後期6限目 1.SF論 六十年代ニューウェーブSF

 はいSF論です五代です。今日は、御三家の出現後、60年代のSFについて話しておきたいと思います。


 前の時間にやったアシモフ・クラーク・ハインライン以外にも、もちろんさまざまな有名作家がさまざまな作品を発表しています。レイ・ブラッドベリ(『火星年代記』『十月はたそがれの国』『なにかが道をやってくる』『黒いカーニバル』)、アルフレッド・ベスター(『虎よ、虎よ!』『分解された男』)、フィリップ・K・ディック(『宇宙の眼』『流れよわが涙、と警官は言った』『ユービック』『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』)、A・E・ヴァン・ヴォクト(『宇宙船ビーグル号』『非Aの世界』)、クリフォード・D・シマック(『都市』)、シオドア・スタージョン(『夢見る宝石』『人間以上』)、スタニスワフ・レム(『ソラリスの陽のもとに』)など、この後、SFのジャンルを大きく広げるさまざまな作家が活躍しました。


 しかしSF史的に大きな出来事とは、これまでのハードSF・社会派SFを中心とした王道SFに対するカウンターとして、イギリスの若い作家を中心に、『ニューウェーブ』という新しい風潮が起こってきたことです。


 それまでのSFが科学技術をもとにしてあくまで人間の外的な事象、宇宙や宇宙史、人類の種的進化、あるいは社会問題、思想的実験などを扱っていたのに対して、ニューウェーブSFという思潮に参加する若手SF作家たちは、人間の内的世界に新しいフロンティアを見いだし、それを舞台にしてもっと文学性が高く、幻想味の強い作品を発表するようになりました。


 この運動に参加した代表的な作家としては、まずマイクル・ムアコックがあげられます。彼はこの運動の中心的人物として、1964年、新しいSF雑誌『ニュー・ワールズ』を創刊し、その編集長となります。

 それまで、SF黄金期を支えた「いわゆるSF」的な題材や文体、ストーリーがかえって読者を退屈させ、SFの一般化をはばんでいるのではないかと問いかけた彼らは、SFが目指すべきは外宇宙ではなく、人間の内面に広がる内宇宙であると主張して、よりSFが扱う題材の幅を広げ、「サイエンス・フィクション」ではなく「スペキュレイティブ(思弁的)・フィクション」を提唱しました。


 

 ムアコックが著名なのはむしろ、ヒロイック・ファンタジーの系譜に属する『エルリック・サーガ』をはじめとした『エターナル・チャンピオン』シリーズですが、この作品もまた、それまでの定型であった蛮人コナンタイプの、強力な戦士の主人公が活躍するものではなく、虚弱な非人類種族の皇帝であった白子の青年エルリックが、モラルと善悪、自らの背負う罪や運命に悩みながら理不尽な運命に翻弄されるという、コナン型の主人公とは真逆と言っていい主人公を創造しています。

 素朴で粗暴な蛮族の主人公ではなく、悩める都会人であるエルリックはより現代人に近い複雑な内面を持つキャラクターとなっており、この特徴は、『エターナル・チャンピオン』シリーズに含まれるほかの作品の主人公たちにも共通しています。


 SFは外宇宙よりも内宇宙を目指すべきであると主張したのはJ・G・バラードです。バラードはすでに50年代から少し変わった作品を発表していましたが、ムアコックによって『ニュー・ワールズ』誌に大きく取り上げられたことをきっかけに、ニュー・ウェーブ運動の中心に躍り出ました。『溺れた世界』『燃える世界』『結晶世界』『狂風世界』など、滅びゆく世界においてのごく普通の人々の物語を緻密に描いた作品はその後、より人間の内面に迫る小説に進化してゆき、スピードと破壊と死に魅せられた男女の狂気を描く『クラッシュ』、超高層タワーマンションに構築された階層社会とその崩壊を冷徹に描く『ハイ-ライズ』など、より先鋭的な作品へと移行していきました。


 それまで大きな評価を得ることができなかったものの、このニューウェーブ運動の中で再評価を受けたのがフィリップ・K・ディックです。個人的な薬物乱用や精神的幻覚体験、神学への傾倒などがこもった独特のSFを書いていましたが、人間の内面の探索を中心に、それまでよりもはるかに広い題材を受け入れるようになったニューウェーブ運動の中で、その作品は多くの読者を獲得しました。

 ヒトラーが第二次世界大戦に勝利した世界を描いた歴史改変SF『高い城の男』はヒューゴー賞を受賞しましたが、おそらくもっとも有名なのは映画『ブレードランナー』の原作となった、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』でしょう。レプリカントと呼ばれる人造人間を処理するハンターであるデッカードを主人公とする物語は、追跡の中で人間と人造人間の区別を次第につけられなくなっていき、「人間とは何か、人間と人工知能の違いとは何か」という、根源的な問いかけにまで達したこの作品は、アシモフのロボットと人間を完全に区別するロボット三原則にもとづくSFからさらに一歩踏み出した、新しい人工知能への問いかけとなっています。

