2限目

   『モノノ怪の形と真と理、お聞かせ願いたく候』

                    化猫/薬売り



 はいどうもこんにちは。二回目ですこんにちは五代ですこんにちはこんにちは。

 前回の授業はすごく簡単にまとめると『このクソな現実を泳ぎ切るために私たちには物語が必要だ』『この世には二種類のものしかない。おもしろいものとおもしろくないものだ』でした。たったそんだけの話を十数枚(授業だとまる一コマ)に引き延ばしたのかと言われるとアレですが。


 でまあ、今回は先週予告したように、まずアニメ『妖 ~ayakashi~』より、『化猫』というエピソードを見てもらいます。全三話です。

 先にこのアニメについてちょっと説明しておきます。とりあえず簡潔な説明としてウィキペから転載しますと、


>『怪 ayakashi』(あやかし)は、日本のホラーアニメ作品。フジテレビ系列「ノイタミナ」枠の第3作目で、2006年1月12日から同年3月23日まで放送された。全11話。2007年には「化猫」の登場人物を主人公にした『モノノ怪』が制作された。

(出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%AA_%E3%80%9Cayakashi%E3%80%9C)


※調べたら公式サイトもまだ残ってた

http://www.toei-anim.co.jp/tv/ayakashi/


 2006年というのでちょっとくらっと来ますが、そうかあ。もう十年たっちゃったのかあ。いやあ当時『モノノ怪』をリアタイ視聴して、そのあとニコ動のをワイワイコメつけながらみんなで見ていた記憶が楽しくよみがえります。早いのお。生徒のみなさんはまだ小学生くらい? うわー。

 

 まあそんなことはどうでもよろしい。

 上記のとおり、このアニメは日本の怪談作品(「四谷怪談」「天守物語」「化猫」)をアニメ化しようという企画のもとに作られた、オリジナルホラーアニメです。まあ原作はあるっちゃありますが、かなり自由な改変やアレンジが入っていて、必ずしも原作通りとは呼べない部分が多々あります。

 中でも、ほかの二話と違い(四谷怪談/鶴屋南北『東海道四谷怪談』、天守物語/泉鏡花『天守物語』)確固たる原作と呼べるベースがない『化猫』は、特にオリジナル色の強いエピソードでした。


『化猫』というくらいですから、化け猫が出てきます。その化け猫の起こす怪異によって人が死んでゆき、ホラーのホラーたる部分が展開されるわけですが、この『怪 ayakashi』というアニメのシリーズ中、この『化猫』三話だけが突出した人気を呼び、独立した続編『モノノ怪』が制作されたという事実には、やはり着目すべきものがあります。

 なにがそんなに視聴者の心をつかんだのでしょうか?

 それには「ホラー」と銘打たれたこの作品に盛り込まれた、さまざまな要素を分解してみる必要があります。もちろんホラーのホラーたる「怖さ」の部分もありますが、それ以外にも、この作品は単なるホラーにとどまらないさまざまなジャンルを超えた要素を持っており、それが、さまざまな多くの視聴者を惹きつけるもとになったと私は思います。


 とりあえず、では作品を見ていただきましょうか。

 教室では手持ちのDVDを流す予定ですが、もし自分で視聴する場合はお近くのレンタルショップでソフトを借りるか、配信サイトで単話をご購入ください。現在、バンダイチャンネルとアマゾンプライムビデオで配信があるようです。

 続編にあたる『モノノ怪』はhuluやnetflixにも見放題であるんですけど、実質『モノノ怪』の第一話にあたる妖ayakashi版の『化猫』って、実はソフト持ってないとわりと見る機会がないんですよね。のちに出た『モノノ怪』DVDBoxやBDBoxには妖版『化猫』からしっかり入ってるんですが(←単巻DVD全部とBoxとBDBoxすべてそろえてる奴)

 ではいきます。




 ……はい、終わりましたか。いかがでしたか。

 ちょっといわゆる「アニメっぽいアニメ」とは違う、不思議な感触の作品でしたね。

「ホラー」と言えば確かにそうですが、そうとだけは呼べない何かがあるのではないでしょうか。

 

 前回の最後で、『各論に入る前に「ジャンル分けとかいうのは実はあんまり意味ないんだよね」って話をしようと思います」』って言いました。

 各論に入るとか言っといてその前に突然「ジャンル分けとか意味ない」ってちゃぶ台返しとか何言ってんだって感じですが、そうなんだから仕方ありません。

 実を言えば、たいていの作品にはなんらかの形で、さまざまなジャンルや物語の要素が混ぜ合わさっています。ジャンルミックス小説などと言われて、いろんなジャンルの特性をいっしょにした作品のアオリが出ることもありますが、そんなこと言われる前にたいていの作品には必ずいくつかのジャンルがミックスされています。

