丘の下の大きな湖

 相手をたおし続けたキャロルは、ランク6になった。

 ロボットをミドルタイプにして、さらに戦う。

 六人の少女のうちの一人が、情報端末じょうほうたんまつをいじったあとで口を開く。

「レトロファイトはアーケード版もあるそうですわ」

「まあ。みなさんでお出かけしませんか?」

 すぐに、ほかの少女が続いた。

「……そうですね。部屋にこもっていては運動不足うんどうぶそくになってしまいますわね」

 あっさりと相手をたおして、キャロルも同意どうい

 八人の少女たちが、りょうの外に出る。

 茶色の壁に、濃い茶色の屋根。三階建てで、学校の敷地しきちの中にあるりょう。周りには木々があり、緑でおおわれている。

 近くには湖もある。ゲームセンターのある場所までは少し遠かったものの、歩いて行った。

 丘の上。

 中心街ちゅうしんがいに近づき、黒い三角形の屋根がたくさん見えてくる。

 二階建てや、三階建てのお店がならぶ場所に着いた。街中まちなかも緑であふれている。

 丘の下の遠くに見える大きな湖の辺りは、夏ごろには避暑地ひしょちとしてほかの国からおとずれる人も多い。人気の観光地かんこうち。いまは時期がすこし早い。

 町には、観光客目当かんこうきゃくめあてのお店も多い。ゲームセンターもある。

 中に入ると、ロボットのコックピットをイメージしたような操作システムを持つ筐体きょうたいが並んでいる。ディスプレイのそばにあるインターフェイスは、横向きの操縦桿二そうじゅうかんふたつに、おおいをつけた形状。銀色。

 レトロファイトのアーケードばん

 グリップをしっかりにぎらなくても、操縦桿そうじゅうかんを自由に動かせて、ロボットの動きと照準しょうじゅんの移動。左右五本の指でボタンを押す。という、すこし複雑ふくざつ操作方法そうさほうほう

「……れれば簡単かんたんですわね」

 キャロルは、格闘かくとうのみで対戦相手を七人倒した。

格好かっこういいですわ」

 女子生徒の一人が、恋する乙女おとめのような表情で見ていた。

(わたくしのために、わざと負けてくれているのかもしれませんわ)

 と思ったキャロルは、何も言わなかった。

「皆さん、お昼もご一緒しませんか?」

 ディーナが提案ていあんした。誰も反対する者はなく、笑顔で肯定こうていされた。

 昼食のために、移動していく少女たち。


「皆さん、気になる殿方とのがたはいらっしゃいますか?」

 レストランで食事中。突然とつぜん、ディーナが言った。

「……いいえ」

 キャロルはれた様子で答えた。

 他の六人は、ほおめたり興味きょうみなさそうだったりと、様々さまざま反応はんのうを見せる。

 淡い茶色の髪の少女が言う。

「キャロルからアタックすれば、どんな殿方とのがたでもノックアウトできると思うのだけれど」

「相手がいないと、戦えませんわ。それよりも……わたくし以外の話が聞きたいわ」

 金髪ロングヘアの少女は、話をらした。

 少女たちの恋愛話れんあいばなしに、ディーナは嬉しそうだ。キャロルも、自然と嬉しそうな表情になる。


 食事が終わると、解散になった。

「またお誘いください」

「ごきげんよう」

 口々に言って、離れていった。

 すこし悲しそうな顔をしたあと、キャロルは一人でりょうに戻った。

 歯磨きをして、何かを考えていた。

 自宅は、学校からあまり遠い場所ではない。メイドに連絡すれば、すぐに迎えの車が来る。

 キャロルは、それをしなかった。

通話つうわをするのが、怖い)

 言葉のみが伝達手段でんたつしゅだんという状況じょうきょうは、キャロルにとって恐怖きょうふでしかない。

 手がふるえ、呼吸がみだれて、自分からおこなうことはできなかった。両親から連絡がきた場合はほとんど、はい、で答えている。

 机に向かって椅子に座ったキャロル。

 机に突っ伏した。悲しそうな表情をしたあと、目を閉じた。すぐに目を開ける。

 ゲーム機の電源を入れて、レトロファイトをプレイし始めた。ポイントが関係ないモードを選ぶ。

 機体きたいは白。腕をミドル、胴とあしをライトに変更。左手にナイフ、右手にソード。左右両方の肩を使用する、至近距離専用しきんきょりせんようビームナックルを装備そうび

 何戦かを終える。

 見覚えがある相手とマッチングした。先ほど、一緒にいた少女たちの一人と、同じ名前。

 すこし不思議そうな顔の少女。

 相手のミスを突いて接近せっきん。ナイフとソードと、ビームナックルだけを当てて倒した。

 とどめに使ったのは、攻撃範囲こうげきはんいせまいロマン武器ぶき使用時しようじ変形へんけいして、腕を包む装甲そうこうと光のこぶしが現れる。見た目で選んで使い始めた者ならすぐに挫折ざせつするほど、難易度なんいどは高い。

