第四章 希望

緑色の舞台

 第一日曜日だいいちにちようび。レトロファイト世界大会当日せかいたいかいとうじつ

 キャロルが目を覚ますと、情報端末じょうほうたんまつにメッセージが届いていた。母国ぼこくにいる、淡い茶色の髪をした友人からの言葉をめた。

 兄からもメッセージが届いているものの、時差じさを考えてか返事はしない。

 寝室しんしつに両親の姿はなかった。少女が、グレーに近い紫色をしたワンピースに着替える。涼しそうな見た目で、当然のようにフリル付き。

 両親と共に食堂で朝食を食べる。全員、和食に挑戦。魚が切り身なので、両親も苦戦くせんせずに食べることができた。

 そのあと、支度をする。

 ホテルのロビーで、スカート部分を手でつまむキャロル。すこしひざを曲げる。

「……行ってまいります」

「ああ。楽しんでおいで」

 キャロルの父親が微笑んだ。

「いってらっしゃい」

 キャロルの母親が優しい声をかけて、娘をめた。

 集合時間にはまだ早い。十代前半の少女は、両親より先に向かうことにした。会場かいじょうとなる幕海まくうみドームへ。

「よう。早いな」

 ホテルを出てあまり歩かないうちに、後ろから声をかけられた。

「ええ。……そう言うあなたも、早いですわ」

 キャロルは、かなり短い髪の男性に返事をした。歩きながら話をする二人。

結局けっきょく、戦い方を変えないみたいだな。いいのか? それで」

 フリードリヒは、ふくみのある言い方をした。

「よいのです、これで。それに……あなたも同じですわ」

「そうか。そうだな」

 長身で体つきのいい男性は、納得なっとくした様子で、さわやかに笑った。


 ホテルからさほど遠くない場所にある、幕海まくうみドームに到着。

 関係者用入かんけいしゃよういぐちから中に入る。すこし歩くと、広い場所に出た。あまり人はいない。会場かいじょうにいるのは、みんな関係者かんけいしゃだ。

「広すぎじゃないか? それだけ、力を入れてるイベントなのか」

 フリードリヒがつぶやいた。

「……確かに、あと、二つくらいのイベントを同時にできそうですわね」

 キャロルも同意した。

 緑色をした舞台ぶたいの上には台がある。上にディスプレイが二つ置いてある。ゲーム機は台の中に入っていた。近くには、椅子が二つ並ぶ。

 すこし高い位置の大きなディスプレイで、試合の様子をうつすテストをしている。

 舞台ぶたいの上には、照明がたくさんならんでいた。舞台ぶたいの外にもならぶ。

 一万人が収容しゅうようできる、広いドーム内。緑色の場所近くに、ずらりと椅子がならぶ。座れる千人以外は、うしろで立っての観戦かんせんになる。

 ひかしつは左の通路の先。

 大会たいかいの前に記念撮影きねんさつえいをするという話で、参加者さんかしゃがいるのは舞台ぶたいの近く。

 会場かいじょうに一番近い幕海まくうみホテルから、参加者さんかしゃが次々とやってきた。

「あれ? アサトは、まだ来てないの?」

 金髪でおかっぱに近い髪型の少女が、キャロルに聞いた。

「……列車で来られるので、もうすこし、あとだと思いますわ」

 つり目の少女は、すこし眉に力が入っていた。

「なんだ。ずっと一緒にいるのかと思ったよ」

 ゆったりとした服を着ているナイナが、さらりと言った。

「……」

 キャロルは何も言わなかった。表情が緩む。

 見知った顔以外に、ゲームのプレイヤーらしき数名の姿がある。

「あの方たちは、所謂いわゆるプロゲーマーですね」

 白髪はくはつ年配男性ねんぱいだんせいが、キャロルの視線しせんから先読みして言った。

「……ホテルの同じ階の、別のお部屋にいらしたのですね」

 主催者側が用意したホテルには、大部屋以外にもたくさん部屋がある。思い返す少女。

「彼らにとって、我々われわれ有象無象うぞうむぞうですから、放置ほうちしても問題ないのでしょう」

 ジョフロワは笑った。

「会いに来てくだされば……吃音きつおんのことをお話しできたのですが、いまは話しにくいですわ」

 相手の強さなど関係がないという風のキャロル。

 すると、突然とつぜんめられた。

「いいよ。私が代わりに話すから」

 ウェーブした髪の女性が、表情を緩めていた。

「いえ。わたくしは……自分で伝えなくてはなりません」

 身動きの取れない状態じょうたいで、力強く意思が伝えられる。

「なんて健気けなげなの」

 エリシャは、さらに嬉しそうな顔をした。

 ととのえたひげを蓄えたダニオと、金髪ショートヘアのボニーは、優しい顔でながめる。


「……ごきげんよう」

 エリシャから解放かいほうされたキャロルは、勇気ゆうきを出した。見知らぬ集団しゅうだんに近付く。

「やあ。こんにちは。可愛かわいいね、君」

 すこし太めの若い男性が、気さくに話してきた。

「ヴィーシ、そういう発言は良くないと思うぞ。ああ、こんにちは」

 隣の人物に苦言くげんていしたあとで、細身で長身の男性は挨拶あいさつをした。

 ほかの三人は近寄ってこない。

「ちょっと、ここに美女がいるっていうのに無視する気?」

 見かねたエリシャが声をかけた。

「ここはわたくしが……わたくしに任せてください」

 いまにも臨戦態勢りんせんたいせいに入ろうとしていたエリシャを制止せいしした、キャロル。

「やあ。君も参加者さんかしゃなんだね。よろしく」

 横を刈り上げた髪型の若い男性が近付いてきた。細身。ひょうきん者のようで、コロコロと変わる表情。

 残りの二人も寄ってくる。

