二人の勝負

「おめでとうございます。まさか撃破げきはしてしまうとは。素晴すばらしい」

 緑色の舞台ぶたいの上で、司会者しかいしゃが言った。

優勝者ゆうしょうしゃからのメッセージってやつ? 大事なこと言うから、ちょっと静かにして」

 マイクを渡されて、いつもの調子でケイが言った。

 幕海まくうみドームは、すこし静かになる。

 そのあと、世界をただよ粒子りゅうしの問題について、自分の身体からだが弱いということも含めて話した。

 会場かいじょうから拍手はくしゅが送られる。

 キャロルは、ケイをじっと見ていた。青い瞳がうるんでいる。笑顔は曇らない。

 ひかしつから選手せんしゅたちが移動してくる。少女は、すぐに短髪の少年しょうねんを見つけた。長い金髪をらしながら手を振る。

 大会たいかいが終わり、優勝者ゆうしょうしゃ撮影さつえいが始まった。

 ケイは、手の甲を向けて力を入れているようなポーズを取り、笑いを誘う。薄いピンク色のワンピース姿の少女は、メッセージのあとは普段ふだんどおりの様子。

 グレーに近い紫色のワンピース姿の少女は、隣を見つめている。

「……さきほどの言葉は、どういう意味だったのですか?」

 キャロルは、ひかしつで聞けなかったことをアサトに聞いた。

「人間やめてる、ですか? 人間を超越ちょうえつしたような、すごい反射神経はんしゃしんけい、ですよ」

「なるほど。……納得なっとくしました」

 まだお昼には早い。キャロルは、選手せんしゅたちと話をする。症状しょうじょうが何度も出たが、関係ない。話すのが楽しかった。この時間がもっと続けばいい。そう思った。


 ケイは、主催者しゅさいしゃ無茶振むちゃぶりにまだ腹を立てている。

 みんなが笑う。

「気分が収まらないなら、どうだ? これから一勝負ひとしょうぶ

 フリードリヒがさわやかな笑みを浮かべた。長身の男性に、黒髪の少女は真っ直ぐなひとみを向ける。

「いいね。でもどこで?」

主催者側しゅさいしゃがわが用意してくださったホテル、明日まで使えるのですよ」

 ジョフロワが答えた。スーツ姿で背筋せすじばして立っている。白髪はくはつ年配男性ねんぱいだんせいにはすきがない。

「よし! いくぞ、お前ら。全員ボコボコにしてやるぜ」

 ケイがえた。理不尽りふじんな怒りを向けられて、キャロルはおびえた。

「……」

「大丈夫だよ。怖くないよ」

 ナイナが表情を緩めた。金髪でおかっぱのような髪型。ゆったりとした服で、十代前半に見える。

 年齢を聞いていなかったことを、キャロルは思い出した。

「はっはっは。いいね。行こう」

 ダニオは陽気な雰囲気ふんいきかもし出していた。ひげたくわえていて、すこしふっくらとした体形。

 プロゲーマーたちを誘おうと、近付ちかづくキャロル。

「残念。これから反省会はんせいかい

「またな」

 しばらく手が離せないらしい。ヴィーシとユクシに続いて、全員から手を振られた。

 ドームを出るキャロルたち。

 幕海まくうみホテルは、近い場所にある。みんなで、歩いて向かう。近くには川が見える。そばには、たくさんの木々が並んでいる。

 エリシャは悔しがっている。ウェーブした髪をなびかせ、薄着で肌の露出ろしゅつがまぶしい。

「ドリルで倒したかったな。くやしい」

「ロマン武器過ぶきすぎるんだよ、ドリルは」

 ボニーは相手をみとめながら笑った。フォーマルな服装ふくそうと金髪ショートヘアが似合っている。

 サツキはケイの隣を歩いていた。ミドルヘアがれる。大きな目を細めたかと思えば、すぐに違う表情に変わる。楽しそうだ。

 ヨウサクたちは来ていなかった。

 キャロルは、アサトの隣を歩いている。グレーのシャツ姿の少年は何も言わなかった。

 ホテルのロビーを通り過ぎ、エレベーターで上へ向かう。

 和風の大部屋に着いた。たたみに上がる前に靴をぐ。みんな対戦たいせんする気満々きまんまんで、準備じゅんびをしている。

「さすがに、ホノリさんやユズサさんは呼べないかな。いや、駄目元だめもとで言ってみるか」