 2戦目。同じようにして勝利。

 金髪をらしながら、つり目の少女がつぶやく。

偶然ぐうぜんでしょうか。同じような戦い方でしたわ」

 ひとりでいるときは、キャロルは普通に話すことができた。ただし、言葉を録音ろくおんしているようなときは無理。動物に話しかけるときも、言葉が出ないことがある。

 答えは出ない。すぐに考えるのを止めた様子のキャロル。装備そうびを固定して、ひたすらポイントをかせぎ始めた。

 遠距離攻撃えんきょりこうげきを使わず、近接戦闘きんせつせんとうのみ。一見、荒々あらあらしい。じつは繊細せんさい操作そうさ要求ようきゅうされる、高度な戦いかた。コントローラーのボタンは、正確せいかくに押され続ける。

(なぜか、楽しい)

 勝敗しょうはい度外視どがいししたようにも見える戦闘を続ける。心の中にまっているものを吐き出すように。


 一心不乱いっしんふらんに戦ったキャロル。ランク10になった。

「あら。これまでは、国内の方としかマッチングされていなかったのですね」

 画面には、国内か世界かが選べるようになった、という表示があった。

 説明書せつめいしょを読んでいないことを思い出した少女。電子説明書でんしせつめいしょを、最初から読み始める。ランクについての項目こうもくっていた。10になると選べると書いてある。

 その先も全て読んだ。

 同じような姿勢しせいを続けて、疲れた様子のキャロル。部屋の中で体を動かし始める。

「んん。さて、参りましょう」

 一通り体を動かしたあとで、再びゲームをプレイし始めた。世界で戦う。これまでどおり、あっさりとたおされていく相手。

 さらに戦いを続け、ランク12まで上がった。


 家に帰る気のない金髪ロングヘアの少女。洗濯せんたくの準備をしている。

 部屋のドアが開いて、淡い茶色の髪の少女が入ってきた。

「……お家に帰ったのでは、なかったのですか?」

 キャロルが聞いた。

「どうにも気になったので、戻ってきました。あなたのことが」

 ディーナは真剣しんけんな表情。

「……」

 キャロルは何も言わなかった。ディーナが続ける。

「とても悲しそうに見えたわ。情報端末じょうほうたんまつをお貸しになって。わたくしが連絡れんらくします」

「どこへ、ですか?」

「キャロルのお家に、ですわ。すぐに来てもらいます。家族と過ごしたほうがいいわ」

 きっぱりと言い切ったあとで、表情をゆるめる。

「……ありがとう」

 目をうるませた少女は短く言って、友人に情報端末じょうほうたんまつを渡した。

 通話つうわの途中で、横から言うキャロル。

「来てください」

 通話が終わると、ディーナはキャロルをめる。

 ほどなくして、メイドの運転する車が到着した。


 学校のある日でも、外出許可がいしゅつきょかを取れば家に戻れる。

 自分から申請しんせいしなかったキャロルは、久しぶりに帰宅した。洗濯物せんたくものを持っていた。

 家族にめられたあとで、そろって食事。話をする。

 テンションが上がり、妻に注意されるイントッシュ。

 それから歯磨き。

 ゆか絨毯じゅうたんいてある居間いまで、兄のゲームプレイを見た。

 レトロファイトについて説明するブライアン。

「流行っているのだよ」

 キャロルは、戦い方についての口出しをしなかった。椅子に座って話しながら、楽しそうにながめる。両親も楽しそうに見ていた。

 お風呂から出たパジャマ姿の娘に、微笑むジャスミン。

「いつでも、帰ってきていいのよ」

 キャロルは、自分から母親をめた。

 久しぶりに自宅に戻ったためか、すこし興奮こうふんしていた少女。自分を客観的きゃっかんてきに見つめる。

 体を動かしたあとで、遅くならないうちに眠りについた。


 翌日よくじつ宿題しゅくだいを済ませていた少女は、休日をのんびり過ごした。

 レトロファイトをプレイしているところを兄に見つかって、強さにおどろかれたのが一番の事件。というくらい、のんびりしたものだった。

 昼過ぎには、大きな家をあとにした。メイドの運転する車から外をながめる。

 眼下の大きな湖が、はっきりと見えなくなっていく。

 かわいた洗濯物せんたくものを持ってりょうの部屋に入ると、すでに、淡い茶色の髪の少女がいた。つり目の少女が微笑む。

 ディーナは、キャロルをめた。

「……のんびり過ごしてまいりましたわ」

「それは、何よりですわ」

 ディーナが嬉しそうに言って、体を離した。なぜか、キャロルは落ち込んでいる。

「お兄様に……レトロファイトをしているところを、見つかってしまいました」

「何か、問題があるのですか?」

「……わたくしの戦いかた真似まねしないほうが良いのですが、うまく説明できるかどうか」

「なるほど。確かにむずかしそうですわね。ところで……」

 ディーナは、何かを話そうとしている。

「……ええ。どうぞ」

 キャロルが続きをうながした。

「お兄様には、決まったお相手はいらっしゃるのですか?」

 色々なことを話した二人。ディーナが殿方とのがたの振り向かせかたを話す前に、夕食の時間がおとずれる。

 二人は売店に向かった。そして、休みが終わった。


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