知りたい気持ち

「ゲームでも何でもやってていいですよ。ご両親の所へ戻ってもいいですから」

 玄関げんかんで言った制服姿せいふくすがたのアサトが、学校へ行った。

 アサトの部屋に、一人で向かうキャロル。

 ゆっくりとベッドに座る。視線の先には、本棚とカレンダー。金髪の少女は、両親に連絡れんらくをする。

「……ごきげんよう」

 不安そうな表情をしているキャロルが、情報端末じょうほうたんまつに向かって声を出した。

『ごきげんよう。連絡れんらくをくれて嬉しいですよ。やはり家と随分違ずいぶんちがうのかね?』

 キャロルの父親は、興味津々きょうみしんしんな様子で聞いた。

「ええ。別の国ですからね。……ですが、思っていたほどではありませんでした」

 どうやら、昔の暮らしの情報が頭にあったらしい。

 向こう側で何やら話し声がして、別の声が聞こえてくる。

『キャロル、元気ですか?』

 優しい女性の声。母親だ。

「ええ。……昨日お会いしてから、あまりっていませんわ」

 キャロルは、言ったあとで笑った。

『ところで、もうアタックはしたのですか?』

 キャロルの母親が聞いた。

「……お母様! まだそのような関係では……」

 キャロルは、眉を八の字にして否定した。

『そうなのですか? いい雰囲気ふんいきに見えたのですけどね』

 キャロルの母親が思いを伝えた。また向こう側で何やら話し声がして、別の声が聞こえてくる。

『焦らなくていいのだよ。ゆっくりと、自分で考えなさい』

 キャロルの父親の声も、優しかった。

「……はい。また連絡れんらくしますわ」

『ああ。連絡れんらくありがとう』

 通話つうわが終了した。

 キャロルに、これまでのような恐怖はなかった。胸に手を当てて、微笑む少女。

 母国ぼこくにいる友人にも連絡をした。ディーナは、キャロルから通話つうわをしてくれたことに喜んだ。

 色々な話をして、キャロルの顔は赤くなった。


 何でもしていいと言われたキャロル。

 特に何をするわけでもなく、しばらくベッドに座って部屋を見ていた。左奥にはタンス、その手前には机と椅子。右に大きく体をかたむけると、TVとゲーム機がある。

 キャロルは、ゲーム機の電源を入れた。

 次に、新しくアカウントを作成。自分に似せた、つり目気味で金髪ロングヘアの少女のアバターを作る。

 レトロファイトを起動きどうして、一人用モードをプレイ開始。操作にれているため、最初にプレイした時よりも早くクリアした。

 エンディングはスキップできる。キャロルは何もせず、ベッドに横になってつぶやく。

「早く、お会いしたいわ」

 身体からだを起こすと、いつもの白い機体をセッティング。腕がミドル、胴とあしがライト。左手にナイフ、右手にソード。両肩に至近距離専用しきんきょりせんようビームナックルという装備そうび

 インターネット対戦たいせんをおこなう。

 黙々もくもく勝利しょうりかさね、ポイントを入手。どんどんランクを上げていくキャロル。

 しかし、表情は晴れない。

 途中で休憩し、ベッドの上でごろごろし始める。すぐに起き上がると、身体からだを動かし始めた。しばらく運動をして、またゲームのプレイに戻る。

 時差のせいで、金髪ロングヘアの少女は眠そうだ。何度かベッドに吸い込まれそうになる。意識いしきを保ち、ゲームを続ける。

 玄関げんかんの扉を開く音が聞こえた。

 今にも閉じそうな少女の目がぱっちりと開き、戦っていた相手はあっというたおされる。

 次の対戦たいせんはせず、ゲームのタイトル画面まで戻った。

「ごきげんよう」

 すこしれた様子で、制服姿せいふくすがたのアサトが部屋に戻ってきた。

 キャロルは一目散いちもくさんり、体重のほとんどをかける。背中に腕を回した。

「……ごきげんよう」

 そのままの姿勢しせいで、キャロルは甘えたような声を出した。

 アサトの後ろに、誰かがいた。同じ制服せいふくを着た少年だった。あまり目つきが良くない。少年はあわてている。

「ごめん。邪魔じゃました。……また来るわ」

「おい。この人が吃音きつおんの。邪魔じゃまじゃないぞ」

 アサトが言うことに耳を貸さず、少年は玄関げんかんから出る。帰っていった。

「まずいな、これ。いや、まずくないか。あいつは言いふらさないだろうし」

 壁際まで押し込まれていたアサトが、つぶやいた。


「せっかく、ご友人がいらっしゃったのに……わたくしが追い返してしまいました」

 ベッドに座ったキャロルは、ひどく落ち込んだ様子。

「いいですよ、別に。キャロルのことを信じなかったので、連れてきただけですから」

 普段着ふだんぎに着替えたアサトは、笑っていた。少女の隣に座ると、手をあたたかく柔らかい感触が包み込んだ。

「……色々と、お話を聞かせてください」

 すこし寂しそうな表情の少女は、少年の手をにぎってたのんだ。

退屈たいくつでしたか? えーっと、何から話そうかな」

 グレーのシャツの少年が話を始めると、隣の少女は笑顔になり、会話に加わる。

 少年も、笑顔で答えた。

 薄手の白いシャツに、グレーのスカート姿の少女が見つめる。

「今晩も、泊まってよろしいですか?」

明日あした明後日あさってはずっと学校なので、ご両親の所に戻ったほうが、いいと思いますよ」

「嫌です。……戻りません」

 にぎられた手に力が入ったことに気付き、アサトは眉をひそめた。

喧嘩けんかでも、されたんですか?」

「……違います」

 キャロルはひとみかがやかせて、きっぱりと言った。

「気をつかわなくていいですよ。自分で伝えたということに、変わりはないんですから」

「……そうなのでしょうか」

 キャロルは何かに気付いた様子で、相手を不安そうな表情で見つめた。

 母親がアサトを呼び、少年は部屋から出ていった。

「初めて、自分のことを理解りかいしてもらえて、舞い上がっていたのでしょうか」

 キャロルは誰にでもなく問いかけた。答えは返ってこなかった。


 キャロルとアサトと、アサトの母親は、台所で昼食を食べた。

 普段どおり過ごしていたはずのキャロル。アサトの母親に体の調子が悪いのかと聞かれ、すこし驚いた様子で否定する。

 食後に、しばらく雑談ざつだんがおこなわれる。そのあとで、一緒に歯磨きをしたキャロルとアサト。

「わ……わたくしのこと……どう思っているのですか?」

 アサトの部屋のドアが閉まると、キャロルは立ったままたずねた。

「ご両親にご自分のことを話せて、よかったと思っています」

 アサトは、真面目まじめに告げた。

 キャロルは、なぜかしずんだ表情になり、アサトは不思議ふしぎそうな表情になった。

 二人はベッドに座った。

「……わたくし、今日は暗くなる前に、お父様たちのところへ戻ろうと思います」

「ええ、たくさん話すことがあると思うので、それがいいと思います」

「そのあと……学校が終わられてから、来てもいいでしょうか?」

 キャロルは不安そうに聞いた。

「はい。いいですよ」

 少年が微笑んだのを見て、少女から笑みがこぼれた。


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