チャンス

 平日へいじつ相部屋あいべや

 朝起きてすぐゲーム機の電源を入れて、フレンドリストを確認するキャロル。パジャマ姿。すこしの時間、レトロファイトの世界で戦う。

 ディーナが起きると制服せいふくに着替える。

 緑色の上着に黒いスカート。白いシャツに、緑色のネクタイ。

 一緒にフリースペースへ向かい、ほかの部屋の少女たちと朝食を食べた。

 しばらくお話しをして、部屋で歯磨きをした後、授業じゅぎょうを受けるべく教室へ向かう。鞄を持ち、りょうから出てすこし歩く。

 茶色のタイルが貼られた、キャロルの家よりも大きな建物がある。

 校舎こうしゃに入る、制服姿せいふくすがたの少女たち。

 1日目と2日目は、特に何も起こらなかった。

 四月しがつ第四水曜日だいよんすいようび

 キャロルは、朝起きてすぐゲーム機の電源を入れ、レトロファイトの世界で戦う。

 三人目の相手が現れた。

 いつもどおり白色のロボットを選ぶ少女。腕がミドル、胴とあしがライト。左手にナイフ、右手にソード。両肩を使用する至近距離専用しきんきょりせんようビームナックルを装備そうび

 ランク19の相手。

 色を変えていない、全身ライトタイプ。左手にナイフ、右手にビームナイフを装備そうびしている。

 ステージが決定。荒野。

 試合開始しあいかいし。灰色の相手は間合まあいを詰めた。

 キャロルも一気に接近せっきんした。ナイフで攻撃こうげきを仕掛ける。

 相手は、ビームシールドを一瞬展開いっしゅんてんかいしてはじく。追撃ついげきしなかった。すきを見せるタイミングで、ナイフを使う。

 白い機体は、一瞬いっしゅんビームシールドを展開てんかいし、はじく。そして何もしない。

(うっかり、声を上げてしまいそうになりましたわ)

 お互いに換装かんそうを使わず、ひたすら攻めた。

 ミスをしたほう攻撃こうげきを食らう。ひたすら繰り返して、最後には相手が立っていた。

 2戦目。

 両者りょうしゃは同時に全力で直進した。同時にナイフを使い、クロスカウンターのような形。

 今度は、ノーガードの殴り合いになった。

 ビームナックルを当てて、キャロルが相手を倒した。

 3戦目。

 最初と同じく、ビームシールドを一瞬展開いっしゅんてんかいする、人間離れした戦闘せんとうが続く。

 お互いにダメージを与えあった。

 ビームナイフを直撃されて、キャロルは負けた。

 攻撃こうげきは、いつでも同じダメージではない。決まった時間と場所に、クリティカル判定がある。発生時はヒット音が重い。プレイヤーからは、直撃ちょくげきと呼ばれる。

 対戦終了後の画面を、笑顔で見ているキャロル。そこにフレンド申請しんせいと、メッセージが届いた。

【最高だ! 今フレンドにならないと絶対後悔ぜったいこうかいする。お願い!】

 キャロルは声を出して笑った。すぐに承認しょうにんする。

【ありがとう】

 と、返事を出した。相手のアバターは中年男性ちゅうねんだんせいで、ケイという名前だった。

「まさか、キャロルがやぶれるなんて」

 少女がつぶやいた。いつの間にか見ていたディーナ。

「……ごめんなさい。起こしてしまいました」

 キャロルが申し訳なさそうに謝った。

「いいえ、もう起きる時間です。お気になさらず。それにしても世界は広いですわね」

 淡い茶色の髪の少女は、しみじみと言った。

「ありがとう。世界はどこまで広がっているのでしょうか」

 つり目の少女は、答えの出ないはる彼方かなたを見ていた。


 第四木曜日だいよんもくようび

 学校の敷地内しきちないにあるりょう

 パジャマ姿のキャロルは、朝起きてすぐゲーム機の電源を入れた。フレンドリストを確認する。

 すこしの時間、レトロファイトの世界で戦う。

 今日は、新たな強敵きょうてきとは出会わなかった。

 ディーナが起きて、着替える二人。緑の上着に黒いスカート。制服姿せいふくすがたで、一緒に朝食へ向かう。

 話す機会が多く、授業じゅぎょうはつらかった。王子様おうじさまのことを考え、キャロルは頑張る。

 対照的たいしょうてきに、ゲームクラブの活動ではかがやいている。ファンクラブができそうな勢いだった。


 第四金曜日だいよんきんようび

 朝起きてすぐゲーム機の電源を入れる。パジャマ姿。

 メッセージが届いていた。レトロファイトのゲーム開発者かいはつしゃだと証明しょうめいされた、専用のアカウントから。

【J国で開催かいさいされる世界大会せかいたいかいに、ぜひ出場して欲しい】

 という内容で、連絡先れんらくさきが記されていた。

(このチャンスを逃しては、いけませんわ)

 キャロルは、情報端末じょうほうたんまつを使って、記されている連絡先れんらくさき通話つうわした。

 言葉に何度も詰まり、吃音きつおん症状しょうじょうが出た。そんなことはどうでもよかった。参加することを伝える。

 会場かいじょうや、参加する人が滞在たいざいするホテルの情報を、ノートにメモした。

(自分が何を言ったのか、分からないですわ)

