二人の時間

 キャロルとアサトは、風呂場の隣にある洗面所で歯を磨いた。

 そのあと、キャロルがお風呂に入ることになる。自室に戻るアサト。

 しばらくして、短髪の少年はひとり言をつぶやく。

「あんな可愛かわいい子が家にいるなんて、夢みたいだな。夢じゃないよな? これ」

 ベッドの上で横になっていると、部屋のドアが開いた。

「……お風呂。次、入ってください」

 パジャマ姿で、ほおめたキャロルが部屋に入ってきた。薄いピンク色で可愛かわいらしい模様もようならんでいる服は、本体ほんたいの美しさには勝てない。

「あ。はい。ゲームとか、勝手にやってていいですよ。いってきます」

 アサトは風呂場に向かった。

「……いってらっしゃい」

 キャロルは小声だった。

「あれ。ノックあったっけ。まあいいか」

 ぶつぶつつぶやきながら、アサトは風呂に入る。

 しばらくして出てきた。

「……おかえりなさい」

 パジャマ姿のアサトが部屋に戻ってくると、キャロルが出迎えた。

「はい。あ、そうだ。言っておかないといけないことが、あるのです」

「はい」

 キャロルは立ち上がった。少年の表情に変化はない。

「実は、レトロファイトの世界大会せかいたいかいに、出場することが決まりました」

「……おめでとうございます!」

「もし、一回戦で当たるようなことになっても、遠慮えんりょせずに全力で戦ってください」

 アサトはさわやかに宣言せんげんした。

「こちらこそ。よろしくお願いします」

 キャロルもさわやかだ。

「ケイが強引ごういんに決めたようなものなので、喜んでいいのか微妙びみょうなところなんですけどね」

「実は……わたくしの参加も、ケイさんのおかげなのです」

「まあ、ケイらしいかな。僕には、ライバル呼ぶなって言ってたけど」

 アサトは笑った。

としが離れていそうなのに、なかがよろしいのですか?」

「あれ? 言っていませんでしたっけ? さっき話したおにのような――」

 アサトがそこまで言ったとき、キャロルが言葉をさえぎった。

「……背の低い、可愛かわいらしい女性がケイさんなのですね!」

 金髪の少女は興奮気味こうふんぎみだった。


「……ケイさんは、押しが強いのですね」

 キャロルは興奮覚こふんさめやらぬ様子。アサトは困ったような顔。

「押しというか、色んな意味で強いというか。家に行ったときも、ですね……」

「ケイさんのお家に……行かれたのですか?」

 キャロルも、なぜか困ったような顔をしていた。

「はい。他にも何人かいたのですが、終始自分のペースに引き込むというか」

 アサトは、何かを思い出しながら話している。

「なるほど……ほかにも、何人かいらしたのですね」

 表情がすこし明るくなった。そして、成長途中せいちょうとちゅう華奢きゃしゃな少女は、アサトをめた。

「……」

 アサトは何も言わなかった。キャロルは小さな声で言う。

「頭を……でていただきたいの」

「あの、この国でそういうことをするのは、良くないですよ。えーっと。男性は信用するなと、友人の受け売りですけど」

「……駄目だめですか?」

 金髪ロングヘアの少女が悲しそうな声を出した。

「えーっと、僕はいいんですけど、ほかの人には絶対に駄目だめです」

 短髪の少年は、頭をでた。


「……寝ていませんよ」

 キャロルが言った。

 しばらくのあいだ動きがなかった少女。アサトは、キャロルを抱えてベッドに運ぼうとしていた。

「では、私は客間きゃくま布団ふとんいて寝るので――」

 アサトが部屋を出ようとしたとき、キャロルが手をつかんで引きめた。

「……ひとりにしないでください」

「分かりました。一緒に来て両親に説明してください」

 アサトは微笑んだ。

 パジャマ姿の二人が移動。キャロルが説明をする。

 少年は、来客用らいきゃくよう布団ふとん自室じしついて寝ることになった。

「……」

 キャロルは、床に敷かれた布団ふとんを見ていた。アサトが提案ていあんする。

「珍しいですよね。ちょっと入ってみますか?」