 アサトはどこかへ行った。周りの人たちが何かを言っている。

 キャロルの頭には入ってこなかった。

 フリードリヒと戦い、動きがおかしいぞと遠回しに言われた。

 まだその場にいたため、追いかけてこいと言われて、キャロルが部屋を出る。


 部屋を出たものの、キャロルの足取りは重い。

 どこに行けばいいのか、分からなかった。エレベーターのほうに向かっていると、アサトの姿を見つける。

「……ごきげんよう」

「はい。ごきげんよう。どうかしたんですか?」

 アサトは、すこし不思議ふしぎそうな顔をしていた。キャロルはなかなか言い出せない。言葉が出ないからではない。

「ホノリさんやユズサさんとは……親しいのですか?」

 キャロルは、眉を八の字にして聞いた。

「どうでしょう。最近、知り合ったばかりなのでなんとも」

「……こちらに来るようにと、呼ばれたのですか?」

 キャロルが詰め寄る。

「ええ、そうなんですけどね。気が向いたらっていう微妙びみょうな返事でしたよ」

 特に表情は変わらない。アサトの言葉はあっさりとしていた。

「すこし……外でお話ししませんか?」

 少女が、相手をじっと見つめながら言った。

「はい」

 少年が同意どういした。二人はエレベーターに乗り込み、下へ向かう。ロビーを抜けた。

 ホテルの外に出る。近くを流れる川の前にやってきた。


「……その方達のどちらかが、お好きなのですか?」

 ほおめたキャロルが聞いた。複雑ふくざつな表情をしつつも、力が入っていた。

 アサトは、照れたような表情になる。

「いえ。実はまだ、恋愛感情れんあいかんじょうというものがよく分かっていないので」

「実は……わたくしも、よく分からないのです」

 キャロルもこたえる。自分のことを理解りかいしてもらえたからか、特別とくべつな感情なのか、まだ分からなかった。

「父さんは色々言うけど、分からないことだらけだ」

 グレーのシャツ姿の少年が、困ったような顔でつぶやいた。

「まだ、わたくしたちには……分からないことが沢山たくさんありますわね」

 十代前半の少女は、年相応としそうおうの笑顔を見せた。しばらく見つめる少年しょうねん。いつの間にか笑顔になっている。

「もし、分かるときが来たら、会いに行くよ」

 真面目に言ったあと、少年しょうねんは照れ臭そうにしていた。

「……わたくしも。どちらが早いか、勝負しょうぶですわね」

 少女は右手を差し出して、少年はその手をつかんだ。

「一回戦負けは、もう勘弁してほしいですよ」

 二人は声を出して笑った。

「……ところで、普段どおりの口調くちょうでよいのですよ?」

 キャロルにとって普段どおりの口調くちょうで告げた。

「いえ。やはり貴族相手きぞくあいてには失礼になるのでは?」

 アサトが逆に聞いた。

「わたくしは……普通の女の子ですわ」

「どうやら私は、勝手に変な思い込みをしていたみたいですね。ごめんなさい」

「もう。普通に話して欲しいよ」

 キャロルは、みんなの口調くちょうを真似して言った。

「うん。そうするよ」

 アサトは普段どおりの口調くちょうで答えた。口調くちょう違和感いわかんがあることには触れなかった。

「いま、変な感じでしょう? ……私から見たアサトも、変だったよ」

 キャロルは告白こくはくした。

「普段から使ってない口調くちょうは、違和感いわかんあるよね。やっぱり」

「そうですわ。普段どおりが一番ですわ」

 金髪ロングヘアの少女が、普段どおりに言った。

「そう考えると、格好悪かっこうわるいな、僕は。ずっと変だったんだもんなあ」

 短髪の少年しょうねんは落ち込んでいた。その胸に、グレーに近い紫色のワンピース姿の少女が飛び込む。背中に回される手。

格好悪かっこうわるくありませんわ。アサトは、わたくしの……王子様おうじさまですから」

「ちょっと、よく分からないんだけど、ひょっとしてもう勝負しょうぶに負けちゃった感じ?」

 アサトは動揺どうようしていた。


 キャロルが身体からだを離した。

