6限目 2.ファンタジー論 ヒロイックファンタジーいろいろ

はいさてファンタジー論いきましょうかー。

 前回は「わたしの考える純ファンタジー」の理想型として、タニス・リーとパトリシア・A・マキリップを紹介しました。


 もちろん、それだけではなく、ファンタジーにはもっと別の大きな流れもあって、私もまたそれに大きく影響を受けています。今日はそちらの流れ、「ヒロイック・ファンタジー」の紹介といきましょう。


 ヒロイック・ファンタジーはおそらく、マキリップやリーのようなファンタジー好きの好む作風より、より一般化された形で愛好される原型でしょう。

 強力なヒーローがおり、邪悪な魔術師や堕落した貴族、妖魔、魔獣が跋扈する世界で、美女をかたわらに大剣を振り回して戦う、というスタンダードな「剣と魔法のヒロイック・ファンタジー」のイメージは、海外では『ダンジョンズ&ドラゴンズ』『トンネルズ&トロールズ』などのテーブルトークRPG、また『ウィザードリィ』『ウルティマ』などのコンピューターRPGを経て、日本ではそれを受けた『ロードス島戦記』などライトノベルの下地を作り、現代でも広く愛好されています。

 以前紹介したダンセイニの『ペガーナの神々』をはじめ、E・R・エディスンの疑似雄叙事詩『ウロボロス』、また秘境冒険小説としてのコナン・ドイルやジュール・ヴェルヌ、またエドガー・ライス・バロウズの『火星シリーズ』などSF作品のヒットがあり、やがてこれらは、1930年代、パルプ雑誌と呼ばれる安価な娯楽小説雑誌が広まったアメリカで、爆発的な進化を遂げます。


 やはりこのジャンルでの代表作品はまず、ロバート・E・ハワードによる『蛮人コナン』シリーズでしょう。むかーし、まだ俳優としては無名だったシュワルツェネッガーが主演の『コナン・ザ・グレート』という映画がありましたが、確か近年にもリメイク作品があったはず。

 辺境の蛮族であるコナンが、一傭兵の立場から剣と超人的な体力のみを武器にのし上がり、さまざまな土地での妖しい冒険を経て、一国の王に登りつめるというこのシリーズが、おそらくヒロイック・ファンタジーのひな形を作ったといっても過言ではないはず。

 この系統の作品では先にクラーク・アシュトン・スミスが『ゾティーク』シリーズを書いていましたが(創元推理文庫に全三巻で短編集あり)、まだ幻想怪奇風味が強く、強烈なストーリーの牽引者を持っていなかったスミスの作品に比べ、コナンという強烈な主人公を持ってきたことにおいて、ハワードは傑出していました。のちのち多くの模倣者を生み出す、怪奇と暴力とアクションにエロティシズムをミックスした作風で、パルプ雑誌に一大ブームを巻き起こします。


 確か創元推理文庫にコナン・シリーズの全集があったんですが今でも買えるのかなあれ。とりあえず、今読んでもまったく古びていないコナンの冒険物語は、ヒロイック・ファンタジーの原点として一度読んでおくといいかも。

 コナン・シリーズの好評を受けて、その後多くのヒロイック・ファンタジーが書かれました。日本語で読める(まあほぼ品切れだけど)ものをいくつかあげておくと、C・L・ムーア『処女戦士ジレル』シリーズ(女戦士を主人公にしている。作者のムーアも女性)、フリッツ・ライバー『ファファード&グレイ・マウザー』シリーズ(巨漢の剣士ファファードと小柄な盗賊グレイ・マウザーのコンビ)、、ロン・スプレイグ・ド・キャンプ『ハロルド・シェイ』シリーズ(心理学者ハロルド・シェイが、神話や叙事詩の世界に転移してくり広げるドタバタ劇。かなりパロディ色強し)などがあります。

 


 これら、コナン・タイプの強い主人公がばりばり力で妖魔や魔術師をなぎ倒して戦っていくという簡単率直なタイプの物語は、パルプ雑誌が衰退した1940年代になって、発表媒体とともにいったん少なくなりました。

 しかし、そこにやってきたのが『指輪物語』の大ブーム。ペーパーバックが発売されるや、アメリカでもファンタジーの大ブームが巻き起こり、再び新しいファンタジーの冒険物語として、新世代のヒロイック・ファンタジーが書き継がれるようになりました。


 この世代のヒロイック・ファンタジーの代表は、あらゆる意味で蛮人コナンのアンチテーゼともいえる内向的・自省的な人物を主人公とする、マイクル・ムアコックの『永遠の戦士(エターナル・チャンピオン)』シリーズでしょう。