 息を荒くして、身体からだふるわせている。突然とつぜんめられた。

世界大会せかいたいかいだなんて、さすがですわ」

 淡い茶色の髪の少女が、嬉しそうに手の力を強める。

「……今度こそ、起こしてしまいましたね。申し訳ありません」

 金髪ロングヘアの少女は、呼吸を整えながらあやまった。

「構いません。とても嬉しいニュースですから」

 ディーナは一旦身体いったんからだを離したあと、今度は正面からめた。

「……ありがとう」

 キャロルは友人の背中に手を回し、感謝かんしゃの言葉を述べた。

 参加を決めたといっても、両親の許可きょかがなければ行くことはできない。

 十代前半の少女は、一日が非常ひじょうに長く感じた。

 授業じゅぎょうが終わる。

 制服姿せいふくすがたのキャロルは、家に連絡した。迎えに来てもらうよう頼む。すでに外出許可がいしゅつきょかは取っていた。土曜日を丸々説得まるまるせっとくのために使う覚悟かくご

 到着までのあいだ、レトロファイトを起動。

 フレンドが開いた部屋で戦った。

 戦いのあと。かなり短い髪をした男性のアバターに、世界大会せかいたいかいについて聞く。

【おれも行く】

 というメッセージが返ってきた。

 キャロルは、メイドの運転する車で自宅へと向かった。


 自動車じどうしゃまちの中心部を通り抜け、すこし離れる。

 明るい時間だと、大きな湖を一望できる場所。大きな家に戻ってきたキャロル。家に入ってすぐの広間で、母親と再会して、詳しい話をする。

「……お願いです。お父様を説得してください。お母様」

 夕食の時間にはすこし早い。まだ父親は戻ってきていない。

「私はいつでも、あなたの味方ですよ」

 母親は、真剣しんけんに話す娘を、優しくめた。そのとき、兄が自宅に戻ってくる。

「おや。パーティーでも開くのですか?」

 状況を知らないブライアンは、のんきなことを言った。

 20人がダンスをしても、彫刻ちょうこくにぶつからないほど広い居間いま。まんざら冗談じょうだんというわけでもない。

 雑談ざつだんが続く。

 もうすぐ春のお祭りで、学校が休みになるという話になった。

「……その休みを利用して、行きたいのです」

「ああ。それは残念だ。私は、お祭りの約束をしてしまって行くことができない」

 兄が悲しそうに告げた。キャロルは、すこし首をかしげるようなポーズをする。

可愛かわいい女性と……約束したのですか?」

「え? いや、そうではなくて、まだ友達だよ。うん」

 短い金髪の少年は、しどろもどろに答えた。

「まあ。残念だわ。ぜひ、お家に連れて来て欲しかったのに」

 母親は、心底残念そうに言った。

「ですから、友達ですよ」

 苦笑にがわらいするブライアン。母親と娘が顔を見合わせて笑っていると、父親が帰ってきた。

「どうかしたのかね? こんなところで、パーティーでも開くのかね?」

 父親の言葉に三人が笑って、そのあとで父親も笑った。


「……大会たいかいに、参加させてください」

 家族揃かぞくそろった夕食の席で、キャロルは頼んだ。

 広い食堂が一瞬静いっしゅんしずまり返る。シャンデリアの光をびた、白いテーブルクロスがまぶしい。

 両親は、おどろきを隠しきれない。

 はいと言ってもらえるまで、引き下がる気のない気迫きはく宿やどしているキャロル。

「キャロルが、自分からそんな話をしてくれるなんて。嬉しいですよ」

 父親は感慨深かんがいぶかそうに言った。

「イントッシュ。早く答えてあげてください」

「そうは言うがね、ジャスミン。こんなに嬉しいことはないよ。分かりました。いいですよ」

 父親は、母親がおこったような顔をしたのを見て、すぐに了承りょうしょうした。兄は、それをすこししぶい顔で見ていた。

 キャロルが感激かんげきした様子で言う。

「……ありがとうございます。お父様……お母様」

「申し訳ありませんが、私は行けませんので、楽しんできてください。残念です」

「ブライアンも、可愛いおじょうさんとお祭りを楽しんでくださいね」

 母親がさらりと告げた。

「そうなのか? 今度、家に連れて来なさい。ブライアン」

 父親は真面目だ。

「ですから、まだ、お友達ですよ。まったくもう」

 れた様子で言う兄を、妹は微笑みながら見ていた。何かを思い出した様子。

「……お祭りの前日、授業が終わってすぐに発ちたいのです」

 祭りは次の火曜日から。つまり、次の月曜日の夜に出発したい、という無茶むちゃなことを言った。

「構わないよ。早速さっそく手配てはいを頼もう」

 父親は即決そっけつした。メイドを呼び、何やら指示を出している。

 信じられないといった様子で見つめるキャロルに、母親が語りかける。

「言ったでしょう? 私達は、キャロルの味方ですよ」

「……あちらが用意したホテルに入れるようになるまでのあいだ……行きたいところがあるのです」

 少女は、さらに自分の意見を伝えた。


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