3限目 1.エンタメ論 ミステリ編1
はいこんにちはどうも五代です。皆川博子先生の読書本『辺境図書館』を読みつつ「あっこれ読んでるこれは読んでない読まなきゃ」と思う日々です。同じ本を読んだからといって皆川先生みたいな小説が書けるわけはないのですが夢見るのはタダなのです。とりあえず「夜のみだらな鳥」「肉桂色の店」「黄金仮面の王」「アサイラム・ピース」「吸血鬼」「黒い時計の旅」「鷹の井」は読んでた。残りは注文中。
まあそれはともかくとして、今回からはエンタメに関係するさまざまな作品の系譜をたぐりつつ、作品紹介にかかることにしましょう。ファンタジーとSFに関しては別に講座があるのでそちらは別項にして述べるとして、こちらエンタメ論では両者にあんまり含まれないというか中間的な『ミステリ』および『ホラー』、『歴史小説』『時代小説』等々を中心にお話ししましょうかね。
しかしまた前の授業で言ったようにジャンル分けというのは実は書き手にはあんまり意味はないので、あくまでこれは講義のためのおおまかな分け方です。しばしばジャンルまたいだ作品を取り上げたり話したりもしますので、その辺はお含み置きを。
さて。
最初の授業でお話ししましたが、まずもって人間というのはフィクションを、物語を必要とする動物です。かつて、物語の主要な伝播方法は口承(口伝え)でした。十五世紀にヨハネス・グーテンベルクによる活版印刷技術が生まれ、その後しだいに一般化していきました。
しかし、かなり近代になるまでは書物の高価さと識字率の低さ(寺子屋で一般庶民も読み書きそろばんを習っていた日本はむしろ例外でした)のため、エンターテイメントとしての『物語』は村の語り部である老人や、人々の噂話、子供に聞かせるおとぎ話として伝わっていきました。
宮廷や富裕な市民のもとでは吟遊詩人などが雇われ、叙事詩などを語ることもありましたが、一般的な人々にとってはまず、口伝えのうわさ話こそが最大のエンタメであり、近所に起こるスキャンダルや奇妙な出来事、残虐な事件などを、尾ひれをつけて語り継ぐのが楽しみでした。
宮廷において語られた騎士物語や芝居などは、ファンタジーの流れに属する部分もあるのでこちらはまたファンタジー論のほうでとりあげるとして、ここで取り上げたいのは、『エンタメとして取り上げられた殺人事件』のお話です。
19世紀、世界初の絵入り新聞としてロンドンで発刊が始まった「The Illustrated London News」をはじめ、続々と創刊された庶民向けの安価な新聞やパンフレットは、こうした残虐な殺人事件や上流階級のスキャンダル、汚職事件や社交界の噂などをイラストレーション入りで派手に取り上げ、字の読めない下層階級の人々も、絵で楽しめる発行物として人気を集めました。。今で言えば「日刊ゲンダイ」とか「週刊女性」とか、各種スポーツ紙とか、そういう感じですね。
このような媒体にとって、上流階級の醜聞や政治問題もさることながら、もっとも興味を集め、人々の恐怖をそそったのは、恐ろしい残虐殺人の記事でした。
この時期、ヴィクトリア朝のロンドンで人々を大いに恐れさせた連続殺人犯として名高いのはやはり、「切り裂きジャック(Jack the Ripper)」でしょう。貧民街であるホワイトチャベル界隈を中心に、何人もの娼婦をバラバラに解体して殺害し、当時まだ発足したばかりだったスコットランド・ヤードに切り取った腎臓の一部と挑発的な手紙を送りつけたとして、さまざまな小説や映画、ゲーム、マンガ等に取り上げられる、いまだ正体不明の殺人鬼です。
このヴィクトリア朝の怪人についてはたくさんの研究書が出ていますが、とりあえず日本人の著者で一冊、ということであれば、『決定版 切り裂きジャック 』(仁賀克雄・ちくま文庫)www.chikumashobo.co.jp/product/9784480430946/が、その時代の背景もまとめて頭に入れることができて良いかと思います。文庫だしとりあえずお手軽。
小説や漫画、映画のみならず、ゲームやライトノベルにも多々登場する歴史上もっとも著名な殺人鬼ジャック・ザ・リパーですが、今なら『Fate』のサーヴァントとして登場するので知ったという人も多いかもしれませんね。
切り裂きジャックのみならず、甲高い笑い声を上げて飛び跳ね、女性を襲った怪人『バネ足ジャック』(Jumping Jack、またはSpringheeled Jack)、客の喉を切って殺し、その肉をパイにして売りさばいていた殺人床屋スウィーニー・トッドなど、人々はぞっとする残虐事件に震え上がりながらも、そういった記事を読みふけっていました。
※バネ足ジャックを扱った作品として
『バネ足ジャックと時空の罠』マーク・ホダー
https://www.amazon.co.jp/dp/4488014542/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_sDFazb3EZZPGA
