわからない。
一応相手の男には「ご迷惑をおかけしました」と言っておいたけど、正直そんなのはどうだっていい。そんなのより、あぁ、もう。
「何か怒ってる?」
……わかってるくせに。
「ていうか風香はちょっと無防備過ぎ」
「えぇ~、そっかな?」
そんな笑顔も、私を煽るためのものだって、わかってるのに。
「……そうだよ」
拗ねた子どもみたいな仕草を、ついとってしまう。絶対に、今は風香の方を向きたくない。真っ赤になっているのが自分でもわかっているから。でも、風香は私を逃がしてはくれない。
「大丈夫だよ、わたしの特別は
その言葉に、思わず言い返しそうになった。
じゃあ、風香の特別じゃない人はどれくらいいるの?
だけどそれを言わなかったのは、たぶん風香の言葉に浮かれてしまったから。そんな私自身の簡単さを恨めしくなりながら、私は強く風香の手を引いた。
今この瞬間、この人の隣にいるのは私なんだって、強く言い聞かせながら。
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