Page10.夕暮れアンニュイ・2
暦の上ではとっくに、実感としてもいよいよ秋から冬に変わってきたのを実感するのは、やっぱりこの時間帯だと思う。
触れたところを切ってしまいそうなくらいに冷たい北風の中で、周りを見る。夕焼けの中に町並みにも影が次々とできてきて、明暗のグラデーションが寂しさを際立たせている。
暖色の景色なのに、寒々しい。
そんな中でも、私の隣は温かい。
「せーんぱい♪」
「ん、どうしたの
一応はそう尋ねたけど、何となくその理由はわかっている。最近、ちょっと忙しくなってきたせいであまり風香の家を訪ねることができなくなっていて、今日は久しぶりに行ける日なのだ。
だから、彼女がこんなに――ともすれば私よりもよっぽど幼く見えそうな笑顔を振りまいている理由は、わかっている。
「今日は先輩が来てくれる日ですからね~」
「……あんまりそういうの大声で言わないでよ。周りに聞こえちゃったら」
案の定な理由で、笑顔の理由になれたことはもちろん私にとって嬉しいんだけど、あまりこういうことを周りに聞こえそうなところで言ってほしくない――とつい思ってしまう。
別に、
それは、わかっているのに。
きっと周りにどう思われるか、じゃない。
私自身が怖いんだと思う。
今まで、同性とこういう感じになることなんてなかったから。それを周りの目だとか世間の考えだとかそういうもののせいにして、私は性懲りもなく逃げ回っている。
そんな煮え切らない私のことを、きっと風香はわかっている。
だけど。
「えへへ~」
「ちょっ、風香!?」
「えへへ」
肩に寄りかかってくる頭をどうにか受け止めて、彼女の笑顔を見る。その眼には驚きの中にも怯えが見え隠れした顔の女が映っていて、そんな私を見つめる風香の顔は優しかった。
「ここならたぶんわたしたちのこと知ってる人いないから大丈夫だよ、綺音さん」
耳元で囁かれた吐息に思わず体が震える。
「ね?」
見つめた顔は、私の弱さをも受け入れてくれるような優しさに満ちていて。それがきっと、優しさ以外の欲望じみた感情によって作られたものでも構わない――そんなことまで想ってしまう。
だから、私はまた頷いてしまうのだ。
寄せた体からは温もりが伝わってきて、疲れることのあった今日は特にその温もりがありがたかったけれど、ふと思ってしまう。
きっと、この人はこんな笑みをいろんな人に見せてきたんだろうな、って。優しくて、欲しがりで、気持ちをざわつかせる笑顔を。
そしてたぶん、彼女はその結果を拒まない。
私に、彼女を独占する勇気があればいいのに。
ふとよぎった思いに、戸惑いながらも。
「あっ、今日の夜どうします? どこかレストランとか?」
「ううん、今日は何か疲れちゃった……。このまま行ってもいい?」
虫の居所の悪い上司の相手も疲れた。それに、いま私の隣で微笑んでくれているこの人のことを思うといつも疲れてしまうから。今日くらいは、一緒にゆっくりしたい。
2人きりのところで、一緒に。
「じゃあ、何か軽めのを買って帰りましょうか」
「うん……」
少しでも、彼女の近くに。そんなことを思うなんてたぶん疲れてるな――そう思いながら頭を乗せた風香の肩はとても温かくて。
瞬き始めた星空は、冷たいけれどとても綺麗だった。
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