キーステージ

 自分のことが分かったキャロル。だが、誰にも言えなかった。

 言葉が出ない原因がよく分かっていない、治療法ちりょうほうもない。ということを家族に言って、悲しい思いをさせたくない。

 そう考えて、言わなかった。

 兄はいつも優しい。父親はいつも気にかけてくれる。母親はいつも心配してくれる。

 いくら優しくきしめられても、吃音きつおんのことを話せなかった。

 伝えれば、症状しょうじょうが出ても相手は気にしていないのだから、いくらでも症状しょうじょうを出していいことになり、気が楽になる。

 わかっていても、キャロルにはできなかった。


 毎週金曜日まいしゅうきんようびの午後は、ゴールデンタイム。

 学校で、一週間頑張いっしゅうかんがんばった子供が遊べる時間。パズルやり絵、ビデオゲームなどをすることができる。

 ただし、悪いことをしたら遊べない。同級生が遊んでいる横で、勉強をすることになる。

 緑色のチェックのワンピースに、緑色の上着姿。

 女子生徒が遊んでいる。

 ゲームにれたキャロル。対戦ゲームでは、ほとんど負けなかった。

(みなさん、わざと勝ちをゆずってくれているのね)

 外では雪が降っていた。大雪だと休校の連絡が送られ、親たちが迎えに来ることになる。まだ、そこまで積もってはいない。

「きれいですわね」

 舞い降りる雪を見ながら、ディーナが微笑んだ。

「ええ。本当に」

 制服姿せいふくすがたの金髪の少女は、今にも消えてしまいそうなはかなげな表情。

 何を思ったのか、ディーナがキャロルをめる。

「……」

 そして何も言わなかった。

「……ありがとう」

 キャロルは症状しょうじょうが出たあとに言った。


 この国では、5歳から7歳までの児童じどうをキーステージ1。

 7歳から11歳までの児童じどうは、キーステージ2という。

 キーステージ2までが、初等教育しょとうきょういくの期間。達成目標たっせいもくひょうの設定は学年ごとではなく、キーステージごと。

 キャロルにとっては、分かっていることのおさらいをする時間が多かった。

 成績せいせき絶対評価ぜったいひょうかになっていて、学年での順位はない。そのわり、各学年で到達とうたつするレベルが決まっている。それとくらべてどうか、という評価ひょうかがされる。

 9月から12月が秋期。1月から4月が春期。4月から7月が夏期。

 各学期の真ん中に、ハーフタームと呼ばれる一週間の休みがある。

 また、その前後に保護者会ほごしゃかいがある。授業終了後じゅぎょうしゅうりょうごの夕方に、子供の学校での様子を、先生から聞く。一人だけではなく、両親とも参加できる。

 キャロルは、お人形のように可愛かわいいと言われた。

(ただ、黙っているだけで。本当はお喋りしたい)


 春のお祭りで2週間ほど学校が休みになる。

 真剣な競争が行われないなごやかな運動会が終わって、7月になった。

 次の学年の準備として、新しい先生と過ごす日がもうけられた。新しい先生やクラスメイトに自己紹介をする。

 7月の終わりごろから6週間ほど夏休み。9月から新学期しんがっきのため、宿題はない。

 キャロルは、休みの大半を大きな家で過ごした。大きな湖を一望できる場所は町の中心部から離れていて、喧騒けんそうはない。緑に囲まれていて、猛獣もうじゅうもいない。

 父親と母親に連れられて、兄と一緒にほかの場所へ行くことがあった。自分から行きたいとは言わなかった。興味きょうみがないからだ。

 吃音きつおんを調べて分かったとおり、悪化させることになる回避かいひはおこなわない。

 それでも、改善かいぜんすることはなかった。


 9月。キャロルはキーステージ2になった。

 授業でゆかに座らず、椅子に座るようになった。一人ずつ決まった椅子と机があるわけではなく、グループごと。

 新しい教室には、絵がかざってある。新しいクラスメイトや先生と過ごした日に、描いたもの。

 自分の教室という感じに、ほっとしている生徒たち。

 キャロルは不安そうな表情。

 言葉遣ことばづかいの習得しゅうとく授業じゅぎょうの中に入っていて、金髪の少女を悩ませていた。

 ほかの勉強はほぼ完璧かんぺき。恥ずかしがっているだけだと思われたのか、言葉が出ないあいだも先生は待ってくれた。

(嬉しくて、でも、悲しい。自分のことを話せない、勇気ゆうきが出せない自分が)

