Page.23 鏡合わせの・1

「――、ぷはっ、……どうしたんですか、?」

「ぁ、あの……」


 会社では先輩と呼んでほしい、前にそう言っていたのは綺音あやねさんだったのに、何故か傷付いたような顔をされる。まぁ、もちろんわたしにも彼女をすぐに受け入れない――という意図くらいはあったんだけどね。別にそこまで頑なになる必要なないのかも知れないけど、そこは、だって昨日の今日だし。

 ちょっとだけ気まずそうなのは、たぶん綺音さんもそれをわかっているからなんだと思う。


「こういうときに、ってズルくないですか?」


 キスを仲直りの道具に使うなんて、ずいぶんひどいことを覚えちゃったんだなぁ、綺音さん。お姉さん悲しいなぁ……、どうしてそんな風になっちゃったのかな? そんなとぼけたことを考えていると、綺音さんはわたしの考えなんてお見通しだと言わんばかりにジトッとした目で見つめてきた。


「それは、あなたのせいだけどね、風香ふうか

「……そうですか?」

「えぇ、だから――」

 そう囁きながら、綺音さんはわたしの頬を両手で挟んで、真正面から見つめてきた。あ、なんとなく目が潤んでるような感じする。そういう目をできてしまうのは、たぶん、雨のバス停で初めてキスをしたときからだったと思う。

 いったい、彼女はどういう経緯でそういう表情を身に着けたりしたんだろう……そんなことをふと思ったりして、また訪れるが胸を締め付けてくる。そんな気持ちなんて、しばらく忘れられていたのに――もうすっかり無くせていると思っていたのに。


『わりといい人と出会ってた系?』

 今朝縁を切ったチャラ男くん(仮名)から掛けられた言葉が、胸によぎる。

 うん、そうだよ。出会ってた。わりと、なんかじゃなくて、めちゃくちゃ魅力的で綺麗で可愛い人と出会ってた。こうやって、今も一緒に対面している。今は、ただのっていう関係でだけ、向かい合えているけれど、それこそ本当ならわたしにはもったいないくらいの人なんだと思う。わたしは、そんな人を独占していられるような人間ではなかったはずなのに。

 いつの間にか、それが当たり前みたいになってしまっていたんだ。元々綺音さんはでしかなかったはずなのに。まるで夜空からわたしたちを見つめている月のように遠い人で、ずっと綺麗で、わたしとはどこか違う存在みたいに思っていた。


「――――、ん、」

「……っ、すごく甘い顔」


 そんな人が、こんなにわたしを求めている。優越感に近いものを感じながらも、少しだけ不安になる。もし、このままわたしまでこの気持ちに身を委ねてしまったらどうなってしまうんだろう、って。


「…………、先輩、まだ仕事、」

「それ手伝うから。あの、」

「わかったよ、綺音さん」


 最初はわたしが一方的に依存しているだけだと思っていた。けど、いつの間にかそれはただの片想いじゃなくなって、それどころか、綺音さんの言うことには逆らえないような流れになり始めてる。

 ……それも悪くはないんだけどね。


 夜は、まだ長い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る