後期4限目 2.キャラクター制作論Ⅱ 精神の欠落とカケラの発見 

 はい、それではキャラクター制作論です。

 先週はランダム生成の表を使って、みなさんにキャラクターの作成をしてもらいました。その時に、どんなキャラクターであっても「なぜそうなのか」「どうしてそうなったのか」を追求していくことで、キャラクターをたてることにもっとも重要な「キャラクターについてのストーリー」をさぐれる、という話をしたと思います。

 そしてその「ストーリー」は、ほかのキャラクターとの間で生まれる人間関係や言動で表される、という話もしたと思います。


 しかし、一足飛びにそれで話は済んだとするとさすがに不親切ですし、なにより、授業がそこで終わってしまってそれでは困るので、もう少しここのところをくわしく見ていきましょう。


 シェル・シルヴァスタインという人が書いた『ぼくを探しに』という絵本をご存じでしょうか。

 これは、○の一部が扇形に欠けた、キャラというかなんというか、記号のような「主人公」が、その欠けた部分を探しに旅に出る、という絵本です。


>何かが足りない

>それでぼくは楽しくない

>足りないかけらを探しに行く


 なにせ主人公は○(欠けてる)なので、特に葛藤があったりすごい事件が起こったりするわけではありません。

 しかし、初版が1979年のこの絵本が、現代に至るまでも幅広く読まれ、愛されているのには、ある普遍的な理由があるからです。


 人間はだれしも、どこかに欠落感を抱えて生きています。

 どんなに満ち足りているように見えても、あるいは思えても、どこかでふっと物足りなさや、不安や、寂しさや孤独、あるいは怒り、不満、などをかかえてしまうのが人間です。

 そしてその欠けた部分を埋めようとして、たとえば友人を作ったり、恋をしたり、自分磨きをしたり、旅に出たり、するものなのだと思います。


 それでは、あなたの作ったキャラクターは、どんな欠落をかかえているでしょう?

 そして、それを埋めるために、どのようなことをし、どんなパートナーと巡り会うことになるでしょう?


 人間の完全な幸福、充足感とは、ほとんど胎児期にだけしか存在しないとされます。

 まだ意識以前、ぼんやりと母の胎内で眠りつづけ、絶対の安全と保護に包まれたそこでは、いかなる対立も孤独も、またはいかなる対人関係も(母子という関係以外には)ありません。

 そこから出て、人間としてこの世に生まれ出た瞬間、母体から切り離されて一個の人間として立っていくことをいやおうなく求められる瞬間から、人間には欠落が生まれます。具体的に言えばこの時点の欠落とは、母胎という絶対のゆりかごの喪失です。


 一種の楽園である母胎から切り離され、成長していかなければならないわたしたちは、その途中で、さまざまな苦難や新しい欠落を味わうことになります。その不安定さがもっとも強く表れるのが、まだ親からの保護のうちに安穏としていられる子供から、しだいに大人へと移行していかねばならない、思春期の時代です。

 物語の主人公が多くこの時代の少年少女を主人公とすることは、理由のないことではありません。この年代に達した人間は、親の庇護から離脱し、ひとりの人間として成長して、自分というものを確立していく戦いをせねばならないのです。いわば、第二の誕生ともいえます。

「自分自身を見つけること」というのは、もっとも大きな物語の包括的テーマでもあります。ネットでも見かけますね、「自分探し」とか、「本当の自分とは」とか。

 それらは、たとえ思春期と一般的に言われる年齢をすぎたとしても、人間は自分に欠けたものを求め、完全な「○」になろうとする姿勢を捨てられないことを意味します。


『ぼくを探しに』の主人公の○は、最後にカケラを見つけますが、それを置いてまた欠けたまま旅をつづけます。結局、人間は完全な「○」になることよりも、さまざまなカケラを求め、先に進んでいくことで成長する、それが人間というものなのかもしれません。


 キャラクターの話に戻りましょう。

 自分に欠けたもの、寂しさ、欠落などを埋めるため、人間はさまざまなものを身近に置いたり、まとったりします。


 前回わたしがこしらえたキャラクターは、こうでした。


● 明るく天然でドジな女魔法使い。魔法を使うたびに足の先から老いていく呪いをかけられており、今では足だけが老婆のように年老いている。彼女はかつて自分の不注意で姉弟子を失っており、彼女を救うために足が老いる呪いを受けた。