「よろしく」

 身体からだの大きな黒人は、けわしい顔だった。すぐに満面まんめんみを浮かべる。

「へえ。どうも」

 短めの髪をうしろにたばねた女性が、つぶやくように言った。

「……大会とは関係ないのですが、わたくしは、個人的に話しておかなくてはならないのです」

 キャロルは、自分の症状しょうじょうについて説明した。

 よく分かっていないような人には、エリシャが情報端末じょうほうたんまつを使って説明。

 そして、みなが名前を教え合う。プロゲーマーたちは、本名ではない。プレイヤーネームというものを名乗っている。

「自分から言うって、最高にクールだよ。お姉さんに言ってもらえば、楽なのにさ」

 すぐに理解りかいしたヴィーシ。キャロルをめた。

「お姉さんじゃないって言ってただろ。ちゃんと聞いてたか?」

 長身のユクシは、ヴィーシにきびしかった。悪意は感じられない。

「全く。ぜひ、お近付きになりたいね」

 横を刈り上げた髪型のカクシは、エリシャに夢中むちゅう

「うん。よかったな」

 体つきのいいコルメは、話を聞いて目をうるまませていた。

「だからって、手加減てかげんしないから」

 きびしそうに見えるネリャが、宣言せんげんした。

「ええ。……聞いてくださって、ありがとうございます」

 金髪ロングヘアの少女は、軽く会釈えしゃくをする。微笑んだ。周りの人たちも、笑顔を返す。髪をうしろにたばねた女性も、わずかに微笑む。

 キャロルは、清々すがすがしい顔でフレンドたちのいる場所に戻った。


「外から見るよりも、広く感じますね。中に入ると」

 グレーのシャツ姿の少年が歩いてきた。すぐに駆け寄っていくキャロル。

「ごきげんよう」

 照明のせいか、輝く笑顔を見せた。グレーに近い色のワンピースも煌く。なびく金髪。

「ごきげんよう」

 心ここにあらずといった様子で挨拶あいさつをしたアサト。目を細めた。

「……大会が終わったら、お時間をいただけますか?」

「はい。もちろんです」

 十代前半の少年が、笑顔を返した。

「いいなあ」

 二人に聞こえない場所で、ナイナがつぶやいた。スポーツ選手のような男性が声をかける。

「おいおい。邪魔するなよ?」

「そんなことしないよ。ちょっと見てみたいだけだよ」

 ナイナは、にやりと笑った。

「そいつは野暮やぼだぜ。おじょうさん」

 フリードリヒはすこししぶい顔をしたあと、微笑んだ。


「そろそろ、記念撮影きねんさつえいが始まりそうな感じじゃん」

 長い黒髪の少女が近付いてきた。ピンクのワンピースの上に、赤いカーディガンを羽織っている。

「えっへっへ。可愛かわいいでしょ」

 隣のミドルヘアの少女は、自慢じまんげだ。アサトは真面目まじめな顔をしている。

「てっきり、ゲームにステータスを全部振ぜんぶふってて、ほかのことに興味きょうみないのかと思ってたよ」

「誰が、ステータス全振ぜんふりしてるんだよ。そんなにゲームばっかりやってないぞ、おれは」

 流れるような髪をらして、ケイが真面目まじめに返した。

「……可愛かわいらしいですわ」

 キャロルも、真面目まじめだった。

 ケイとサツキのほかにも、何人かやってくる。

「えーっと、こんにちは」

 おとなしそうな、七三分しちさんわけの少年しょうねん挨拶あいさつをした。少年の名はロクミチ。

 欠員けついんが出た場合の補欠ほけつだという五人。

 キャロルが自分のことを伝えようとして、すでにケイたちから聞いていると言われる。お互いに微笑んだ。

「オレは、ヨウサクっていうんだ。よろしく頼むぜ」

 やんちゃそうな坊主頭ぼうずあたま少年しょうねんが頼んだ。

「私は、ホノリです。よろしくね」

 落ち着いた雰囲気ふんいきの、みの少女が言った。

「お友達になって。ユズサっていうの、私」

 ふわふわとした雰囲気ふんいきの、ツインテールの少女が、キャロルに懇願こんがんした。

「いきなり、そう言うのはどうかと思いますよ。私はマユミです。よろしくお願いします」

 つり目気味めぎみでショートヘアの少女が、ユズサに苦言くげんていしたあとで挨拶あいさつをした。

「面白くなりそうだね」

 すこし離れた場所にいたナイナが、同い年くらいの少年少女の集団に近付ちかづいていった。

「……」

 フリードリヒは止めなかった。


ってるの? 二人って。雰囲気ふんいきいいけど」

 突然とつぜん、ユズサが言った。

「え? 誰のこと?」

「……違いますわ」

 ほぼ同時に、違う反応をした二人。

「ちょっとユズサ。駄目だめだよ、そういうこと言うのは」

 ホノリが自重じちょううながした。

「詳しく聞きたいな」

 ナイナが話しかけた。

「なに、自己紹介じこしょうかいの前にからんでるんだよ、ナイナ」

 ケイがツッコミを入れた。それをきっかけに、金髪ミドルヘアの少女がみんなに紹介される。

「かわいい服、どこで買ったの?」

「トラップとデコイを使った、ねちっこい戦い方をするから、気をけろ」

「面白い戦いかたですね」

 マユミは色恋いろこいとは無縁むえんだった。

「戦いかたよりも重要なことがあるでしょ。みんな、知らないの?」

 ナイナは食い下がった。

根性こんじょうだな」

 ヨウサクが即答そくとう

努力どりょくですよね」

 ロクミチが推測すいそくした。

熱血ねっけつ!」

 サツキがこぶしにぎった。


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