6限目 1.エンタメ論 クイーンとカーから乱歩へ
はいこんにちは五代です。つか、あっついなオイ! 今日は雨降って涼しかったからちょっと助かったけど、寒暖差と気圧差の激しさのせいで私の脆弱な自律神経はボトボドでございますよ。はよ秋になって涼しくならんもんか。
前の時間は主にエラリイ・クイーンの話で終わってしまったので、もうちょっとディクスン・カーの話をしますかね。
とりあえず、ディクスン・カー(カーター・ディクスン)の簡単な紹介については前回の話の後半あたりレジュメを見ておいてください。
前の時間、「都会的で軽快な論理知的遊戯としてのミステリ」をスタイルとするエラリイ・クイーンに対して、「ゴシックな怪奇趣味の道具立てと喜劇寸前のドタバタに、トリックへのこだわりをブレンドした作家」としてのカーに触れました。
初期の探偵役、パリのアンリ・バンコラン予審判事が探偵役を務める『夜歩く』に始まるタイトルをちょっと並べても、 『夜歩く』『絞首台の謎』『髑髏城』『蝋人形館の殺人』と、なかなかの怪奇趣味にあふれているのは一目瞭然でしょう。(※『夜歩く』は後年、横溝正史が金田一耕助を探偵役にして同題の長編を書いています)
初長編『夜歩く』は、はじめ『グラン・ギニョール』というタイトルの中編でした。グラン・ギニョールというのは、フランスで民衆の血みどろ趣味の興味を大いにそそっていた大衆芝居小屋〈グラン・ギニョール〉で上演された、血と犯罪とグロテスク趣味満載の毒々しい芝居一般をさすものです。これを実質的な一作目からテーマに選んだことからもカーの、怪奇と血と、一方大衆的なゲテモノ趣味を愛するカーらしいですね。
(※グラン・ギニョール自体を扱った本には、劇場の社会的な背景と変遷をまとめた『グラン=ギニョル―恐怖の劇場』(未来社)、演劇の内容をまとめた『グラン=ギニョル傑作選―ベル・エポックの恐怖演劇』(水声社)、座付きライターとして活躍したアンドレ・ド・ロルドの短編を集成した『ロルドの恐怖劇場』 (ちくま文庫)があります)
カーは、これまたポオの影響から逃れられていないフランス人探偵バンコランを初期のうちに捨て、ギデオン・フェル博士と、H・Mことヘンリ・メリヴェール卿という、もっと親しみやすくて茶目っ気のある探偵役を配しました。
これはポオ的怪奇趣味の類型に落ち込むことなく、怪奇的なシチュエーションを描きつつも陰鬱になりすぎず、時代的、作家的にポオとの作品的差別化を打ち出すための手法ともとれます。それくらいこの二人はちょっとマンガチックなくらいに明るくて戯画化されたキャラクターとして描き出され、陰惨な殺人事件のさなかでも、猥雑な歌をがなったり酒を食らったり罵詈雑言を吐いたりします。
これははじめ、読者の純粋推理のための道具として、超人的な探偵として出発し、のちになって推理クイズ的ミステリと一般小説的人間ドラマの間で引き裂かれることになったエラリイへの一つの答えかもしれません。
カーは『三つの棺』でフェル博士に「自分たちは探偵小説の登場人物である」と明言させ、有名な『密室講義』を行いましたが、これははじめからキャラクターを「小説の中のもの」と早々に定義することによって、のちに取りざたされることになる後期クイーン的問題を排除し、好みの怪奇趣味と緻密な謎解きミステリの楽しみ、そして愉快なキャラクター小説としての、三つの面を融合させることができたのかもしれません。
先の時間にあげた『三つの棺』のほかにも、ギデオン・フェル博士ものなら『帽子蒐集狂事件』『死がふたりを分かつまで』『アラビアンナイトの殺人』『悪魔のひじの家』『仮面劇場の殺人』などが私の好きな作品。
H・M卿なら『黒死荘の殺人(プレーグ・コートの殺人)』『白い僧院の殺人』『赤後家の殺人』『一角獣の殺人』の四冊、あとむかし推理クイズなどでよくトリックだけが取り上げられていた『ユダの窓』(トリックより実は法廷ものであることの方が珍しいのだけど)かな。個人的にはドタバタ極まる『パンチとジュディ』もかなり好きなんだけど。
ノン・シリーズ(決まった探偵役がいない)でのおすすめは、魔女裁判と前世の記憶を扱った『火刑法廷』、ゴシックロマンスの王道とミステリを合体させた『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』、歴史ミステリ『ビロードの悪魔』、実際にあった謎の殺人事件を推理する『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』などをあげておきます。
カーの作品は日本語では悪訳誤訳が多くて、わかりやすいクイーンに対してそれも日本での紹介の足をひっぱっていたんですが、最近は創元推理から未訳だったもの含めて新訳版が出ているので、そちらでけっこう読めます。
さて、日本においてカーを愛し、血みどろの怪奇趣味に彩られた幻想怪奇小説と、純粋探偵小説を何作も生み出し、戦前・戦後において海外ミステリの紹介や翻訳、新人育成にも活躍して、日本のミステリ界に大きな足跡を残した人物がいます。