『黒博物館 スプリンガルド』藤田和日郎
https://www.amazon.co.jp/dp/4063726304/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_CEFazbWQYF87A
などがあります。また、スウィーニー・トッドに関してはミュージカルや映画が制作されており、最近ではティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演によるミュージカル映画があります(2008)。アマゾンプライムにて会員見放題配信中↓
https://www.amazon.co.jp/dp/B00GKE4KX8/ref=cm_sw_r_tw_dp_PGFazbHBHAM4P
海を越えたアメリカで、最初の探偵小説が誕生したのはそんなころです。
エドガー・アラン・ポオ(Edgar Allan Poe)による、『モルグ街の殺人』(1841)は、世界初の推理小説であり、探偵小説とされています。
パリのモルグ街のある一室で、ふたり暮らしの母と娘が人間わざとは思えない怪力で惨殺された。部屋には鍵がかかっており、窓も釘付けにされていて、室内は密室状態。事件のあった時間帯には近所の人々が、外国語と思われる叫び声を聞いている。人間には出入りできない犯行現場に、犯人はどうやって侵入し、被害者を殺して逃げ去ったのか。
※こちらの青空文庫で全文が無料公開されていますので読みたい方はどうぞ
http://www.aozora.gr.jp/cards/000094/files/605_20934.html
『モルグ街の殺人』が世界最初の探偵小説、かつ推理小説と見なされる理由は、探偵役として登場するオーギュスト・デュパンという風変わりな人物と、彼がくり広げる、謎に対する論理的な推理の過程にあります。
それまで、異常な事件を論理的に推理し、解明するというパターンの物語は存在しませんでした。(厳密に言えばありはしましたが、デュパンほどキャラの立った、というか推理として純粋なものはなかったようです)幽霊や魔術といった異常現象の可能性をしりぞけ、あくまで調査と事実だけをもとに真実を言いあてるというデュパンのスタイルは、その後に続くあらゆる探偵小説、および推理小説の原型であるといえるでしょう。
デュパンの登場する推理短編にはほかに『盗まれた手紙』『マリー・ロジェの秘密』の二つがありますが、どちらかというと幻想的・怪奇的な方向に傾きがちだったポオはそれ以上デュパンものを書くことはなく、彼のスタイルは、世界一有名なロンドンの名探偵に引き継がれます。
そう、シャーロック・ホームズです。
コナン・ドイルによって生み出され、現代にまでさまざまな形で再登場し、多くの作家によるパスティーシュ(模倣作)やパロディ作品が作られ続けてきた霧の都の名探偵は、まさしくこのポオによるデュパンもののスタイルをそのまま引き継いでいます。
語り手の「私」(=ワトスン博士)は、ある日きわめて明敏な頭脳を持つが、極端な変わり者でもある諮問探偵シャーロック・ホームズと知り合い、彼の手がけたさまざまな事件を書き記すことになります。
このパターンは『モルグ街の殺人』の始まり方とまったく同一であり、『語り手の「私」が風変わりな人物と出会って同居をはじめ、異常な事件を頭脳によって推理し解決する彼の行状を書き留める』という方法とまったく同じです。
ホームズものの第一作『緋色の研究』が発表されたのは1887年。ポオの『モルグ街の殺人』から46年後です。
早すぎた天才ポオは生前ほとんど評価されることもなく、貧窮のうちにのたれ死にしてしまいましたが、ほぼ半世紀後、同じスタイルを踏襲したドイルの名探偵ホームズは、空前の大ブームを生みました。
あまりにも人気が出すぎたため、ホームズものばかり求められていやになったドイルは(彼はあくまでホームズものを「金稼ぎのための娯楽作品」と見なしていて、自分の本来の作品は真面目な歴史物にあると考えていました)、『最後の事件』でホームズを〈犯罪のナポレオン〉ことモリアーティ教授と格闘の果て、ライヘンバッハの滝に墜死したことにしてシリーズをいったん終了させてしまいます。
ところがこれがファンから大反発をかいました。山のような抗議の手紙はもちろん、ドイルの家の前で喪章をつけた行列が抗議の行進をしたり、ホームズのお葬式をやったり、たいへんな騒ぎになったようです。
ホームズものを連載して大売れに売れていた『ストランド・マガジン』の懇願と高額な原稿料に負けて、結局ドイルはホームズものを再開せざるを得ませんでした。第三長編『バスカヴィル家の犬』を出したドイルは、つづけて短編『空き家の冒険』でホームズを生還させ、「東洋の武術〈バリツ〉によって身をかわしたため、滝に落ちたのはモリアーティ教授だけだった」ことにして、本格的にシリーズを再開します。
