Page15.甘くてとろけそうな・1

「う~、寒い~」

 静かな冬だけど、休日ともなると少し賑やかになる。

 ショッピングモールに併設された映画館の前で、わたしたちは並んで立っていた。それにしても、寒い……!

 暦の上ではそろそろ春らしいけど、まだ寒いものは寒い。高校のときとか全然これくらいの寒さ気にならなかったけどなぁ――そんなことを考えた途端に、自分の年齢を考えてしまって辛くなる。これも全部冬の寒さのせいだ。


 隣では、わたしとそんなに変わらない歳のはずの綺音あやねさんが平気な顔をしている。もしかしたら、わたしたちの間に横たわるいくつかの数字の中に、寒さが平気な年齢と平気じゃなくなる年齢との境界線があるのかも知れない。

「ううぅ……っ、綺音さん寒くないの?」

「いや、寒いけど。風香ふうかこそ、ちょっと大袈裟なんじゃない?」

 ケロッとしたのを通り越して、わたしの様子にちょっと戸惑ったような顔で綺音さんが返してくる。今にわかるよ、この気持ち。

 それにしても、黒い。

 いつも仕事帰りにわたしの家に寄ってくるから、そのときに黒い服なのはまだわかる。わたしだって仕事モードと普段着では配色とか違うし。だけど、綺音さんは私服でも黒っぽい。

 確かに、黒基調の服も綺音さんのクールビューティー感がよく出てていいんだけどさ……。それでも、もうちょっと可愛い服でもよくない? 何か勿体ない気がしてしまう。

「それでさ、綺音さん。そろそろ来るんだっけ、お友達」

「うん、たぶんそうだと思うんだけど……」

 言いながらキョロキョロする綺音さんは、どこか落ち着きがない。


 久しぶりに会う友達だって言ってたし、たぶん緊張してるんだとは思う。

 でも、何だか胸がもやもやするなぁ……、緊張する相手なんてわたしだけで十分なのに。うーん、いややっぱり緊張はされたくないか。わたしの前ではリラックスした綺音さんでいてほしいかも。

 映画館の前でぼんやりと考えていたとき、「あ、綺音……っ!」と小さな声がわりと近くから聞こえた。

 振り向いた先にいたのは、まるでどこかの人形みたいに可愛らしい感じの子だった。染めているみたいで、ちょっとだけ色味がアンバランスな銀と白の髪の毛の奥で、わたしの様子を窺うみたいな視線が揺れている。すっごい警戒されてそうなんだけど……。

 でも、まぁ。

「久しぶり、綺音。えっと、その、元気だった?」

「うん、真彩まやはどうしてたの? そっか、先生になるんだ……!」

 久しぶりにあったという友達と楽しそうに会話を弾ませている綺音さんを見てるのはこっちも幸せな気持ちになるから、まぁ今はいいよ。珍しいくらい弾んだ声に、ちょっとだけもやもやした気持ちはあるけど、真彩ちゃんに抱いている気持ちは間違いなく友情だろうしね?


 映画の上映時間までには、まだもうちょっとある。

 パンフレットと、観ながら食べるポップコーンとかを買いたいという綺音さん(仕事を離れてこういう所に来ると途端に若々しくはしゃいだりするからけっこう可愛い)に付き合っていると、隣にすっ、と真彩ちゃんが歩み寄ってきて、囁きかけてきた。

伊藤いとうさんって、綺音のこと好きなんですか?」

 唐突に捻じ込まれた質問は、真彩ちゃんの顔を見れば真剣そのものなんだってことがよくわかって。だからわたしは、はっきりと「お互い好き合ってるから」って返した。

 そうなんですか、と小さな声で返してきた後。


「綺音、ああ見えてけっこう感情の起伏が激しいから、ちゃんと癒してあげてくださいね?」


 それはきっと、わたしが見たことのない綺音さんの姿。

 そして、真彩ちゃんがを見られるほど近い関係だったんだっていう証明のようなもので。

 得意げにすら聞こえる声に揺れてしまった気持ちでは、見てみたかった映画の内容すらもろくに覚えられなかった。

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