第二章 王子様
解けない雪
四月、第二金曜日。
少女の心に積もった雪は、まだ解けていない。
授業が終わり、寮の相部屋の前に移動した。ドアが開く。
金髪ロングヘアの少女ともう一人は、靴を脱いで部屋に入った。
床は黒く、壁は白い。備え付けてある家具は、クリーム色。右側と左側それぞれにベッド。左側には、クマのぬいぐるみが置かれている。親元を離れて寂しいのか、ぬいぐるみを持っている女子が多い。
キャロルは、ゲーム機の電源を入れた。あらかじめダウンロード購入しておいたソフトを起動。
二人の少女が、並んでベッドに座る。
壁のディスプレイに映し出された、映像。タイトルは、レトロファイト。
小さな手にコントローラーが握られた。画面の巨大ロボットが動く。
音声で説明がある。
『右腕、左腕には個別に耐久値がある。ゼロになると破壊され、腕を使う武器が使用不可になる』
自動で、人型ロボットの片腕が壊れた。武器が使えない。
『武器にはそれぞれ射程がある。強力なものほど、予備動作やクールタイムが長い』
的がたくさん現れた。移動できない。
『低威力の実弾の他に、安定した圧縮エネルギー弾と、高威力で燃費の悪いビームがある』
次々と破壊されていく的。
「すごいですわ。新発売のゲームですよね?」
横の少女が、素直な感想を述べた。つり目の少女は不思議そうな顔。
「……これくらい普通ですわ。ディーナ」
『手、肩、背中に武器を装備可能。複数の装備箇所を使う、強力なものもある』
腕は、内蔵の盾や銃などが装備済み。
目的地まで移動せよとの指示。途中の雑魚敵は全て無視された。
『胴、腕、脚のパーツは、軽い順にライト、ミドル、ヘヴィのタイプに分類される。重いほど燃費や運動性能が悪くなる。代わりに威力は上がる』
ライトタイプで移動。やはり敵は無視。
ミドル、ヘヴィとステージを変えて続く。
「……」
ディーナは、無言で画面を見つめていた。
『一番の特徴は換装。たとえ腕が破壊されても、別のタイプにその場で換装することができる』
自動で腕が換装された。
『ただし、一定時間待つ必要があり、再使用には時間がかかる。壊れていないときでも可能』
画面切り替えを挟んで、何体か登場した敵ロボットが全て倒される。
すこし大きく頑丈な敵も倒された。
「こんな、毛色の違うものまで、J国製だなんて」
スタッフロールを見ながら、華奢な少女が呟いた。
(謎に包まれた遠い国に、自分の居場所を求めたのかもしれませんわね)
画面に見入っていた淡い茶色の髪の少女は、興奮気味。
「やはり、すごいですわ! 天才に違いありません」
金髪ロングヘアの少女は、抱き締められて困惑していた。
(クリアする頃には、操作に慣れていたというだけなのに)
二人が雑談していると、スタッフロールが終わる。
「……ロボットの色が、変えられるようになりました」
キャロルが、画面の文字をそのまま読んだ。
「新しい装備が、現れました」
ディーナも、画面の文字をそのまま読んだ。
夕食の時間が近付いてきた。何やら話をしていた二人は、部屋を後にする。
食事と雑談を済ませ、部屋に戻ったキャロルとディーナ。
洗面所で歯磨きをしたあと、別々の机に向かって椅子に座る。宿題をした。
キャロルは、詰まることなく終わらせる。
「分からないところは、ありませんか?」
「大丈夫ですわ。秋期に教えてもらいましたから。感謝しています」
ディーナは心から笑った。それを見て、キャロルも笑った。
「……ゲームをしても、よろしいですか?」
まだ宿題をしていたディーナに、キャロルは遠慮がちに言った。
「ええ。反対する理由がありませんわ」
ディーナは即答した。
金髪ロングヘアの少女が微笑んで、淡い茶色の髪の少女も微笑んだ。ゲームの起動を、笑顔で見ていた。
レトロファイトには、オンライン対戦機能がある。二本先取。
キャロルは、ランク戦を選んだ。
勝敗で所持ポイントが変動し、一定値を超えるとランクアップ。ランクの近い者同士がマッチングしやすくなるモード。
プレイヤーは皆、1というランクから始まる。ポイントが一定数貯まれば、2に上がる。だが、負け続けてポイントが減ると、ランクを下げることもある。増減するポイントの量は、相手とのランク差で変動する。
金髪ロングヘアの、おとなしそうな少女のアバターでログイン。
ロボットは初期装備のまま、色を変更する。白色にした。