ドイルによるホームズ・シリーズは、四本の長編、『緋色の研究』『四つの署名』『バスカヴィル家の犬』『恐怖の谷』および、約60本の短編をまとめた『シャーロック・ホームズの冒険』『シャーロック・ホームズの回想』『シャーロック・ホームズの帰還』『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』『シャーロック・ホームズの事件簿』の五冊の短編集となっています。
※以下のサイトで全作品の和訳が無料で読めます
コンプリート・シャーロック・ホームズ
http://www.221b.jp/
その後、ホームズ人気はまったく衰えることはありません。ドラマ、映画、アニメ、コミック、ゲーム、ほかの作家による続編やリメイクはもちろん、ホームズというキャラクターはほぼ実在の人物としてファンに扱われ、実際の人物であるかのように書かれた伝記や、研究書などもあり、シャーロッキアンと呼ばれる研究者が世界的な連合を作って、さまざまな考察と議論を加えています。今もロンドンにあるベイカー街221Bのホームズとワトソンの家(博物館になっています)には、全世界のファンからのホームズへのファンレターが届いています。
ホームズをとりあげた作品は枚挙にいとまがありませんが、おそらく今だと、皆さんがいちばん目にするのはBBCによる原作を現代に翻案した連続ドラマ、ベネディクト・カンバーバッチ主演の『SHERLOCK』か、あるいはロバート・ダウニー・Jr主演のハリウッド映画『シャーロック・ホームズ』かと思います。
私たちくらいのちょっと年寄りになると、グラナダ・テレビ制作のジェレミー・ブレット主演連続ドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』(1984~1994)をNHKで見ておりました。また、宮崎駿が映画『風の谷のナウシカ』を制作していたころ、同時にかかわっていたアニメ『名探偵ホームズ』(1984)なんてのもありました。
キャラクターを犬にし、子供向けにアクションとユーモアを強めたこの作品は、『風の谷のナウシカ』の劇場公開時、同時上映として『青い紅玉』『海底の財宝』の二話が公開されたあと、テレビシリーズとして全26話が放送されました。すべてに宮崎駿がかかわっていたわけではありませんが、あまり紹介されることのない宮崎アニメの快作として、機会があればぜひお薦めしたい名作です。
現代の日本作家によるホームズ・パスティーシュ/パロディ作品には、『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』(島田荘司)、『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』(芦辺拓)、『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』(高殿円)等があります。ホームズそのままというわけではありませんが、『GOSICK』(桜庭一樹)もこの系譜かしら。
実を言うと私も、ホームズを十六歳の美少女に(ワトソンは十九歳の少女、ハドソンさんは初老の男性)した性別逆転パスティーシュを書いてハヤカワ・ミステリ・マガジンに載せてもらったことがあります。あれ楽しかったので余裕があればちゃんと長編化したいんだけどな。
あとわれわれの子供時代だと、図書館にはだいたい子供向けのホームズ全集とルパン全集と江戸川乱歩少年探偵全集がずらっと並んでて、端から順に読んでいったものですが、今ではどうなんでしょうね。
ルパンの話はまたいつかしたいと思いますが、たぶん皆さんも「ルパン」っていうとモンキー・パンチの原作、というかむしろアニメの『ルパン三世』の印象が強くて、そもそものモーリス・ルブランによる原作ってわりと読んでないと思うんですよね。
むかし、ホームズファンだった私が最初に手にとったルパン・シリーズがよりにもよって『ルパン対シャーロック・ホームズ』で、ホームズが間抜けな悪役化してて、「てめえホームズdisりやがったなこの野郎」と怒った私はその後長いことルパンシリーズに手を出しませんでした。孫のルパンは大好きだったですが。
ちゃんと読めばルパン・シリーズもちゃんと冒険ロマンとしておもしろいですし、とてもよくできた原作コミカライズ『怪盗ルパン伝 アバンチュリエ』(森田崇)もありますので、いつかまたこのあたりはまとめてお話ししましょう。
んでは来週はこの続きで、デュパン、そしてホームズから始まった『探偵小説』『推理小説』がどのように広がっていったか、またそのあたりをお話ししたいと思います。ではでは。
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