第三章 勇気

居場所

 ホテルのロビーで両親に旅行鞄りょこうかばんを渡して、キャロルが言う。

「……行くところがあるので、わたくしは少し一人で行動します」

「ゲームのお仲間と、約束をしているの?」

 金髪の母親が聞いた。

「ええ……そのような感じですわ」

「分かった。迷ったらいつでも連絡するといい。飛んでいくからね」

 金髪の父親が微笑んだ。

「……ありがとうございます。お父様。お母様」

 まぶしい笑顔で、感謝の言葉が述べられた。

 金髪ロングヘアの少女は、駅のほうへ歩き出す。


 桜水駅さくらみずえきの前に着いた。

 灰色の簡素な建物に背を向け、辺りをながめる。

 キャロルには、どこに何があるのか分からなかった。緑を見つけて公園へ行く。白いワンピース姿で、ひとり立ちくしていた。

勇気ゆうきを出して、会いに行くと伝えておくべきでした)

 芝生と、木々と、すこし遠くに海が見える。

 公園の中には時計が立っていた。

 街にならぶ建物の様子は、故郷こきょうとは違う。背が高い。灰色の部分が多いまち。道行く人々は黒髪ばかり。

 右を向いても左を向いても、居場所いばしょはない。十代前半の少女は、孤独こどくだった。そのひとみうるんでいる。勇気ゆうきを出せない自分に悲しんでいるようだ。

「大丈夫ですか? もしかして、迷子ですか?」

 薄いグレーのシャツを着た少年が、キャロルに話しかけた。

(自分を信じられないわたくしが、誰かを信用できるのでしょうか)

「違うのかな? 観光、じゃないな。レトロファイトの大会たいかいは先だし」

 あごの下に手をれながら、短髪の少年が言った。

 自分と同じくらいの背。その言葉に、キャロルが反応する。視線の先にゲームセンターを発見はっけん。少年の服のそでつかむと、ゲームセンターを目指した。

「……」

 キャロルは何も言わなかった。

 少年は、向かっているのがゲームセンターだと気付きづいた。そして、何も言わなかった。

 ゲームセンターの中に入った二人。レトロファイトの筐体きょうたいが多くならぶ、銀色の場所を目指す。

 横向きの操縦桿二そうじゅうかんふたつがにぎられる。

 二人は対戦たいせんした。

 少年は5回隙すきを作り、キャロルはそこを的確てきかく攻撃こうげきした。迷いはない。

 キャロルが相手を撃破げきはした。

 2戦目。

 少年はすきを作らなかった。キャロルはそれを分かっていたようだった。

 互角ごかく勝負しょうぶを繰り広げ、わずかな差で少年が勝利しょうりした。

 3戦目。

 換装かんそうも使って全力で戦う少年。キャロルも本気を出し、激しい戦いになる。

 お互いの周りを回るように移動して、キャロルが勝利しょうりした。

 筐体きょうたいから出て、表情をゆるめる少女。少年の手を引っ張って、公園まで歩いた。抵抗ていこうはなく、言葉もなかった。

「やっと……ハァハァ……会えた」

 青い目の少女は、少年にいた。

(こんなに、胸がドキドキするのですね。王子様おうじさま


 められたアサトは、キャロルの身体からだが弱いのかと思った。

 落ち着くまで、待っている。しかし、離れる気配けはいがない。

 寝てしまったのかと思った。

「きれいな髪だ」

 自分の顔の横にある頭をでた。き通るような金髪が美しい。少女がびくっとした。

 れる白いワンピース。色白な肌に目を奪われる。

「起こしちゃった?」

 体を離したキャロル。何も言わず、じっとアサトを見つめる。

「友達にもいるんだけど、吃音きつおんですよね。ブロックという症状しょうじょうの」

 すこし緊張きんちょうした様子で言った少年。

 キャロルはおどろきを隠せない。

(嫌われてしまうかもしれない。頭の中が真っ白で、ほかに何も考えられません)


 ひとみうるませて、キャロルが聞く。

「わたくしのことを……嫌いになりましたか?」

なんで? 症状しょうじょうがあるからですか?」

 キャロルは無言でうなずいた。

吃音きつおんだからって、友達のことを嫌いになったりしないよ」

 アサトは真面目まじめな顔をしていた。

「……誰にも言えないのです。わたくしは、勇気がないから」

「そうか、自分から言うのは勇気ゆうきのいることだったのか。僕の友達はすごいやつだったんだな」

(それでもわたくしは、怖かった)