 キャロルは布団ふとんに入った。天井てんじょうが遠い。自分のいる場所がベッドより下。感触かんしょくを確かめるようにしたあと、布団ふとんから出る。

不思議ふしぎな感じですわね」

 青い目の少女は、すぐに少年のほうを向いた。

「そうだ、今の内に言っておかないと」

 茶色い目の少年は、何かを思い出した。

「はい」

「明日、学校があるんですよ」

「……明日、一日中、会えないのですか?」

 キャロルはアサトにった。

「明日は、昼までなんですけど……」

 アサトはたじろいだ。

「それまで、ここにいても、よろしいですか?」

「それは、構いませんが。あ。ご両親に連絡したほうがいいですよ」

「……お風呂のあとで連絡したので、大丈夫ですわ」

 キャロルは携帯用けいたいよう情報端末じょうほうたんまつを取り出し、続けて言う。

連絡先れんさくさきを……交換して欲しいの」

「ええ。いいですよ」

 アサトは間髪入かんぱついれずに了承りょうしょうした。

 ベッドに座った二人は、話しながら情報端末じょうほうたんまつ操作そうさする。登録に付属ふぞくしているのは、ガーディナーと山畑やまはた

 キャロルが屈託のない笑顔を見せて、アサトも笑った。


 二人はしばらく話をして、寝る時間になった。

 時差のせいで、まだ眠くなかったキャロル。仕方なく寝ることにする。

「ベッドで寝ませんか?」

 突然とつぜん、キャロルが聞いた。

「この国の布団ふとんに慣れていないでしょうから、ゆかでは私が寝ますよ」

 アサトが答えた。

 二人は、それぞれの寝床ねどこに入り、目を閉じた。

 落ち着きなく、もぞもぞと動くキャロル。そのまましばらく横になっていた。

「こんな子が、僕の部屋に泊まったなんて言っても、誰も信じないだろうな」

 つぶやいたアサト。

 そして、夜が明けた。


 アサトが目を覚ますと、非日常的ひにちじょうてき光景こうけいが目の前にあった。

 金髪ロングヘアの少女が、微笑みながら自分をながめていたのだ。しかも、いつもより天井てんじょうが遠い。

「何で天使てんしがいるんだ? まだ夢かな。目覚まし時計も鳴ってないし」

 レースの付いた薄手の白いシャツに、模様入りでグレーのスカート姿の天使てんし。驚いた様子を見せ、すこし恥ずかしそうに口を開く。

「……ごきげんよう」

「え? あ! おはようございます」

 夢ではないことを理解したアサトが挨拶あいさつをして、目覚まし時計のスイッチを切った。

「……」

 何も言わずに見つめている少女に、アサトは申し訳なさそうにしている。

「これから服を着替えるので、向こうを向いていてもらえると、ありがたいんですけど」

 はっと我に返った様子のキャロル。無言で反対の方を向く。すこしうつむいた。ごそごそと物音がする。

 制服姿せいふくすがたの少年と、私服しふくの少女は、台所へ向かった。

「そうか、今日は学校か。残念だな」

 アサトの父親は、挨拶あいさつもせずに自分の思いを伝えた。

挨拶あいさつをしてから言いなさいよね。おはよう」

 アサトの母親は、コウイチロウを叱ったあとで、二人に挨拶あいさつをした。

「おはよう」

 アサトが挨拶あいさつをしたあと、キャロルも続く。

「……ごきげんよう」

 朝食は、パンにベーコンに、目玉焼きにサラダ。キャロルが苦戦くせんすることはない。

 全員揃って食事を終えた。

「ずっと、家にいてもいいぞ。キャロルちゃん。はなやかになるし」

 アサトの父親は軽快だ。キヨミは嫉妬しっとしている。

「あたしには、はながないって言いたいわけ?」

「しまった。もう、出かける時間だ。それじゃ」

 コウイチロウは逃げた。

「今日も……お家にいてもいいですか?」

 おねだりをしているような仕草を見せた、キャロル。

「あの人も出かけたし、ずっといてもいいよ」

 キヨミは笑顔だった。

「……」

 アサトは何も言わず、学校へ行く準備をした。


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