 ディックの作品の多くは「現実」と「個人のアイデンティティ」というもののもろさと揺らぎをテーマとしており、現実だと思っていた日常が何らかの機構によるシミュラクラ(疑似現実)であったり、捏造された記憶であったりすることが徐々に明らかになっていき、超現実的な展開へともつれ込んでいくことがよく見られます。こうした「現実の悪夢的崩壊感覚」はディック作品に共通してみられる特徴で、「客観的な単一の事実は存在せず、すべては個人の知覚の問題である」という前提がつらぬかれています。


 ブライアン・オールディスはムアコックとともにニューウェーブ運動の中心人物のひとりとなりましたが、作品としては『地球の長い午後』が有名です。遠い未来、膨張した太陽のもと、自転が停止して永久の昼と夜が続くようになった地球を舞台に、変異した動物たちがはびこる弱肉強食の世界で生きてゆく生き残りの人間たちの姿を描いています。

 オールディスの作品はほかのニューウェーブ作家たちと比べてかなりオーソドックスなSFに近いですが、それでも、滅亡に向かう人類の生きる姿を人間的に緻密に描く姿勢は、ニューウェーブの作品傾向に接近しています。

 オールディスのもうひとつの著作として、ニューウェーブに至るまでのSF黄金期を通じたSF史をまとめた評論集『十億年の宴』があります。SF史に興味のある人なら一読してみるのもいいでしょう。


 ニューウェーブの発祥は英国でしたが、その波はアメリカにも到達しました。アメリカのニューウェーブ作家としては短編でスタイリッシュな作品を書いた作家ハーラン・エリスン(『世界の中心で愛を叫んだけもの』『危険なヴィジョン』『死の鳥(※日本オリジナル作品集)』)、独特の幻想的できらびやかなレトリックを駆使して哲学的思想を作品に込めたサミュエル・R・ディレイニー(『エンパイア・スター』『バベル-17』『ノヴァ』)、神話とSF、ファンタジーとSFの融合をなしとげたロジャー・ゼラズニイ(『光の王』、『真世界アンバー』シリーズ)等の作家があげられます。


 この時代はまたSFとファンタジーの融合がより本格的に進んだ時代でもあります。ムアコックは積極的にヒロイックファンタジーを書きましたし、神話をSFに持ち込むことに熱心だったゼラズニイは『影のジャック』『魔性の子』『地獄に落ちし者ディルヴィシュ』『真世界アンバー』など、多くのファンタジー作品も書いています。人間の内面・内的世界を象徴によって掘り下げるという働きはもともと神話やファンタジーの持つ働きであり、もともと近接したジャンルとして発達してきたファンタジーとSFは、ここでより近い形で融合をとげました。

 70年代になるとニューウェーブ運動は次第に下火になっていきましたが、それでもこの運動はそれまでSFにあったセックスの排除やドラッグの否定、女性排除などの古い体勢を排除し、硬直したSFに新しい題材の自由さを与えたと言えます。


 ちょうどディックの話が出たので、来週から公開の『ブレードランナー2046』の話も、いい機会なのでちょっとしておきましょう。

 上で書いたように、前作『ブレードランナー』は1982年、リドリー・スコット監督がディックの長編『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作にして制作したSF映画です。その独特かつ画期的な未来世界描写と、詩的な台詞や画面はのちのSF全般、小説やマンガ、映画などに深い影響を与え、『攻殻機動隊』や『マトリックス』など、特にサイバーバンク的未来世界を扱う作品は、もれなくこの『ブレードランナー』の影響下にあると言っても過言ではありません。

 2017年10月27日より日本公開のその続編『ブレードランナー2049』は、現実ではほぼ40年後のいま、作中世界では50年後のブレードランナー世界を描く正統な続編です。現在、ユーチューブ等でトレーラーとともに、この映画の前日譚にあたる三本のショートムービーが公開されており、その中から、『カウボーイビバップ』『サムライチャンブルー』などの渡辺信一郎監督による短編アニメーション『ブレードランナー ブラックアウト2022』を見てもらうことにします。

 前作『ブレードランナー』とあわせ、おそらくSF史における記念碑的な作品の一つといえますので、この機会に、両作を合わせて見ておくことをおすすめします。


 来週は27/31日と授業が近接しているので、はじめにサイバーパンクについて話してから、1988年の日本のアニメ映画『AKIRA』を、それぞれ27日と31日にわけて見てもらうことにします。こちらもまた日本と海外のSFクリエイター・映像クリエイターに非常に大きな影響を与えた作品であり、CGを使用しない手描きセルアニメーションの頂点ともいえる名作ですので、一度見ておく価値はあるのではないかと思います。

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