「両親にも言ってないのは良くないです。絶対に言ったほうがいい」

 アサトは、真剣しんけんな表情でキャロルを見つめた。

「……」

 少女は一歩を踏み出せなかった。

「一人で言えないなら、僕も一緒に行きます」

「今日……アサトの家にめていただけませんか?」

 突然、キャロルが、関係のないことを言った。

「家出とはちょっと違うけど、そういうのは良くない。ちゃんと話さないと」

 アサトは真面目まじめだ。

「……これからお父様とお母様にお話しします。……一緒に来てください。話せたら、めてください」

 キャロルは真剣しんけんだった。

 薄いグレーのシャツ姿の少年は、しばらく考えたあとで、了承した。


 両親のいるホテルに行くキャロル、と、アサト。

 灰色の立派な建物に着いた。駅前では一番背が高い。

 二人は中に入り、部屋を目指した。

 その様子を、見つからないような位置からスーツ姿の人物が見ている。キャロルの家のメイドである。同じ飛行機に乗っていたのだ。

 ホテルの外でキャロルが一人で行動するさいには、こっそり見守っていてくれと、指示しじを受けていた。

 メイドは何も言わなかった。

 二人は、エレベーターで上に向かう。扉が開いた。

 廊下にいる時点で、部屋の大きさが分かる。盛大なパーティーを開けるほどの大きさ。キャロルはチャイムを押した。まるで普通の家。

「あら。早かったわね。いらっしゃい」

 ドアを開けたキャロルの母親は、優しい口調。最後はアサトに言って、微笑んだ。

「どうも。初めまして。おじゃまします」

 短髪の少年が、すこし緊張きんちょうした様子で挨拶あいさつをした。入り口で靴をいで、部屋に入る。

 中には絨毯じゅうたんかれていた。

 普通の家のように、ドアで部屋が仕切られている。キャロルたちは居間いまに入った。

 白い部屋の中を、いたる所にあるオレンジ色の照明が照らす。家具は、低めのテーブルとソファ。さらに、すこし高めのテーブルと、椅子が並ぶ。大きな窓からは、まちと、海が見えた。

 海を見ていた男性が、気配けはい気付きづき振り返る。

「ブライアンは、先を越されてしまったようだね」

 キャロルの父親は笑った。


 ソファも椅子もある。キャロルは座ろうとしなかった。

 アサトも横に立っていた。キャロルの両親と、向かい合った状態になった。少年以外は金髪。少女はなかなか話せない。

「ええと。私は、ゲームの、その、フレンドで、アサトという者です」

 しどろもどろに自己紹介した。

 失礼がないようにと覚えていた丁寧ていねい言葉遣ことばづかいを、ど忘れしていた少年。

「……アサト様は、強くて、紳士的しんしてきかたです。……わたくしと初めて戦ったとき――」

 突然とつぜん、キャロルが話し始めた。真剣しんけんな表情が徐々じょじょに柔らかくなり、笑顔を見せた。

 色々なことを話した。短髪の少年も話に参加して、肯定こうていしたり、否定ひていしたり、あわてたり、笑ったりしていた。

 キャロルの両親は、その様子を見ながら微笑む。会話に参加した。

 少年は、少女が自分から言うのを待った。

 キャロルはアサトの手をにぎる。アサトは何も言わず、にぎり返す。

「……お父様とお母様に、お伝えしたいことがあります」

 緊張きんちょうした様子で、言った。手はふるえていた。

「……わたくしは、言葉が上手く出せません。どんなに頑張っても、自分ではどうにもならないのです。……これが何なのか、調べました」

 手が強くにぎられる。痛いほどに。

「……吃音きつおんの、ブロックという症状しょうじょうでした。原因がよく分かっていなくて……なおすこともできないと知って。お父様とお母様に、心配をおかけしたくなくて……」

