ライバル

 第一土曜日だいいちどようび世界大会前日せかいたいかいぜんじつ

 ホテルでの朝食を終えたキャロルと両親。大きな部屋をあとにする。ロビーでチェックアウトを済ませ、荷物を手にアサトの家へ向かう。

 家に着くと、丁度ちょうどアサトの父親が出かけるところだった。簡単かんたん挨拶あいさつをして、見送った。

 居間いまで何やら話をする、アサトの母親とキャロルの両親。

 少女と少年は、アサトの部屋に入った。

「……わたくし、一人で……自分のことを、フレンドの皆さんに話そうと思うのです」

 キャロルが決意けついを語った。

「はい」

 アサトが決意けついを認めた。

「もし、できたら……めて欲しいのです」

 フリルの付いた青い服の少女は、ほおめて少年を見つめた。

「キャロルなら、できるよ」

 うっかり普段の口調で答えた。それについて何か言われることはなく、笑顔が返された。

「……できれば、午前中には話します。午後にいらしてください」

「分かりました」

 主催者側しゅさいしゃがわの用意した幕海まくうみホテルの場所を確認して、部屋を出た二人。

 和やかな話がおこなわれていた居間いまに行く。

「お世話になりました」

 キャロルがお辞儀じぎをした。

 外に出る、荷物を持つ者たち。

 少女が言う。家の外まで見送りに出た、濃いグレーのシャツ姿の少年に対して。

「……頑張ります」

 金髪の三人は、駅のほうへと歩いていった。

「そうだよな。普通ふつうに話すことが、頑張らないといけないこと、だもんな」

 納得なっとくした様子でつぶやいたアサト。


 桜水駅さくらみずえきから列車に乗り、キャロルと両親は幕海駅まくうみえきを目指した。

 線路は、すこし右にカーブしている。窓の外の景色が滑るように流れていく。

 灰色が増えてきた。止まる列車。

 まばらに見える人々に紛れて、三人は幕海駅まくうみえきの外へ出た。

 近くに、大会が行われる幕海まくうみドームが見える。その三角形に近い建物へは向かわない。世界から参加者が集まっている、大きな茶色のホテルを目指した。

 右手に川が流れる。ならんで植えられている、何かの木。花は咲いていない。

 キャロルたちは、幕海まくうみホテルに入った。

 全てが木ではないものの、木の飾りが各所に散りばめられて、和のおもむきがある。

 フロントで両親が説明する前に、キャロルが口を開いた。緊張した様子で自分のことを説明する少女に、ホテルの人は笑顔を返す。

 大会の参加者だと告げると、部屋の場所を教えられる。キャロルがお礼を言う。お辞儀じぎをした。

「……ごきげんよう」

 緊張きんちょうで顔を赤くして、上に向かうエレベーターの中で母親の手をにぎった。にぎり返され、すこし安心したような表情。

 すぐに目的の階へ到着とうちゃく。エレベーターの扉が開く。

 そのフロアは、全面が和風だった。

 キャロルは手を離して、自分たちの泊まる部屋に向かった。

 入り口で靴を脱ぐ。たたみいてあって、背の低い机しかない。置いてあるのは座布団。見るもの全てが新鮮しんせん景色けしき。ベッドがない。

 大きな荷物を置いた少女。必要最低限ひつようさいていげんの物を持ち出す。両親に手を振り、部屋を出た。

 大会参加者たいかいさんかしゃが集まり、ゲームをプレイできる大部屋。

 その前で、金髪ロングヘアの少女は立ちくしていた。部屋は開いている。

 近くにいた大会関係者たいかいかんけいしゃから声をかけられ、まずは自分の症状しょうじょうを説明。参加者だと告げ、把握はあくされた。

 ちらりと部屋の中を覗くと、たくさんのディスプレイとゲーム機。何人かの少女と、ウェーブした髪の女性、かなり短い髪の男性が見えた。ゲーム中の人は、紫色の座布団ざぶとんに座っている。

