それが徒花だとしても

遊月奈喩多

Page1. 月を見上げて・1

 帰りがけに寄ったコンビニで、夜勤の男の子にちょっとめんどくさそうな声で「あざっしたー」と見送られながら、外で待ってくれていた先輩のところに駆け寄る。


「すみませーん、遅くなっちゃいました!」

「別に大丈夫だけど。ほしいの買えた?」

「はい!」

「そっか。じゃあ、行こ?」

 そう言って、先輩は軽く微笑みながら歩き始める。

 えっと……、どうしたんだろう、今の笑顔は。綺麗だったけど。

 あっ! もしかして今のわたし、ちょっと子どもっぽかったのかな? それで笑われた? うーん、でもずっとほしかったやつだし……。


 そんな言い訳を頭の中でしながら、隣を歩く先輩を見る。

 小泉こいずみ 綺音あやねさん。簡単に紹介すると、わたしが最近勤め始めた会社の先輩。とてもしっかりしてて、いつも冷静で、外見も綺麗。声も少し低めで耳に心地いい。ストレートに伸びた黒髪にも、お手入れが整っている。

 年下だけど、見習いたいところだらけだ(いつもお世話かけてます!)。

 でも、時々見せる笑顔が無防備で可愛い……、大好きな人。

 もちろんそんなことは言えっこないけど、もっと近くに、もっと傍からこの人を見られたらきっと幸せだろうな、って。


 そんなことを思いながら、今日もわたしたちは一緒に帰っている。


 家が近いこともあって、わたしと先輩の帰り道はもうしばらく一緒だ。

 月明かりが綺麗な夜道。

 葉っぱばかりの桜並木の下を歩きながら、わたしは隣を黙々と歩いている先輩を窺う。

 ……先輩は、彼氏さんとのやり取りをしていて、スマホに夢中。

 ふぅん、楽しそうにしちゃって。別に、変にデレデレしたりニヤケたりしているわけではないけれど、先輩が楽しそうなのは何となく伝わってくる。そんな先輩の姿を見ているのも好きだけど、今はわたしが隣なんだけどなぁ。

「先輩、月綺麗。見ないんですか?」

「んー、今はね」

 随分とあっさりした返事をしながら、先輩はまだスマホに釘付け。

 うーん、楽しそうにしてるから「それより見てよ」とは言いにくいし……。何より、そういうつれない態度をとられていても、ううん。たぶん、そういう無防備な姿を見られていることが嬉しい。

 そして、たぶん。


 そんな風に手が届かない先輩だから、きっとわたしは求めてしまうのだ。

 夜に見上げて見蕩れた月明かりに、思わず手を伸ばしてしまうように。


 そんなことを考えている間に、もう分かれ道。

 丁字路をわたしは左に、先輩は右に曲がっていく。

「あ、もうここまで来てたんだ。じゃあ風香ふうか、また明日ね」

「はい。おやすみなさい、先輩」

「おやすみ」

 そんな、いつものような気安いやり取りだけで満足できていたはずなのに。

「先輩」

 思わず呼び止めてしまったのは。

「ん?」

 そうやって振り返ってくれる顔が、いつもよりも機嫌よさげで。

「どうしたの?」

 その理由がわたしじゃないことが明確だったから。

「月、綺麗ですね」

 きっと少しだけ、気持ちが抑えられなくなってしまっただけ。


「あー、そだね」

 何気なく夜空を見上げて、そのまま歩き出したその後ろ姿に、まだわたしの手は届かない。

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