 キャロルは、いまにも泣きそうな声。

 母親が近付いていって、娘をめた。

 アサトは手をゆるめる。手が自由になったキャロルは、両手で母親をめた。

「よく、自分から言いましたね」

 母親は娘をめた。身体からだを離すと、今度は父親がめた。

「頑張りましたね。もう、ひとりにはさせませんよ」

 優しい声で、父親が宣言せんげんした。身体からだを離したところに、キャロルの母親が微笑む。

「心配も迷惑も、どんどんかけてください。子供は親を心配させるのが仕事なのですから」

「そうですね。あまり心配できないと、さみしいですからね」

 ガーディナー家の三人は、円形になってき合った。

 アサトはひとみうるませて、笑いながら見ている。

 キャロルは、初めて自分の居場所いばしょを手に入れたような気がして、泣きながら笑った。


「では私は、この辺で失礼します」

 しばらくして、空気を読んで立ち去ろうとしたアサト。

「……駄目だめです。どこにも行かないでください」

 キャロルからは強い意志が感じられた。

「しかしですね、せっかく、こうして親子が――」

 言い終わらないうちに、キャロルが話し始める。

「約束。果たしていただきますわよ」

「何か、約束をしていたのですか?」

 イントッシュが聞いた。

「恩人ですからね。アサトさんは。何でも言ってください」

 ジャスミンは嬉しそうだ。

「いえ、私は、何もしていません。キャロルさんが、頑張ったんですから」

「……さんけは、やめていただきたいわ。呼び捨てにしてください」

 キャロルは自分の意見をどんどん言っていた。

「それなら、僕も様付さまづけで呼ばれるのはちょっと。呼び捨てでいいですよ」

「それで、約束というのは何です?」

 二人を見て微笑みながら、キャロルの母親が聞いた。

「……自分のことを話せたら、アサト様のお家に泊めていただく約束ですわ」

「話せなかった場合、帰れないから、という意味だと思ったんです。私は」

「ほう。アサト君は、ひとり暮らし、ではないですよね?」

 キャロルの父親が聞いた。

 G国では、子供が一人で留守番るすばんをすると、それだけでつみになる。必ず家には大人がいた。家に残っているブライアンのそばにも、メイドがいる。

「ええ。母がいて、夕方には、父も戻ってきます」

「それなら、いいでしょう。いってらっしゃい」

 母親は、父親の意見が出る前に許可した。

「……」

 キャロルは、父親を見た。

「反対しないよ。ホームステイだと思って、楽しんでおいで」

 父親は、優しく微笑んでいる。

「……ありがとうございます。お父様。お母様」

 キャロルは、心からの笑顔を見せた。


 桜水駅さくらみずえきの北西方向に、すこし行った場所。

 様々なおもむきの民家がならんでいる。タイルがなく統一感もない。

 J国では当たり前の光景こうけい

 キャロルとアサトは、アサトの家の前に着いた。入り口の近くに、山畑やまはたと書いてある。その姿を、メイドが見てはいなかった。

せまい家ですが、ゆっくりしていってください」

 少年は一戸建いっこだての玄関げんかんの鍵を開け、少女を中に案内した。

玄関げんかんで、靴をぐのですね」

 片手で持てる大きさの鞄を廊下に置いて、キャロルは靴をいだ。長い金髪がなびいて、白いワンピースがれた。

「おかえり。早かったね。って、何? 何かの撮影?」

 挨拶あいさつをした女性は、何が何だか分からない様子で聞いた。

「G国からいらっしゃった、ゲーム仲間だよ。今度、大会あるでしょ? あれの」

 薄いグレーのシャツ姿のアサトは、簡単に説明した。

「……ごきげんよう」

 金髪ロングヘアの少女は、普通に挨拶あいさつをした。

「ご、ごきげんよう? 何でうちなんかに? 息子をよろしくお願いします」

 慌てている様子のアサトの母親は、改まって挨拶あいさつをした。

 母親を放っておいて、アサトは家に上がる。どこに何の部屋があるかを、キャロルに説明し始めた。続いて、自分の部屋に案内する。

「和風の家だと、よかったのですが」

「……何の問題もありませんわ」

 キャロルが答えた。

 家は、木の部分が多いフローリング。アサトの部屋も、フローリングだった。部屋の左奥にベッド、近くには窓がある。右奥には机と椅子。

 キャロルの部屋よりもせまい。少女は何も言わなかった。

 置いてあるクッション。

 キャロルは、ベッドに座った。

 視線の先には本棚。たくさん本がならぶ。壁の高い位置には時計。低い位置にはカレンダー。左側にはタンスがある。タンスの上には鞄が置かれている。

とくに、面白い物がなくて、申し訳ないです」

 散らかしてはいない部屋の主が言って、キャロルの隣に座った。

 びくっとしたキャロル。言葉にならないような、変な声を出した。

「どうか、しましたか?」

 隣の少年は、不思議ふしぎそうに聞いた。

「……何でもありませんわ。暑いですわね」

 金髪ロングヘアの少女は、上目遣うわめづかい。

「そうですね。こちらの国は、気温が高いですよね」

 アサトは納得なっとくした様子だった。


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