Page7.お好きなものは?・1

 少し風が涼しくなってきた、いつも通りの帰り道。今日もわたしたちは、2人並んで帰っている。

 バス停で2人の何かが1つになったように感じたあの雨の日から、少し経った。

 会社では相変わらず先輩と後輩の関係で、相変わらずわたしはお小言を言われてしまう(少しはわたしも進歩した……と思いたいけど)。


 でも、今の帰り道では。


綺音あやねさん。今日はどうしますか?」

「んー」

 こんな風に少し天を仰いで考える仕草をするときは、ちょっと都合が悪い日。


 そんなことまでわかってしまうほど、わたしたちはあの頃より近い距離にある。

「じゃあ、明日にしますか? わたしはいつでも空いてますから」

 そう微笑んでみせると、申し訳なさそうな顔で「あ、うん。ごめんね風香ふうか」と謝って、わたしの自宅とは逆方向へと足を向けていった。

「ばいばい、綺音さん」

 呟いた言葉が届いたかはわからない。

 でも、わたしはけっこう満足している。


 だって、こういう状況ができれば、真面目な綺音さんはきっと次の誘いを断ったりしなくなるから。

 だからあなたは何も謝らなくていい。

 むしろ、ごめんね?とその後ろ姿に囁く。

 わたしはあなたが思っているよりもずるいんですよ? そういう経験だけはたぶんあなたよりずっとしてしまっているから。

 でも、そういう手段を使ってでもあなたから離れたくない。


 わたしたちは、あのバス停で何かが1つになった。

 それが「愛」と呼べるものでないことはなんとなくわかっている。

 言うなら、利害の一致みたいな、恋だとか愛だとか呼ばれるものに比べれば少しドライなもので、わたしたちは繋がったのだと思う。きっとそれに対しても、彼女は罪悪感を感じてしまっているのだろう。

 それも、わたしは利用してしまうから。

 わたしは、あなたが罪悪感なんて抱く相手じゃないんです。


 先輩には聞こえない独白を呼気に混ぜて吐き出した夜空では、星がとても綺麗。


 * * * * * *


「先輩♪ お昼一緒に食べません?」

「え? そうだね、食べよっか」

 昼休みに入ったから、わたしはをランチに誘った。彼女はもちろん、わたしの誘いに乗ってくれる。周りの目を気にして、少しだけ困った顔をしながら。


 社食で向かい合った先輩は、好みの食べ物が集まったプレートを満足げに眺めている。うん、好きなデザートに目を奪われている姿は、仕事中のキリっとした先輩とは違うなぁ。

 でも、デザートは他を食べ終わってから……というこだわりがあるみたいで、今も冷製のパスタサラダを食べながら必死に誘惑と戦っている。そういう姿はなんだか年相応(むしろそれよりはちょっと幼くなるのかな?)に見えて、とても可愛らしい。

 同期のみんなは仕事中の厳しいところばかりを見て彼女を嫌うけど、ちょっと勇気を出して仕事以外の時間も過ごしたりしてみれば、きっと彼女のことを好きになれると思うんだけどなぁ……。ちょっとだけ勿体ないというか、一部しか見ないで先輩を嫌う同期たちのことを恨めしく思ったりして。


 あぁ、でもこれでいいのかも、やっぱり。

 だって、みんなが先輩のことを好きになってしまったら、たぶん気が気でなくなってしまうだろうから。

 まったく、そんなわたしの気なんて知らないで、ただの綺音さんに戻ったは、おいしそうにアップルタルトを食べている。幸せそうな顔。

 今度作ってあげようかな、なんて思ってしまうくらいには、わたしも幸せな気持ちになっていたりする。

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