 ミステリとか、特にわかりやすいですね。たいていの物語は「謎解き」という意味において、ミステリです。青春ミステリとか恋愛ミステリとかホラーミステリとか。ミステリ、という謎解きの物語の枠組みを持ちながら、そこに青春物語であったり、恋愛物語であったり、恐怖物語であったりという、別のジャンルの要素が入っているわけです。

 これはほかのジャンルであっても同じで、ミステリでは謎解き要素が前面に出ているものが、青春小説では青春物の側面が、恋愛小説では恋愛物の側面が、ホラーであればホラー的側面が、それぞれ前面に出ているだけで、実質それらは物語の中でお互いに絡みあい、影響し合いながら作品を構成しています。

 それらを、とりあえず目につく特徴から仕分けして「これはミステリ」「これは恋愛小説」「これはホラー」と決めるのは、読み手のほうの便宜であって、作り手のほうはそれに縛られる必要はありません。むしろ、「ジャンルのお約束ごと」に縛られて、それさえ守っていればいいというテンプレ思考に陥り、発想の幅をせばめてしまう危険すらあります。


『妖 ayakashi』で、かっちりした原作が存在する「四谷怪談」と「天守物語」がさほど人気を得ず、逆に作り手の自由な発想から作られた『化猫』が人気を博したのも、原作やホラーといった枠に縛られず、さまざまな要素を貪欲に取り込んでいるおかげかもしれません。

 ちょっとそのあたりを見てみましょうね。


① ホラー

 これはもう基本ですね。『化猫』です。

 化け猫の起こす怪異の物語は日本でも古くから数多くあります。有名なものでは佐賀の化け猫話である鍋島騒動がありますが、多くは、恨みをのんで死んだ人物が飼っていた猫が化けて怪異をなし、祟りをまき散らしたのち退治される、という筋書きを持ちます。鍋島騒動をもとにした化け猫・怪猫映画が昭和三十年前後の日本で大受けし、これらの映画で化け猫役を演じた女優入江たか子は、「化け猫女優」と呼ばれるほどでした。


 アニメ『化猫』でも、大筋においてはこのフォーマットが守られています。非道な仕打ちを受けて殺された娘・珠生(たまき)が飼っていた猫が恨みをなして化猫となり、恨みの対象である坂井家の人々に祟るというのが本筋です。

 ホラーとしての演出、冒頭で転がる娘の死体、迫り来る姿のないモノノ怪(化猫)の気配、血を思わせる真っ赤な庭を歩く花嫁と無数の猫、引き裂かれ、すり潰されて惨殺される人々など、ショッキングなシーンはたっぷりです。

 また、「猫」そのものにまつわる話として、「猫が死体に取り憑いて踊らせる」「猫が葬式を襲って死体を奪っていく」など、猫と死者に対する民間伝承はこれまたたくさんありますが、アニメの中でも、死んだ娘・真央(まお)の死体が化猫によって操られ、珠生の顔となって恨み言を言う・爪を伸ばして足をつかむなど、民間における猫と死のタブーも織り込まれています。寝かされた真央の死体の上には小刀が置かれていますが、これは、死体に猫をはじめ、悪い「モノ」が入りこまないようにする、呪術のひとつです。


② ミステリ

 先ほど私は「たいていの物語は「謎解き」という意味において、ミステリです」と言いましたが、この作品もそうです。というか、『化猫』は、狂言回しである『薬売りの男』(※こうクレジットされるのは『モノノ怪』からで、現時点ではたんに「男」とだけしか書かれていません)を探偵役とした、探偵ミステリでもあるからです。

 薬売りの持つ「退魔の剣」は、ある条件を満たさなければ抜くことができません。「モノノ怪の形(かたち)と真(まこと)と理(ことわり)」が解き明かされることがなければ、すべての解決である「モノノ怪の退治=事件解決」にはならないのです。


 ミステリにはハウダニット、フーダニット、ホワイダニット、という区分けがあります。「どうやったのか」「誰がやったのか」「何故やったのか」という問いです。


『形』はモノノ怪という怪異そのもの、つまり、「どうやったのか」です。「ハウダニット」です。モノノ怪ですからミステリのような現実的な手段ではありませんが、それに名前をつけ、たとえば「化猫」と名指すことによって、その傾向や対策を読み取ります。

『真』はモノノ怪の正体、つまり、犯人です。「フーダニット」です。モノノ怪を呼び起こしている本当の原因を突き止め、その対象を示すことで、モノノ怪の正体を暴きます。

『理』はモノノ怪が祟るに至った理由です。「ホワイダニット」です。犯人であるモノノ怪となった本人は、どういう理由からそのような行為に至ったのか。犯行理由ですね。


 事件(怪異)が起こり、そこへ探偵(薬売りの男)が登場し、『形』(どう起こっているのか=ハウダニット)を見極め、関係者の証言を聞くことで『真』(真犯人=フーダニット)を見極め、さらに真犯人(モノノ怪)の『理』(犯行理由=ホワイダニット)を知ることによって、事件(モノノ怪という怪異)は解決する。

