Page11.気まぐれスマイル・1
「あれー、確かこの辺だったと思うんだけど……」
雪が降り始めてきた冬の夜。
わたしはひとりで、さっきも通ったような場所をぐるぐる回っていた。ていうか、たぶん通ったかも……? もう、似たような場所ばっかりで疲れるなぁ。せっかくアプリ使っても似たような道ばっかりで暗いからよくわかんないし……。
ついた溜息は、白くなって暗い灰色に見える夜空に溶けていく。
うぅ、寒いなぁ……。思わず「寒いね」と声をかけそうになって、隣に
馬鹿だなぁ、わたし。
こんなことしてたって、しょうがないのに……。
何度隣を見たって、今のわたしはひとりきりなのに。それは、もう覆らない。あのときわたしがしてしまった選択のせいで、こうなっているのだから。
「………………ほんとに、やっちゃったなぁ」
1回帰ったりしないで一緒に来ておけば道に迷うこともなかったのに。
「早くしないと」
綺音さんがそろそろ待ち疲れてしまう。
目的地が綺音さんオススメのレストランで間違いないことを確認してから、わたしはまた狭苦しくて似たような石塀が並ぶ裏路地を歩き始めた。
きっかけは、綺音さん――ううん、一応話があったのは就業時間内だから先輩って言った方がいいのかな――の言葉だった。
昼休み中、珍しく連れ出された会社近くの喫茶店で、先輩はちょっと憂鬱そうな顔でホットココアを飲みながら尋ねてきた。
『ねぇ、
『え、どうしたんですか?』
『イブって残業しないとかできると思う?』
『うーん……』
正直な話、とてもじゃないけど無理だろうというのがわたしの感想だった。
年末が近づいてきて、今年分ということで割り振られた企画とかを済ませなくてはいけなくなってきているから、わりと忙しくなってきている。
わたしはもちろん自分の仕事を進めているし、あらかた済ませている先輩はというと、著しく進度が遅れてしまっているような人のサポートに回ることになっている。つまり、忙しい。
全体としても、今のところは定時上がりを保てているけど明日明後日にでも残業せざるをえない状況になるかも知れない。
そうなってから定時上がりとか……うぅ、想像しただけで寒気が。
そんなわたしを見て、先輩も『ま、無理だよね~』と深々と溜息をついた。その様子を見て、心が思わずざわついて。
なるべく平静を装いながら。
『何かイブに用事でもあるんですか、先輩?』
なるべく笑顔をキープして。
『あるんだったら教えてくださいよ~、ね?』
なるべく本心を奥に秘めて。
そんなわたしを見て先輩は。
『ん、こないだいいお店見つけたからイブの日に風香とご飯食べたいな、とか思ってたんだけど……。う~ん、やっぱり駄目か……』
わたしの心なんて気付いていないかのように、本気で落ち込んだ顔で言った。
あ、無理。
反射的にそう思った。
なにこの娘、すっごい可愛い。もう抱きしめたい。でも、同僚の目があるところでそういうことをするのは先輩も嫌がるってわかってるから。代わりに返した。
『だったら、今日行きません?』
その答えに綺音さんが嬉しそうに笑ってくれたのが、数時間前。
わたしが道に迷わなければ、もうちょっと前に合流できている頃なのに……。どうしよう。
辺りを見回しても、やっぱり何回か回ったような住宅街だし……。
そう思っていたところで、ちょうど目の前にこの辺りに詳しそうなお兄さんが立ってるのに出会えるあたり、たぶんわたしついてる。
自販機で缶コーヒーを買って飲んでいる彼が歩き始めたところで、声をかけた。
「あの~、すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」
お兄さん――と思ったけどたぶんわたしと同じくらいかも――はぽかん、とした顔で一瞬固まったように見えたけど、すぐに「あ、どうかしましたか?」と優しい声で言ってからスマホの地図画面を覗き込んで、道順を教えてくれた。
「……で、ここの角を左に曲がったら右側に見えると思いますよ、ん?」
ふと彼が言葉を切ってわたしの後ろに視線を向ける。ん、どうしたんだろう? そう思っていたら、後ろから聞き慣れた声。
「風香、ここにいたの!? 駅とかで電話くれたら迎えに行ったのに……!」
息を切らして走ってきたのは、少しおしゃれなコート姿の綺音さんだった。
会社帰りにそのまま向かうって言ってたけど一応着替えてはきたんだね、という場違いな感想を口にする前に、綺音さんはわたしの手を引いてその場を離れる。
その前に「ご迷惑をおかけしました」とお兄さんに言っておくのを忘れないところに真面目さが出てて愛おしくなる。
そんなにイライラしてるのに、必死にそれを表に出さないようにしてるの、ほんと可愛い。
ようやくそれを出してきたのは、彼から少し離れたところで、小さな声でだった。「何か怒ってる?」と訊いてみたら、そっぽを向きながら。
「ていうか風香はちょっと無防備過ぎ」
「えぇ~、そっかな?」
「……そうだよ」
そっぽを向いたまま拗ねた口調で短く返してくる綺音さんの耳は、街灯の白い光の中でもわかるくらいには赤くなっていて。
あぁ、これはちょっと飲んでるな?
むくれる姿が可愛いなんて、たぶん本人には言えないけれど。
たぶん一足先に最高のクリスマスプレゼントをもらったかな、なんて思ってしまうのはよくないのかな? 寄り添った綺音さんの体温はゆっくりとわたしの心に染み込むようで温かかった。
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