 勇気ゆうきを出して、部屋の中に入ったキャロル。靴をぎ、たたみの上に立つ。かがやきを失ったような、薄手の青い服。

 自分から話しかける勇気ゆうきが出せなかった。

 長い黒髪で、すこし背の低い少女の姿が目にうつり、直視ちょくしできなかった。

対戦たいせんしようぜ」

 相手から言われ、何から話せばいいのか分からなかった。

 言葉が出ないからではない。たくさん言いたいことがあった。口には出さず、黙ってうなずいた。


 キャロルのロボットは、いつものように白色。

 腕がミドル、胴とあしがライト。左手にナイフ、右手にソード。両肩に至近距離専用しきんきょりせんようビームナックル。

 試合開始しあいかいし。ステージは障害物の少ない平原。

 相手は灰色で、同じ装備そうび。迷いなく接近せっきんしてくる。

 キャロルも一気に接近せっきんした。いきなり、ナイフで攻撃こうげき

 灰色の相手は、ビームシールドを一瞬展開いっしゅんてんかいしてはじく。反撃可能はんげきかのうなのに、速攻そっこうしない。すきを見せるタイミングで、ナイフを使った。

 白い機体きたいが、一瞬いっしゅんビームシールドを展開てんかいし、はじく。そして何もしなかった。

 お互いに、換装かんそうを使わずひたすら攻めた。

 ミスをした方が攻撃こうげきを食らう。わずかなすきも見逃さない相手の攻撃こうげきを受け、キャロルは倒された。

 2戦目。

 両者りょうしゃは全力で直進した。同時にナイフを使い、クロスカウンターのようになる。

 ノーガードの殴り合いになり、最後はビームナックルのち合い。

 わずかな差で、キャロルは負けた。

「こんな可愛かわいい子が、何でこんな戦いかたしてるんだよ。キャロルか。また読み間違えた」

 すこしボサボサな長い黒髪の少女は、勝負しょうぶに負けたようなくやしさをにじませていた。

「……ありがとう」

 キャロルは緊張きんちょうしていた。

「今、着いたのか? おれのライバルが、こんなに可愛かわいいおじょうさんだとは、な」

 かなり短い髪で精悍せいかんな顔の男性が笑った。きたえられた身体からだで長身。不思議ふしぎ威圧感いあつかんはない。

 対戦たいせんが終わり、みんなは自己紹介じこしょうかいした。

 男性はフリードリヒ。ウェーブした髪の女性はエリシャ。おかっぱに近い髪型で、金髪の少女はナイナ。ミドルヘアで大きな目の少女はサツキ。補欠ほけつらしい。

「もう分かってるだろうけど、俺、ケイなんだよ。悪いね、アバターと違って」

 長い黒髪の少女は笑った。

 地味な服装が、キャロルには魅力的みりょくてきに感じられた。複雑ふくざつな表情をしたあとで微笑む。すぐに決意けついを込めた表情になって、話し始める。

「……みなさんに、話しておかなければならないことが、あります」

「……」

 真剣しんけんな様子に、みんな黙った。

 前置きをする必要はない。しかし、キャロルは前置きをした。

「わたくしは……吃音きつおんのブロックという症状しょうじょうで、言葉が出ないことがあります。そうなっても、お気になさらず……詳細しょうさいは調べれば分かると思います」

 顔を赤くしてひとみうるませた少女は、エリシャにめられた。

 薄着で肌の露出ろしゅつが多いため、キャロルは照れた。

「なんだよ。お前ら気に入らないから、ボコボコにしてやる! と言われるかと思ったぞ」

 長い黒髪の少女が、柔らかい表情になった。

「そんなわけ、ないでしょ。ちょっと待って。調べてみる」

 サツキは、情報端末じょうほうたんまつ検索けんさくし始めた。

「すぐに調べられるからね。何でも言ったほうが、いいよね」

 ナイナは検索画面けんさくがめんのぞき込んだ。その横を通り過ぎた男性が、エリシャに話しかける。

「おいおい、おれのライバルが苦しがってるぞ。解放かいほうしてやれ。対戦たいせんしようぜ」

 自由になったキャロルは、フリードリヒと対戦たいせんした。

 みんなは、その様子を見ながらさわいだ。

 ほかの人同士でも対戦した。冗談交じょうだんまじりで、外野がいやは好き放題言っていた。


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