Page.24 鏡合わせの・2
「――、ぷはっ、……どうしたんですか、先輩?」
「ぁ、あの……」
きっと
だから、咎めようとは思えない。
けど改めて目の前で、それもキスをした後でそう呼ばれると、心が軋む。
いつものことのはずなのに。
風香はいつも、私を惑わしてくる。
惑う私を見て楽しんでいる――私が彼女を想って惑うことに対して、喜びに近い感情を持っている。それが彼女のどういう欲求を満たすことになるのかはわからない。きっと彼女の知らない私と同じくらい、私の知らない彼女もたくさんいるのだから。
けれど、時々それが我慢できなくなる。
自分にこんな感情があったんだって戸惑うことすらある――付き合っていた彼氏にだってここまでの感情を持つことなんてなかったのに。風香のことを1番知っているのは私でありたい、なんて……。
そんな、叶うはずのない願いを持ってしまいそうになる。
それに私は昨日、風香を裏切った。自分自身を騙して、たぶん今朝はそんな感じをおくびにも出さずにいてくれていたけれど、
私は、最悪だ。
自分のしたことの責任とかをとろうとは全然しないで、ただのご機嫌取りみたいなキスだけして、ごまかそうとしている。そんな私のことも、風香はもちろん見透かしている。だから「こういうときに、ってズルくないですか?」なんていう言葉だって、本当なら黙って受け入れてもよかったのかも知れない。
けど……。
「それはあなたのせいだけどね、風香」
「……そうですか?」
「えぇ、だから――」
真正面から、彼女の顔を見る。仕事だと言って――もちろん仕事ができるというわけではないから口実だけというわけではないけれど――こちらを見ようとしない風香を見つめたくて、年齢の割にはどう考えても若々しい頬に手を添えてこちらを向かせる。
正直、ズルいのは風香の方だと思う。
朝、顔を合わせたときになんとなくわかった。彼女は私が真彩と一緒にいた間、私の知らない誰かと一緒にいた。彼女は吸わない煙草の臭いが微かにしたし、何よりも彼女からはまだ、艶が抜けきっていなかった。
きっと、昨日の夜にお相手を魅了したのだろう、普段会社で関わっているだけではきっと感じることのできない、彼女の艶めいた妖しい媚態。いつもなら出勤前にはちゃんと抜けきっているはずのそれが、まだ残っていた――きっと、その相手の家を出る直前まで、振り撒いていたのだと思う。
――あなただって、私と同じじゃない。
そう言うことだってできるはずだ。
けど、できない――どうしてあなたは、相手に対してそうも素直に感情をぶつけることができるの? どこか拗ねたような顔をしていることに、あなたは気付いてる? それは計算なの、それとも無自覚?
私には、そんなことすらわからない……。
掻き毟られそうになる胸の疼きをごまかしたくて、また風香にキスをしてしまう。風香はそんな私を黙って受け入れる、舌を伸ばして、ふふ、と甘い吐息混じりの笑い声を出して、身勝手な私を絡め取る。
あぁ、たぶん今の私は、風香が思うような先輩じゃない。そんな私を、風香はどう思っているのだろう? きっと、こういうことにかけては私は、彼女の手のひらの上に違いない。それがどこか悔しいような気もするのに、すごく気持ちがよくて。
そんな私にもっと求めさせようと、風香はまだ後輩の顔をする。
もう、その姑息な手に掛かってもいい、それでも私は――。
「…………、先輩、まだ仕事、」
「それ手伝うから。あの、」
「わかったよ、
そう答えた風香の顔がとても嬉しそうに見えたのは、私が風香を求めすぎてしまっていたから? もう、どんなに愛おしい過去を並べ立てたところで太刀打ちできないくらいに風香の存在が大きくなってしまっていたから?
答えなんて出ないまま、それでも私たちはまた同じ場所で、たぶん同じだと信じたい時間を取り戻していた……。
それが徒花だとしても 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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