3限目 2.ファンタジー論 ギリシャ神話と原型

 えー、どうも五代です。エンタメ論ではミステリを取り上げましたが、こちら、ファンタジー論のほうでは、まず、すべての基本というか基礎というべき、神話や伝説についていろいろお話ししたいと思います。

 


 てか私ら世代だと、当時アニメの『聖闘士星矢』(車田正美原作)が大流行したおかげで、なんとなく「ギリシャ神話とあと北欧神話(アニメオリジナルで北欧編が展開されていたのです)はだいたい知っててフツー」みたいな勝手な認識を自分の中でしてまして、大学に入ってから「えっなんで知らないの……(動揺)」となった記憶があります。黄金聖闘士とか黄道十二宮が出てくるし、アテナとかハデスとかアレスとか神様も名前出てくるから、なんとなくみんな知ってるもんだと思ってたのよオタクだから。



 個人的な思い出になりますが、私が生まれて初めて読んだという強烈な記憶が残っている本というのが、ギリシャ神話というか、そのあたりの説話を集めたオウィディウス『転身譜』なのです(現在は『変身物語』として岩波文庫で手に入ります)


※オウィディウス 変身物語

https://www.iwanami.co.jp/book/b247125.htm


 あとこれも手軽かな↓


ギリシア・ローマ神話―付インド・北欧神話  トマス・ブルフィンチ

https://www.amazon.co.jp/dp/4003222512/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_iLGazbN1E2H0V


 これらの物語集には代表的なギリシャ・ローマ神話がほぼ納められていまして、あとこれと神様の系譜みたいなものを書いた『神統記』ってのも入ってたかな。兄の部屋に置きっぱなしになってた真っ黒な筑摩書房の世界文学全集の一冊で、確か北欧神話(『エッダとサガ』)もこれで読んだ気がする。

 


 基本的に、海外の翻訳物とか読んでると、ギリシャ・ローマ神話とイーリアスとオデュッセイア、あとシェイクスピアと聖書は前提としてみんな知ってるよね? 的な姿勢で話が進むので、なんかこのあたりについては自動的に雑多な知識がたまるようになります。

 基本的に欧米文化はだいたいギリシャ文化にずっぶり浸かっているので、ギリシャ神話を知らないとわからない言い回しや表現にぶつかることがよくあります。てかそもそも星占いに出てくる黄道十二宮だってほぼだいたいギリシャ神話の話が元になってますしね。

 たとえばわたしは獅子座ですが、獅子座のお話というのは、ギリシャ神話最大の英雄のひとりヘラクレスが、神々の女王ヘラの憎しみにより陥った狂気のうちに犯した罪を償うため、行った十二の偉業のひとつ「ネメアの獅子退治」がもとになっています。ヘラクレスはこの凶暴な獅子を三日間の格闘ののち絞め殺し、その皮をはいで身にまとうようになりました。後世、獅子を英雄の象徴として用いるのは、この伝統に発します。

 ヘラクレスの十二の冒険で黄道十二宮に取り上げられているのは、ほかにも蟹座(レルネーのヒュドラ退治の時、ヘラに遣わされてヘラクレスの邪魔をしようとし、踏み殺された蟹)があります。星座にはギリシャ神話からとられたものが多く、星座についての逸話をまとめた本を読むだけでも、かなりの数の神話に触れることができます。あらたまって神話集を手に取るのはしんどいけれど、とりあえず手をつけてみたい、という場合にはおすすめかもしれません。


星空の神々 全天88星座の神話・伝承 長島 晶裕

https://www.amazon.co.jp/dp/4775310380/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_pZGazbWAENQJY



 神話というのはだいたい人間の集合意識のようなものですから、人間の心に潜む神話的原型、アーキタイプというべきものにぶつかります。

 先ほど例に出した英雄ヘラクレスは『貴種流離譚』の一典型です。神々の王ゼウスと人間との間に生まれたヘラクレスは、父の妃である女神ヘラに疎まれ、さまざまな苦難を乗り越えたすえに悲劇的な死をとげますが、最後には父の手によって天にあげられ、神々の列に加わることになります。

 これとよく似た話が日本神話にもいくつもあります。国津神の祖であるオオクニヌシは八十人の兄たちに疎まれ、さまざまな苦難に遭いますが、母の助言を得て死の国である根の堅州国(ねのかたすのくに)のスセリヒメと結婚し、宝を得て、兄たちを倒し、天孫降臨まで葦原中つ国(あしはらのなかつくに)を支配します。天孫降臨後は死の国に下り、黄泉の国の支配者として、スサノオ神話に登場します。スサノオもまた貴種流離譚のパターンを持つ人物のひとりです。ほかにもヤマトタケルなどがいますね。

 最後に山の神の呪いを受けて力尽き、死んで白鳥と化して飛び去るというヤマトタケルの物語は、悲劇的ながらも最後は神によって天上に上げられるというヘラクレスとより共通しているかもしれません。