江戸川乱歩(1894-1965)です。
そのペンネームからしてエドガー・アラン・ポオをもじったものである乱歩は、その後日本一有名な探偵となる明智小五郎を探偵とする『二銭銅貨』に始まり、クイーンやカーはじめ、海外の推理小説に影響を受けた純粋推理小説を次々と世に送り出しました。
また『幻影城』『探偵小説四十年』『怪談入門』などの評論・エッセイなども多く、自らの作品執筆のみならず、海外の推理小説・怪奇小説を精力的に日本に紹介し、その後、日本の推理・幻想小説作家にとって、非常に大きな存在となっています。今でも彼の作品の映画化、ドラマ化、アニメやコミカライズなどは多く、「大乱歩」と称される彼の存在感はいささかも減じていません。
多岐にわたる乱歩の活動をいちいち探っているとまた時間がなくなるので、ここではあくまで私の体験と好みから、作品案内をしておきましょうか。
『D坂の殺人事件』『心理試験』『屋根裏の散歩者』など、純粋推理を表に打ち出した作品も多々ありますが、やはり今でも乱歩といえばだいたい思い浮かべられるのは、児童向けに書かれた「名探偵明智小五郎と少年探偵団(怪人二十面相)」または「エログロと幻想趣味に彩られた怪奇・耽美的作品」のどちらかでしょうかね。
私の年代だと、ミステリ的なものに触れる最初の機会が、小学校の図書館にずらりと並んでいたホームズ全集かルパン全集、そしてポプラ社の『江戸川乱歩少年探偵全集』であった、という人はかなり多いのではないかと思います。
明朗快活な天下の名探偵、明智小五郎先生と、彼を助ける助手の小林少年。神出鬼没の敵である悪党、怪人二十面相。どこか胸苦しい夢のようなレトロで大時代で、それでいて愉快痛快な冒険が待っているあの世界に、ドップリはまった一人です。
成長してからはさらに幻想味の強い、『パノラマ島奇譚』『人でなしの恋』『鏡地獄』『押絵と旅する男』『孤島の鬼』『白昼夢』などに耽溺したものです。
どちらかというと、幻想・ホラー好きの私は乱歩のくり広げる幻想の魔界にひたすらうっとりしておりました。現在、平凡社ライブラリーから出ている『乱歩怪異小品集 怪談入門』(江戸川乱歩/東雅夫・編)には、『火星の運河』『白昼夢』『押絵と旅する男』の三編が正字旧かな遣いで採録されていて、ますますネットリと濃く立ちのぼる乱歩魔界の妖気に、身体の芯まで浸れます。
この本には乱歩による、怪談・怪奇に関するエッセイが集められていて、怪奇幻想作家・乱歩としての彼の考え方やものの見方がうかがい知れて実に興味深いので、よければご一読を。
有名な箴言「うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと」をはじめ、「人間に恋はできなくとも、人形には恋ができる。人間はうつし世の影、人形こそ永遠の生命」「春は満天の虫どもによって醸し出されるのだ」など、お好きな人にはずっしり来る乱歩の言葉がすごい。
乱歩に先行する探偵推理小説の書き手、また『半七捕物帳』での捕物帖ものの創始者として、岡本綺堂(1872- 1939)の存在もあげておきたいところ。
『半七捕物帳』は、シャーロック・ホームズのような名探偵ものを日本でもやりたい、ということで書き始められました。綺堂の作品はいまけっこうKindleなどの電子書籍でまとめて一読できるのですが、半七おじさんの語るミステリ味たっぷりの捕り物ばなしと、いまはもう喪われた江戸の町の四季、情緒あふれる語り口がすばらしい。
ちょっとクセの強い、ある意味独特な乱歩の文体と違って、理性的で巧緻な綺堂の文章はいまでも第一級の名文だと思われますので、エンタメ小説を志す方は文章のお手本として、Kindleで200円くらいで売ってる岡本綺堂全集を、通読はもちろん、練習として書き写したりしてもいいかも(私はした)
綺堂もまた乱歩と同じく、怪奇ものにも多く作品があり、中国の志怪小説や西欧の怪談を訳した『中国怪奇小説集』『世界怪談名作集』、また百物語のスタイルをかりた『青蛙堂奇談』『近代異妖篇』などの、怪奇趣味な短編集を著しています。
だいたいこれらもKindleの綺堂全集にまとめて入っていますが、中公文庫から出ている「岡本綺堂読物集(一~五)」は、文庫ながら旧かな遣いが嬉しく、しっとりとした江戸情緒あふれる語りを本で読むことができるのが魅力。
海外のミステリの勃興からクイーン、カー、日本の綺堂、乱歩へと流れてきて、ミステリと怪奇の二つのジャンルが、論理と幻想という相反する性質にもかかわらず、意外としっかりくっついて成長してきたことが見て取れると思います。
次の時間はその後、さまざまに広がっていったミステリの各ジャンル、ハードボイルド、ユーモア・ミステリ、警察小説、冒険サスペンス等をざっと一望してから、ホラーの系譜へと移行していきたいと思います。
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