 この彼女がかかえる欠落、というのはなんでしょうね。

 いくつか考えられると思いますが、


・足の老い

・姉弟子の喪失

・誰にも苦悩を漏らさず明るくふるまう葛藤


 まず表面的なところを書き出せばこんなところでしょうか。


 足の老い、これは「外面的な欠落」です。

 姉弟子の欠落、これは「設定的な欠落」です。

 そして三番目、「誰にも苦悩を漏らさず明るくふるまう葛藤」。これは「精神的な欠落」です。


 そしてストーリー的、かつキャラクターをより立てる方向でに見たとき、掘り下げていくべきはこの「精神的な欠落」になります。


 なぜかというと、ストーリーは外面的な特徴や、設定的な特徴だけではけっして動かないからです。外面的、そして設定的な特徴から導き出される「精神的な欠落」がキャラクターがもとめて旅していく「カケラ」であり、その「カケラ」を求めて遍歴していくありさまこそが、人の心を動かすドラマたり得るからです。


 このキャラクターを、たとえば一種の子供と見なしてみましょう。

 彼女が旅に出る前、まだ大好きな姉弟子といっしょで、なんの心配もなく幸せだったころ、これは、人間の成長段階で言えば赤ん坊、幼児の時代になります。母親的なやさしい相手である姉弟子とともに、完全な充足を味わっている、「○」の時代です。

 ところがそこで、彼女自身の過失によって母胎的なこの充足は破壊され、「○」は「欠けた○」になります。

 母親であり、子供時代の幸福の象徴である姉弟子を失った彼女は、魔法を使うたびに老いていく足、という外見上の欠落と、姉弟子の不在、という設定上の欠落を抱え、そこから生み出される孤独と葛藤という、精神的な欠落を抱えて、物語の舞台に登場します。


 彼女が自分の「カケラ」として見つけるのが妥当なのは、どんな相手、あるいは状況でしょうか?

 めでたく姉弟子を取り戻してめでたしめでたしとなることでしょうか?

 それとも、姉弟子から離れ、自立した人間としてさらなる成長をとげることでしょうか?


 もちろん、全体のストーリー上での役割で見た場合、どちらの展開が選ばれるかは場合によります。けっして一定ではありません。

 しかしここで、彼女が自分の内面をより深く見つめ、人間として成長する道筋をとろうとした場合のほうが、キャラクターとして深い感銘を与えるのは確かです。


 たとえば……


・姉弟子を救いたくてずっと旅をしていた彼女だったが、実はその奥に、自分をこんな境遇に落とした姉弟子を逆恨みする気持ちが隠れていた。

 

 あるいは、


・本当は姉弟子を救えないことはわかっていたが、老いる呪いを自分にかけさせることで自らを痛めつけ、犠牲者となることで罪の意識から逃げようとしていた。


 こう考えてみてはどうでしょう。

 もう一段階、キャラクターに深みが出てくるのではないでしょうか。


 子供から大人へと移り変わるあいだの時代を「モラトリアム」といいます。

 子供が自分の幼さ、不完全さを自覚し、大人という完全な「個」へとたどりつく前の段階、自分にとっての「カケラ」を、ああでもないこうでもないと探している段階です。


 みなさんは二十歳で成人式を迎えると思いますが、このような、『子供が大人として認められる式』というのはさまざまな民族に存在します。

 それまでは子供の服装や髪型、生活などをしていたのが、その儀式を境目に大人の世界へ生まれ変わるための儀礼です。

 そこで脱ぎ捨てられる子供時代の衣服や髪型は、精神的に言ってみれば、それまでその人間が抱えていた子供っぽい思い込みや考え、甘え、固着対象です。

 それを捨てること、あるいは見つめ直してよりよい段階に高めることで、人間は大人になることができます。


 このキャラクターの彼女で言えば、


・本当は姉弟子を逆恨みする気持ちがあった

・自分を傷つけて罪の意識から逃げようとしていた


 これらの感情と自己欺瞞が、いわば「子供時代の衣服や髪型」であり、彼女の成長を妨げているものです。

 これらを自覚し、捨てる、あるいはさらに高次元なものに昇華することによって、彼女は一歩成長し、姉弟子という重荷をおろして、新しい自分自身へと一歩階段を上ることができます。

 そしてそれはとても魅力的なストーリーとなり、かつ、受け手の心に残る魅力的なキャラクターに彼女をするはずです。


 こうしたキャラクターが抱えている「葛藤」を掘り下げ、よりよく浮き彫りにするパートナーキャラ、あるいはその他、出会うべき相手、関係するべき相手、状況、というのはどんなものでしょうか。

 次の時間では、みなさんが作ったキャラクターを、上記のごとくもう一歩進化させ、成長させるにはどうすればいいかの実習をしてみたいと思います。

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