〈法〉と〈混沌〉が永遠の闘争をくり広げる多元世界で、さまざまな世界、さまざまな人物として永遠に転生を繰り返しながら戦い続けるよう運命づけられた〈永遠の戦士〉と、その運命を描くこのシリーズは、バロウズの火星シリーズの正統派後継作といえるシリーズ『火星の戦士』からスタートしました。

 まだ『火星の戦士』でははっきりしなかった設定は、その後、『ルーンの杖秘録』のホークムーン、『紅衣の公子コルム』のコルム、『エルリック・サーガ』のエルリック、『エレコーゼ・サーガ』のエレコーゼ、『永遠の戦士フォン・ベック』のフォン・ベックと深化を続け、イギリスSF作家ならではの皮肉で冷笑的な視点から、運命に翻弄される英雄たちの苦渋に満ちた戦いを語ります。

 おそらく、もっとも自覚的に反・コナン的な主人公として造形されたのが、白子の皇子エルリックでしょう。高い文明を誇り、魔道を操っていたがいまや衰退した文明の最後の皇帝であり、アルビノで白髪赤目、虚弱体質で薬草と魔術がなければ生きていくことすらできないエルリックは、ある事情からいやおうなく魂を吸う魔剣ストームブリンガーの所持者となり、そのためにとめようのない悲劇に巻き込まれていきます。

 このシリーズは『ストームブリンガー』というテーブルトークRPGのシステムとしても出されているので、もしかしたらそちらで見たことがある人もいるかもしれませんね。


 やはり人気の高いのはエルリックでしょうか。白髪に白い肌、紅の瞳の美青年。国を喪った悲劇の皇子にして魔術師、自らを養うためには愛する女の命さえ剣に捧げなければならないという彼の悲劇性、〈法〉と〈混沌〉が争う世界の幻想的なヴィジュアルの美しさは、やはりこの作品が飛び抜けています。

 いまはハヤカワ文庫から新装版が出ていますが、むかしはこの文庫、表紙のイラストレーターが天野喜孝でして、そりゃあ美しかったですよ。六巻の『ストームブリンガー』表紙の、黒い竜の兜を戴いたエルリックのなまめかしくもしなやかな美貌はまさに魔物。なんて海外のイラストレーターはエルリックをあんなムッキムキの化物に描くのか! どう見ても作中描写からして正しいのはこっちだろ!!


 このころの新世代ヒロイック・ファンタジーではほかにアンドレ・ノートン『ウィッチワールド』シリーズ(魔女が支配する異世界エストカープを舞台とする冒険。ちなみにノートンも女性)、ロジャー・ゼラズニイ『真世界アンバー』シリーズ(ある特別なトランプを所持する〈真世界〉アンバーの王子王女たちの闘争を描く)、同じくゼラズニイ『地獄に堕ちたものディルヴィシュ』『変幻の地のディルヴィシュ』(魔術師によって地獄に堕とされていた戦士ディルヴィシュの復讐を描く)などがあります。



 傾向として目立つのは、これらヒロイック・ファンタジーの書き手はたいていの場合SF作家も兼ねており、SFやスペースオペラも手がけていることです。ファンタジー的な道具立ても科学技術と並立され、しばしば科学技術が、喪われた文明の遺物や、宇宙からやってきた異星生物の遺産として登場します。これらは最初のコナン・シリーズから続いている特徴です(象の頭部を持つ宇宙生物などが登場する)。

 そもそもこういった冒険ファンタジーの嚆矢となるバロウズの『火星シリーズ』にしたところで、転移先は異世界ではなく『(まだ文明が栄えていた頃の)何万年か過去の火星』という設定で、そこに転移した主人公は、地球よりも重力の小さい火星では超人的な膂力を獲得することになる、という話で、魔法や魔獣は登場するものの、厳密に言えばSFであり、スペースオペラです。

 ヒロイック・ファンタジーもスペースオペラも、パルプ雑誌の読み物としてひじょうな人気をほこり、どちらの作者も両方を書きまくっていたという事情はあるでしょうが、やはり「なんでもあり」の魅力が、こういった冒険ファンタジーの人気を呼び、ゲームやアニメを経て、現代に続くライトノベルに代表される、異世界冒険ファンタジーの基礎を作ったといえるでしょう。


 えと、ライトノベルのファンタジーに関しては別に講座があるんだっけか? 

 とりあえずこの流れで、ライトノベルにおけるヒロイック・ファンタジー的な「ファンタジー」について、次回は語ってみたいと思います。

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