 もちろんギリシャ神話でもヘラクレスだけではなく、自分の父を殺し、母を犯すであろうと予言されたスフィンクス退治の英雄テーベのオイディプス、長い流浪の旅を強いられたオデュッセウスなど、同様のパターンは何度も反復されています。成長期の少年が母に恋し、父を憎むという「エディプス・コンプレックス」の元はこのオイディプスです。逆に少女が父に恋し、母を憎むというパターンは父王を殺した母に復讐するため弟を誘惑し父を殺させたミュケーナイの王女エレクトラにのっとり「エレクトラ・コンプレックス」と呼ばれます。


 夫が死んだ妻を追いかけて死の国へ下るというパターンのオルフェウスとエウリュディケーの物語も、イザナギとイザナミの神話と同じ構造を持っていますね。どちらも、夫が死んだ妻恋しさに死の国に下り、黄泉の王に懇願して妻を連れ帰ろうとしますが、途中でなんらかの禁忌に触れ(オルフェウスは「振り返ってはいけない」のに振り返ってしまった、イザナギは「覗いてはいけない」のに覗いてしまった)、妻を連れ帰ることはできず、ふたりは永遠に別れることになります。

 こうしたアーキタイプの数々は、西洋文化の根源になっているギリシャ神話、または聖書、シェイクスピア、あるいはファンタジー的伝統としてトールキンの中つ国の土台にもなったケルト神話、あるいはアーサー王伝説などにもよく見られます。

 このような神話的原型をさまざまな神話にわたって知りたい方は、以下の本がお薦めです。


千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 ジョーゼフ・キャンベル

https://www.amazon.co.jp/dp/4150504520/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_0FGazbN12DR9H

神話の力 ジョーゼフ キャンベル

https://www.amazon.co.jp/dp/4150503680/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_T2GazbMVM7H8K



 また、「スター・ウォーズ」がキャンベルの『千の顔を持つ英雄』を下敷きにして新たなアメリカの神話を生み出したことから、こういった神話的原型を使用してキャラクターやストーリーを作る手引書もたくさん出ています。代表的なのをいくつか。



英雄の旅 ヒーローズ・ジャーニー キャロル・S・ピアソン

https://www.amazon.co.jp/dp/4788907895/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_ijHazbGE1W2ME

新しい主人公の作り方 アーキタイプとシンボルで生み出す脚本術 キム・ハドソン

https://www.amazon.co.jp/dp/4845913038/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_3jHazbF21GG0W

物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術 クリストファー・ボグラー

https://www.amazon.co.jp/dp/4048913956/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_MkHazb1VW2PXF



 どの本もちょっとお高いのが難点ですが、ストーリー作りの指針としては十二分に役にたつ良書ですので、その気があれば目を通してみることをおすすめします。



 神話の話をしようとしてまたもやそれてきてしまったような気がしますが、なにしろギリシャ神話というのは膨大で(膨大でない神話というのも少ないんですけど)出てくる神々も英雄も多岐にわたります。

 さらに神話だけでなく、その中の一挿話であるスパルタとトロイアの戦争を取り上げた叙事詩『イーリアス』(三女神と争いの林檎(パリスの審判)、傾国の美女ヘレネー、トロイ(トロイア)の木馬、海蛇に絞め殺されるラオコーン、悲運の女予言者カッサンドラ等)、さらにその帰路、英雄たちのひとりであるオデュッセウスが経験することになる冒険の叙事詩『オデュッセイア』(一つ目巨人キュクロプスの島、人を豚に変える魔女キルケー、海の怪物スキュラとカリュブディス、蓮食い人ロトパゴスの島、セイレーンの呪いの歌、オデュッセウスの帰還と貞女ペネロペー等)もありまして、これらにも有名なエピソードやキャラクターが多数含まれ、いちいちあげているととても一年では足りません。

 さらにその後、アイスキュロスやエウリピデス、ソフォクレスなどに代表されるギリシャ悲劇でもって物語はさらに拡張され、そこにルネサンスなどによる芸術的拡張も加わり、ちょっと一口では言い切れない状態になっています。



 なので、「ギリシャ神話とは西欧文化の底流の一つである」と了解し、その原型が多くの物語の中に流用されていることをまず心にとどめておいてください。ギリシャ神話と聖書(特に旧約)については、かんたんにまとめた入門書でいいので目を通しておくと、特にファンタジーの構造については、非常に理解しやすいテキストとなっていますし、ここから、北欧神話、ケルト神話、日本神話、エジプト神話等、世界各地の神話を読み解いていく場合の、一つのスタンダードになると思われます。



 では来週は、北欧神話についてのお話でもちょっとしましょうかね。あっちはまだしもちょっとは話しやすい、というかまとめやすいし。

 ではではまた来週。

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