(空っぽ、白)
的確に攻撃を当てる。相手の耐久値を表すHPが、みるみる減っていく。
あっさりと何試合かを勝利した。
パーツをミドルタイプにして、何試合かをおこなう。
次々に相手を下していく。今度は、ヘヴィタイプで何試合かおこなう。やはり、あっさりと勝利を重ねた。
装備を変更しながら戦う。いつの間にか、ランク4になっていた。
「皆さん、まだ操作に慣れていらっしゃらないのね」
キャロルは淡々と言った。
「違いますわ。キャロルの実力です。戦いの女神のようですわ」
いつの間にか宿題を終わらせていたディーナは、目を輝かせていた。
「……そういえば、もうすぐ春のお祭りですね」
自分のことに触れなかったキャロル。言葉が出なくても構わず、ディーナには大抵のことを言えた。
「ええ。確か、春の女神が由来のお祭り。それはともかく、もっと威張ってもいいのに」
すこし困ったような表情のディーナ。
不思議がっているキャロルを見ながら、微笑んで抱き締めた。
相部屋は、バス、トイレ付き。
この国では、湯船に浸かってのんびりとお風呂に入る習慣がない。ほとんどの人にとって、シャワーで体を洗うだけの場所。
順番に、手早くシャワーを済ませた、キャロルとディーナ。
パジャマ姿の二人は、寝なかった。部屋の外、廊下の先にある共用スペースに行ったわけでも、その先の洗濯スペースに行ったわけでもない。
キャロルがレトロファイトをプレイし、ディーナは見ていた。
ランクの違う相手が対戦する場合、ランクの低い方が選んだステージになる。
相手のランクに関係なく、順番にステージを選択。
一人用モードをクリアしてアンロックされた、色々な武器を使う。
苦戦することはなく、あまり喋らなかった。
(色々な装備を試すとしましょう)
その代わりにディーナが喋って、キャロルは笑っている。
ランクが5になる。二人の少女は、夜更かしになる前に眠りについた。
次の日、授業はなかった。
学校にきて最初のうちは、食堂で食事をしていたキャロル。昼間は生徒の人数が多くて、行列ができるため、行かなくなった。
キャロルとディーナは、校内にある売店で食事を購入。
寮の共有スペースで朝食を食べていた。天井の柔らかな照明が、気分を落ち着ける。テーブルも椅子も淡い色。
二人以外にも、近くの部屋の人たちが食べていた。十代前半の少女たちが座っている。
みんな私服姿。
キャロルは、丸襟の白いシャツの上に、あずき色の斜め格子柄のセーター。黒色のスカートも斜め格子柄。
何をして過ごすのかと聞かれて、素直に答える。
「……昨日発売になったゲームがあるので、お部屋で遊びますわ」
何人かの少女が拝見してもいいですかと聞く。特に断る理由のない少女は了承した。
「皆さん、腰を抜かさないようにお気をつけあそばせ」
淡い茶色の髪の少女が、自信満々に言った。
朝食後。
しばらくして歯磨きも終えた。
キャロルとディーナの部屋の入り口に、合わせて八人分の靴が並ぶ。
来客は、二人と四人に分かれて、二つのベッドに座った。
椅子に座ったキャロル。
コントローラーを操作し、ポイントの変動するモードを選ぶ。
画面には白いロボット。全身ヘヴィタイプで、左手にナイフ、右手にソードという装備。重戦車のような見た目。手の格闘武器が、あまり似合っていない。
すぐに相手が現れる。
色が変更されていない、灰色で初期装備のライトタイプ。薄い板のような装甲の、細身のロボット。
ステージは、障害物のすくない平原になった。
機動力に勝るライトタイプ。ヘヴィタイプが有利を取るには、離れて戦うのが一番。
だが、キャロルは自ら接近する。
相手の射撃は、自分の機体に当たるものだけを、実体のシールドで防ぐ。
射撃を使わずに、接近戦の間合いまで距離を詰めた。相手が操作ミスをした隙をついて、ナイフとソードだけで攻撃。
1戦目に続き、2戦目も同じように戦う。
金髪ロングヘアの少女は、危なげなく勝利した。
「どうです? これが戦いの女神の力ですわ」
ディーナが言った。部屋に来た六人の少女たちは、興奮して歓声を上げていた。
「いえ、皆さん操作に慣れていないはず……あまり持ち上げないでほしいですわ」
つり目の少女は冷静だ。そして、歓声は大きくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます