異国の家
「色々、話して欲しいです」
アサトが言った。ベッドに並んで座る二人。
キャロルが話し出す。住んでいる家のこと、大きな湖のこと、町のこと。学校のこと、寮のこと。色々なことを話した。途中からアサトのほうに身体を傾ける。
すこし身体を傾けて、真剣に聞く少年。
少女は何度も言葉が出なくなったが、どうでもよかった。話したいことを話した。
「……次は、アサト様が、色々話してください」
「ええと。様はいりませんよ。レディ」
恥ずかしそうに、アサトが言った。
「では……アサト、色々話して欲しいですわ。わたくし、メモを取ります」
金髪の少女は、荷物の中からノートとペンを取り出した。
「分かりました。机を使って、椅子に座ってください」
グレーのシャツ姿のアサトが、立ち上がった。
フリル付きの白いワンピース姿の少女は、椅子に座ってノートを広げる。
短髪の少年が、色々と話した。
学校はキャロルの通っているものと随分違うようで、何度も質問をしながらノートに書き込んでいる。
「……やはり、靴を脱いで、上履きなのですね」
「木造の古い校舎は、最近では珍しいみたいです」
町も、キャロルの住んでいるところとは随分違うらしい。真剣な表情でメモを取っていた。
「友人の話も、メモを取るんですか?」
「もちろんですわ」
キャロルは、当然のことのように言い切った。
「約一名に、怒られそうだな。まあ、黙っておけばいいか」
呟いたアサト。友人たちの話を伝えた。ノートに書き込まれていく。
少女は途中で質問する。少年は真面目に答えた。
「……女性のお友達も、いらっしゃるのですか?」
金髪ロングヘアの少女が食いついた。揺れる髪。
「ええ。レトロファイトをやっている、ライバルのような感じですね」
短髪の少年は、普段どおりに答えた。
「なるほど……ライバルですか」
キャロルは納得した。
「そうなんですよ。一人、ライバルと呼ぶのもおこがましいような、とんでもなく強い人がいまして。鬼のような」
真剣に言い切ったアサト。
「そこまで言うほどの、お相手ですか」
「見た目は、可愛らしいんですけどね。あれは、人間をやめている強さですよ」
「か……可愛らしいのですか?」
少女は、ペンを置いて立ち上がり、両手を握り締めて少年に詰め寄った。真剣な眼差しを向ける。
「え? えーっと、背が低くて、最初は年下かと思ったんですけど」
「同い年なのですか?」
キャロルは、さらに詰め寄る。
「そうです。学校は違うので、最初、年下かと……」
さっき話した内容をまた言った。
「アサトは……背が低いほうが好みなのですか?」
近付いている二人の顔。部屋のドアがノックされた。開くドア。
「あら。お邪魔だったかしら」
お茶を持って来たアサトの母親は、お茶を持ったままドアを閉めた。
「ちょっと母さん。お茶置いていってよ。喉渇いたから」
即座に母親を追いかけ、お茶を手に戻ってくる。立ったまま飲み干した。もう一つの湯呑みをキャロルに渡す。
「紅茶をお出ししたかったのですが、本格的な物は無理なので。お許しください」
「いいえ……お構いなく」
話に夢中になって頬を染めた少女は、ベッドに座ってお茶を飲んだ。
アサトの部屋には、机と反対側にTV(テレビジョン)があった。
部屋の主が説明する。
「椅子を反対方向に向けないと、見えない位置に置いているんですよ」
そこにはゲーム機もある。
「……メリハリをつけるため、というわけですわね」
キャロルが意図を汲み取った。すでにお茶は飲み終え、隣にはアサトが座っている。そして、キャロルは、ゲームをしましょうとは言わなかった。
「ゲームをしませんか?」
アサトが言った。
「なぜですか?」
「なぜ? うーん。ほかには、漫画くらいしかありませんよ、この部屋」
相手が退屈していないか、心配そうな様子。
「……普段、女性がいらしたときには、何をなさっているのですか?」
ベッドに座っている、つり目の少女は、顎をすこし下げて聞いた。
「普段も何も、今日が初めてですよ」
隣に座っている少年は、困惑した様子で答えた。キャロルは、なぜか嬉しそうな表情。
「実は、わたくしも……男性のお部屋に入ったのは、初めてなのです」
「ええっ。僕の部屋を基準に考えないほうが、いいと思います。はい」
「……」
キャロルはアサトの手を握った。
「……」
「……勇気をいただきました。ありがとうございます」
白いワンピース姿のキャロルから、感謝の言葉が述べられた。
「いえ。何もしていませんよ。私は」
薄いグレーのシャツ姿のアサトは、さも当たり前のように言った。
「……この手を握っていたから、話すことができたのです」
手に、すこし力が入る。
「あのとき、キャロルがどれだけ辛くて苦しかったのか、強く握られていた手を通して、少しだけ分かったような気がします」
「……」
「私には、見ていることしかできませんでした」
少女の手を見つめ、悲しそうな、優しい表情をしていた。すると、手が離れて、少年の身体に体重が乗った。油断していたアサトは、倒れそうになる。
「それだけで嬉しかったわ……ありがとう」
目に涙を浮かべたキャロルは、呼吸を荒くした。アサトは何も言わずに、頭を撫でた。
キャロルが落ち着いた頃、アサトの父親が帰宅した。
アサトの部屋の二人は、台所へと向かった。
「彼女を連れてきたか」
開口一番に、アサトの父親が空気を凍らせた。
「違うよ。あんまり、失礼なことを言わないでよ」
否定したアサト。キャロルは、明るい表情のあとですこし暗くなる。
「もう! デリカシーがないんだから、この人は」
厳しい言葉をかけた、アサトの母親。
「……ごきげんよう。わたくしは、キャロルといいます。……吃音で、たまに言葉が出なくなりますが、お気になさらず」
金髪ロングヘアの少女は自己紹介をした。
「ごきげんよう。俺は、コウイチロウ」
アサトの父親は軽快だ。
「あたしはキヨミ。この人のことは、気にしないでいいから」
アサトの母親はコウイチロウに厳しい。
部屋の隅に置いてあった椅子を、テーブルの近くに持ってくる。四人はテーブルを囲んで座った。
「それでさ、今日、キャロルを泊めて欲しいんだけど」
アサトが普段どおりの調子で頼んだ。
「なんだと。もう、そんな関係なのか」
「そんなわけないでしょ! 来客用の部屋でいいかしら?」
母親は厳しい口調で言ったあと、キャロルに聞いた。
「……いえ、わたくしは、アサトの部屋に泊まりますわ」
「G国では、皆ベッドですからね。私が来客用の布団で床に寝ましょう」
いろいろ調べて詳しいアサトが提案した。
「なるほどなあ。そりゃ仕方ないな」
父親は納得した。
「アサト、いつの間にかそんな言葉遣いができるようになって。成長したね」
母親は感激していた。
「……」
キャロルは何も言わなかった。
夕食は和食である。
アサトの両親が食べ終わっても、キャロルは焼き魚と格闘していた。
少年は、隣でアドバイスする。ゆっくり食べながら。
「……申し訳ありません。遅くなってしまいました」
キャロルは焼き魚に勝利した。
「いえ。初めてで、ここまで出来るのは、すごいですよ」
短髪の少年は、率直に褒めた。
流し台に二人分の食器を運び、生ごみは専用の袋に入れて、皿を水に浸ける。金髪の少女は見守っていた。
「そういえば、J国のお風呂について、説明しておかなくてはいけませんね」
アサトは、キャロルの隣の椅子に座った。
「……お風呂ですか?」
キャロルは頬を染めていた。
「この国では、湯船にお湯を溜めて、その中に浸かって、のんびりするという習慣があるので」
「……」
「風呂場に行ってびっくりしないように、言っておこうかと思いまして」
「……暑くないのですか?」
「40度以下のお湯に10分間肩まで浸かり、座って上半身をお湯から出して5分間浸かって出る、というようにすれば、血圧の変化を抑えられます」
アサトは、こんなこともあろうかと調べておいた情報を披露した。
「なるほど……リラックスしているのですね」
「別に、普段どおりシャワーでいいですよ。湯を抜かなければいいので」
「わたくしが普段シャワーを使っていることを、知っているのですか?」
キャロルが聞いた。
「そういう人が多いという情報があるだけで。違ったらすみません」
「……」
少女は、アサトをじっと見つめ、身体の前で手を組んだようなポーズを取る。肩を左右に振るように動かした。
「えーっと、お風呂はもう少しあとです」
少年は、照れた様子で視線を逸らした。
「歯、磨けよ」
アサトの父親が声をかけた。歯を磨き終わっている。
「あんた、何言ってんの! 邪魔しないでよ」
アサトの母親は、本気で怒っていた。
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