 教わったとおり話しているので、キャロルに問題はない。だが、クラスメイトはフォローしていた。

「ほかの勉強はできているのだから、恥ずかしくて話せないだけですわ」

 と、言ってくれた。キャロルはまだ、誰にも自分のことを話せていなかった。

(自分の居場所いばしょがどこにあるのか、分からなくなってしまいそうですわ)


 11月の初めに花火が打ち上げられた。

 1週間ほどあとの、私服しふく登校とうこうする日。黒いドレスのような服を着たキャロルが注目される。

 12月のお祭りが過ぎて、秋期の終わりになった。

 午前中は普通に授業じゅぎょう。午後はパーティー。

 キャロルは、ゲームをして過ごした。

 生徒は私服登校しふくとうこう、といっても、パーティードレスを着ている人が多い。

 ディーナはキャロルに近付いて、何かを話した。キャロルも話した。笑顔だった。


 春期は1月の初めごろから。冬休みの宿題しゅくだいはない。

 休みを家族で過ごした生徒たちが、制服姿せいふくすがたで学校にやってきた。いつもどおりの時間が過ぎる。

 年に二回ある、コスチュームの日がやってきた。

 この国の初等教育しょとうきょういくでは、ハーフタームごとにトピックがある。別の国や、昔の時代といったことを学習がくしゅうする。国語の授業では作文を書く。算数ではトピックを用いた問題を解く。社会では深く調べた。

 教室も、トピックに合わせてかざけがされる。

 この勉強のまとめとしてあるのが、コスチュームの日。今回は、生徒たちの親が呼ばれて集会しゅうかいがおこなわれた。

 ウエディングの日だった。

 生徒たちだけではなく、先生も衣装いしょうを着ている。

 その中に、一際目立つ美しい純白じゅんぱくのドレスを着た、金髪ロングヘアの少女がいた。みんなに注目されて、恥ずかしそうにしている。

 母親から微笑まれ、笑顔で返した。すると、なぜか歓声かんせいが上がり、周りも笑顔になった。

みなさんが笑顔になって、わたくしは幸せですわ)

 キャロルが、思いを言うことはなかった。ただ、精一杯せいいっぱいの笑顔で返す。歓声が大きくなった。


 別の国の日で、東の島国しまぐにのコスチュームを着る。

 昔の時代の日に社会科見学しゃかいかけんがく

 月日つきひは過ぎていった。

 そして、キーステージ2の終わりが近付ちかづいてきた。

 春のお祭りで、二週間ほど学校が休みになる。

 真剣しんけんな競争がおこなわれないなごやかな運動会が終わる。

 7月になった。

 キーステージ3は、11歳から14歳まで。キーステージ4は、14歳から16歳まで。両方合わせて中等教育期間ちゅうとうきょういくきかん

 次の学校へ行く準備として、体験入学たいけんにゅうがくがおこなわれる。

 初等教育しょとうきょういくとは別の場所。別の建物。

 新しい先生やクラスメイトに自己紹介じこしょうかいをする。続いて、簡単かんたんなテスト。

 自己紹介じこしょうかいでは苦戦したキャロル。問題は、すらすらといた。

「わたくしも、頑張らないといけませんわ」

 テストのあとで、淡い茶色の髪の少女がべた。

「……これからも、よろしくお願いしますね」

 金髪ロングヘアの少女は言った。色々な言葉を飲み込んでいた。

 ディーナが右手を差し出す。キャロルは、友人と握手あくしゅした。


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