Page14.雪の白にも負けないほどの・2

「わ、雪ですよ先輩!」

「あっ、ほんとだ」

 昼休憩の時間が終わって、会社に戻ろうとしたときに風香ふうかが空を見上げて声を上げた。予報だともうちょっと遅い時間だったような気がしてたけど、天気予報も当てにならない。

 帰りの電車止まったりしなきゃいいなぁ……。


「何だかロマンチックですねー」


 あぁ、そういう見方もあるのか。

「ん、あぁ確かに。綺麗だよね……」

 その言葉に、思わず違う人を思い出しそうになっていたとは、どうしてか言えない。別に言ったっていいはずなのに、言った瞬間に風香の様子が変わってしまうことが目に見えたから。


 私の前で雪を見上げて、綺麗だと笑ってたのは、風香が初めてではない。


 たとえば、最悪な別れ方をした前の彼氏だってそういえばそんなことをしていた。もちろん、その後はに直行だったけど。そういう思い出も懐かしいと感じてしまう程度には、うん。私もけっこう未練がましい性格してるのかも知れない。


 少なくとも、あいつのことをとやかくは言えないのかもなぁ……なんてどうでもいいことも考えていたし、それよりも喫緊の事態だと思う帰りの電車のことも考えてた。いろんなことを頭の中で思い巡らせているときに、不意に隣から「ねぇ、綺音あやねさん」と声をかけられる。


「ちょっと、外でその呼び方はやめて、って――」

「言い忘れてたことがあるんだけど、明日さ、前の彼氏が来るんだ。ちょっとだけお話したいって。それで潰れちゃっても嫌だから、今日会お?」


 その声は、潜められているのにどこか楽しげで。

 だから私の反応はしっかり観察されているなんてことも、よくわかって。動揺するなんて風香の思うつぼだってわかってるのに、あぁ、もう。何でここまで気持ちを乱されてしまうんだろう?

 風香にだって、くらいいる。

 ううん、たぶん私なんかよりずっといろんな人と付き合っているに違いない――この人は人だから。自分の魅力をちゃんとわかってて、その使い方もわかってて、それで、結局その魅力に惹かれた人から向けられる好意を、たぶん風香は拒まない。

 それが仕事の手助けであれ、そのであれ。


 後輩として甘えてるだけ。


 表に出てないところから目を背けられたら、きっとただそれだけの光景に見えるのかも知れない。だけど、この人の深みに嵌ってしまったからわかる。

 彼女を好きになってしまった私は、風香には絶対敵わない。

 会社に戻ってからも、乱れる気持ちは視線になって彼女へと向かって行って。そのたびに見つめられて微笑み返される。白々しく「先輩、ここのところもう1回教えてもらっていいですか?」なんて寄ってくる吐息に、距離に、搦め取られていくのを、感じてしまう。


「ね、もう寂しくなんかないでしょ?」

 帰り道。自然と向かっていた風香の部屋でキスをした後。

 普段のの顔なんて嘘みたいに感じられてしまう、私なんか足元にも及ばないに変わっている彼女の囁きに、私は「……うん」とつい甘えた声を出してしまう。

 抱き締められる体温が、とても愛おしい。

 このを壊したくない――そんな思いを、風香も持ってくれているのかな。そう思いながら、私はきつく彼女の背中に手を回した。

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