 昔読んだ絵本の王子様おうじさまあこがれていたことを伝える。自分が育った家や、周りの様子、色々なことをアサトに話す。

 なみだが出てきたキャロルを、今度はアサトがめた。

 少女は嬉しそうに笑う。少年しょうねんに礼を言った。

「ちょっとみんな、どこ行くの?」

 そのままの姿勢で、離れていこうとする少年少女しょうねんしょうじょうしろ姿に向かって、アサトは言った。

 選手せんしゅ補欠ほけつの、同年代の五人が立ち止まる。

「え? おかまいなく」

 あみみのホノリは、なぜか、よそよそしい。

「見てたよ。自分からいったよね。がばっと」

 ツインテールのユズサが、立ち止まって口を開いた。

「さすがのオレでも、邪魔じゃましないぜ」

「そうだよね。さすがのヨウサクでも、この場合はね」

 七三分しちさんわけのロクミチは、坊主頭ぼうずあたま少年しょうねんに向けてとげのある言い方をした。

「私は、どちらでも構いませんよ」

 ショートヘアのマユミは中立だった。

 身体からだを離したアサトが説明する。

「何か誤解ごかいしてるみたいだけど、そうじゃなくて。キャロルの母国ぼこくだと普通だから」

「でも、泣いてたよ。何したの?」

 ユズサがからんでいった。ほかの四人も近くに集まる。気をつかっている様子のホノリ。

「ちょっと。そういうことは、聞かないほうがいいよ」

「……わたくしの国でも、家族や大切な人以外でめることは、あまりありませんわ」

 すっかり泣きんでいるキャロルが、笑顔で伝えた。

「え? あれ?」

 疑問ぎもんの言葉を口にしたあと、アサトは何かを思い出している。

「……」

 何も言わずに、キャロルは微笑む。アサトはほおめた。

「そういうことなの? やっぱり?」

 ユズサは興味津々きょうみしんしんである。

「いやいや、そういうことじゃないんだよ。みんなも一緒に対戦たいせんしようってことなんだよ」

 アサトは伝えたかったことをようやく言った。

「でも、オレたちが行ってもなあ」

「そうだよね。レベルが違うよね」

「二人の邪魔じゃまをしても悪いし」

「なるほど。お二人も対戦たいせんなさるのですね」

 マユミは分かっていなかった。

「……わたくしが悲しんでいたところを、アサトがはげましてくれていたのです。ですから……わたくしは、アサトの希望きぼうかなえてさしあげたいのです」

 キャロルが言った。いつわりのない、真実しんじつの言葉だった。


「行く。私一人でも。もっと話聞きたい」

 真っ先に言ったユズサの決意けついは固そうだ。

「一人で行かせると心配だから、私も」

 ホノリが続いた。

「行って、ボコボコにされてやるよ」

 ヨウサクは笑っていた。

「そうならないように、頑張ろう」

 ロクミチは決意けついを語った。

「話はまとまったようですね」

 マユミは普段ふだんどおりだ。

 いつのにか、少女の心に積もっていた雪はなくなっていた。たくさんの居場所いばしょができて、世界がかがやいて見えた。

 アサトが優しい顔で見つめている。

「ありがとう。キャロル」

 短髪の少年しょうねんは、金髪ロングヘアの少女に礼を言った。

「……めてくださるのですか?」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべた少女に、少年しょうねんが照れ笑いを見せる。

 少年少女しょうねんしょうじょたちは、その場を離れ、幕海まくうみホテルに入る。ロビーを通り抜けた。エレベーターに乗る。

 和風の大部屋がある階へ着く。

 部屋に入ったとき、二人の手はつながれていた。

 それを見つけたケイがさわぐ。サツキは分かっていなかった。ナイナは、目を細めてほおめていた。

 そのの二人の勝負しょうぶはどうなったのか。それは、二人だけが知っていた。

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キャロルと王子様 多田七究 @tada79

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