 このように見ていくと、『化猫』以下、薬売りを中心とする『モノノ怪』の各話は、驚くほどきちんとしたミステリのラインに沿ったものであることがわかります。


③ ファンタジー

『化猫』はとても映像的にも美しいアニメですが、退魔の剣を持ち、金色の姿に変転(この姿が薬売りの変身した姿なのか、それとも別の存在が入れ替わっているのかという問題は作中では明らかにされていません)して怪異を斬り祓う、というキャラクターが、とてもファンタジー的であることは確かでしょう。

 怪異を祓う場面も呪的な戦いというよりは華麗な一連のイメージとして処理され、鮮やかな色彩やアクションとあいまって、幻想的な剣戟という絵になっています。

 薬売り本人が人間であるかどうかも、明らかではありません。尖った耳と中性的な美貌によってある程度特別な存在であることは示唆されていますが、彼がどのような理由で退魔の剣を得るに至ったか、なぜそれを使うことができるのかも明らかにされません。しかし、そのような謎の『薬売り』というファンタスティックな存在と、暗さを感じさせない色鮮やかな色彩設計、全体に施された和紙風のテクスチャに、日本画や浮世絵、水墨画、またはクリムトなどの幻想画を多用した華麗な画面は、一個のファンタジーとして見ても十分な作品として『化猫』(および続編『モノノ怪』)を成立させています。


④ 時代劇

 これもまあ基本線ですね。大元である「佐賀の化猫騒動」をなぞるように、この作品も江戸時代を思わせる世界を舞台にしています。

 しかしどこの何時代、と明確には設定されていないので、もしかしたら「封建時代の日本に似た異世界」と考えてもいいかもしれません。大きくファンタジーの範疇に入れてもいいのかもしれませんね。続く『モノノ怪』では、黒人で鼻ピアスをしたキャラクターがいたり、洋風の間取りをもった館や船が登場する話もあります(モノノ怪版『化猫』では、妖版とはまた違った大正ロマン風東京風の都市が舞台となります)


⑤ キャラクター物

 最後に、やはり「薬売り」というキャラクターの大きな魅力なしには、この物語は成立していなかったでしょう。シャーロック・ホームズ物がホームズ抜きでは成立しないように、美しく妖艶で神秘的なキャラクターであり、いったん剣を抜けば神話の英雄のような姿になって戦う「薬売り」は、おそらく視聴者の心をもっとも強くつかむ、強力なキャラクターであり、物語の牽引者となっています。


 また、薬売りの独特な衣装は「外郎売」(ういろううり)という、歌舞伎十八番の一つから来ています。アナウンサーや声優志望の人の滑舌練習としての長口上が有名ですが、注目すべきは、この「外郎売」は、実は薬を売る旅商人=「薬売り」なのです。

(参考→http://voice-actor.link/practice/uirou4/

    http://www.benricho.org/kotoba_lesson/Uirouri/)


 そして旅の薬売りと遊行の修験者=拝み屋、魔祓い人は、民俗または宗教の上から見ると、重なる部分が実は大きいのです。

 さまざまな土地を歩き回り、山駆けをして修行を積む修験道の行者は、里を通りかかれば村人に頼まれて祈祷をしたり、祓いごとをしたりすることも多くありました。旅に生きる彼らはまた、自らの備えとして、また旅費のためなどに、独自の薬を持ち、それを売り歩いて喜捨を得ることもしていました。

 修験道の本拠地である奈良県吉野村には、陀羅尼助丸(だらにすけがん)という漢方の胃薬が昔からあって、私の小さいころにも、よくこれを持った行者が家に回ってきていました。この薬はとても苦いので、修行の中で寝ずに陀羅尼(呪文・経文)を唱える時、口に入れて眠気を払うために作り出されたと言われています。この手の薬は各地にあります。流浪の祓い人=薬売り、というのは、実はそんなに突飛な設定ではないのです。

 

 

 ざっと見るだけでもこれだけ、五つのジャンルが渾然一体となって、『化猫』という作品を構成していることがわかります。

 ただひとつのジャンルに固執することは、いたずらに自分の発想に枷をはめることです。多くの読みを受け取り手に許し、さまざまな楽しみを提示するためには、ジャンルの決まりごとを捨て、さまざまな物語からこれと思った要素を取捨選択し、自分自身のオリジナリティを構築することが、とても重要なのです。



 ふう。まだちょっと話すことはあるけど、長くなったからこれくらい。

 次からはいよいよ作品紹介をあれやこれやと。とりあえず手近なところ、「ミステリ」の源流から初めていきましょうか。

 いわゆる「探偵もの」の出発点、ポオの『モルグ街の殺人』あたりから、ゆるゆると名探偵の系譜をたどるお話をはじめていきましょう。ほんだば今週はこれにて。

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