13時限目 1.エンタメ論 キングとダーク・タワー

 はいこんにちは五代です。今日はスティーブン・キングの続きで、主にキングのホラー以外の作品、特に『ダーク・タワー』シリーズについて話しておきましょうね。


 先週は『IT』から『ミザリー』あたりまで話したかと想いますが、このあと、キングはよきアメリカ人、よき家庭人、よきキリスト人としての立場を固めつつ、さまざまな長編を精力的に発表していきます。

『トミーノッカーズ』は田舎町の地下に埋まった宇宙船と、それが掘り起こされることによって呼び起こされる怪異。『ニードフル・シングス』は悪魔の骨董店。『アンダー・ザ・ドーム』はある田舎町を突然おおったドームとその下の人々(バレですがネタ的に『トミーノッカーズ』の仲間かも)ケネディ暗殺事件とタイムトラベルを扱った『11/22/63』など、多くの作品があります。

 また、モダンホラーの王として有名なキングですが、中期からかなりホラー以外の普通小説やファンタジーを書くようになってきます。もともとホラーを題材にしつつ、その内容に関しては普通小説に近い扱いをするキングにとっては当然の帰結かもしれません。

『グリーン・マイル』『アトランティスのこころ』『ショーシャンクの空に(原作は中編『刑務所のリタ・ヘイワース』)』など、この系統の作品はホラー系の作品の映画化がいまいちパッとしないのに比べてどれも大きな成功を収めています。『スタンド・バイ・ミー』も、初秋はホラーの短編だけど中心は少年時代の物語なので、こっちに入るのかな。



 ざっと見渡してみて思うのは、やはり、良くも悪くもキングは「よきアメリカ人」「よく社会人」「よきキリスト者」であるのだなあと。

 前の時間でもいいましたが、キングの作品って基本的に愛と正義と友情が勝っちゃうんですよね。その傾向は近年ますます強くなって(そして濃密描写が年々凄くなって読みのもしんどくなってくる)、ケネディの暗殺を扱う『11/22/63』なんて、特にそのスタンスが顕著になってる気がします。

 だってケネディの暗殺ですよ。確かにアメリカ人であるキングにとっては歴史の変わった凄い出来事なのかもしれませんが、極東の一日本人であるわたしにとっては、やっぱり単に歴史上の一事件にすぎないわけで、それを阻止したからってすごく歴史が変わるかといわれたら、いやそら変わらねえだろ。と考えてしまう。物語の中の設定としてはもちろんアリでしょうからそこんとこに文句をつける気はありませんが、キングの作品を続けて読んでいると、なんかこう、「社会正義」「愛と友情」「(キリスト的)神の存在」「家族の絆と愛」などについて、あまりにも自明というかそういうのが普通で前提として書かれているので、極東に生きてて神とかよくわかんない日本人のひねくれ者なわたしは、多少胸焼けしてしまうことも確かです。

『11/22/63』のケネディ暗殺もそうですけど、『デッド・ゾーン』あたりからじわじわ出てきたキリスト教的思想というか、「この世にはまちがいなく善なる神がいて人間を見守ってくれてるんだ」「人間はその神に与えられた使命を果たすためにがんばらなければならないんだ」的な観念が、ちょっとうさんくさくというかそれってどうなの。と思わんでもない自分です。特にそのテーマが顕著に扱われているのはま正面から神の問題を扱った作品『デスペレーション』(およびリチャード・バックマン名義の姉妹作『レギュレイターズ』)ですが、読んだときどうも釈然としない気分が残りました。

 いや物語としては面白かったんですけど、そこに問われているキリスト教の神学的な問いかけ、『圧倒的な邪悪に対し神の導きで戦う』『神の導きは残酷であることもある』『では神は残酷なのか否か』という問いかけが、「いや神様とか別に普通にいっぱいいますよ?」「残酷とか優しいとかなくてちゃんとつきあってればいいだけですよ?」「そもそも邪悪とか善とかってきっぱり別れてないですよ?」っていう、ぬるーいアニミズム国家の日本人としてはいまいち実感できなかったわけです。

 まあそこらへんは作品の出来とは関係なくて、単にわたしの好みなのかもしれませんですけど、あまりにもあっけらかんと無自覚にアメリカ的思想と価値観を出してくるキングの作品が、時によったらちょっと鼻につく場合もないわけではないです。

 

 まあそれはさておき。

 キング作品を一望するとして、やはり最大の輪となるのがファンタジー『ダーク・タワー』シリーズでしょう。この長大な作品はキングの主な長編をすべてリンクさせる役割を持っており、もちろん独立した大河ファンタジーとして読んでもおもしろいのですが、やはりこの作品の特筆すべき部分は、読んでいる内にキング作品にこれまで登場してきた場所やキャラクターが顔を見せ、それぞれの作品で語られていたエピソードの底にあった事情や事件に、実は「ダーク・タワー」世界における原因があったことが明かされていく天です。

 この作品が発表される前から、キング作品にはいくつかの謎があって、「ところどころで言及される「亀」」「謎の存在〈真紅の王(キング・クリムゾン)〉」など、その真相は語られないままでした。

 ところがダーク・タワーの物語によって、そのどれもが実はこのダーク・タワーが存在する世界「中間世界」と呼ばれる場所に端を発するものであり、キング作品のほぼすべてはこの「ダーク・タワ-」と「中間世界」においてつながっていることがわかります。※この「中間世界」とは、ピーター・ストラウブとの共著作品『タリスマン』、およびファンタジー『ドラゴンの眼』でも語られています。

 この世界を中心に、『ザ・スタンド』の町、『呪われた町』の主要な登場人物であるキャラハン神父、『IT』の敵であるキラーピエロ、『アトランティスのこころ』の登場人物などが登場して物語にからみ、主人公ローランド・デスチェインと仲間たちが目指すダーク・タワーへの旅はそのまま、キングの書く小説世界全体を救うための旅である、ということが、明らかになってきます。

 全体をつらぬくのはローランドが属する善なる〈純白〉の勢力と、邪悪な〈真紅の王〉の勢力の対決という図式です。そのどちらにも属しない個人の運命、というべきものとして「カ」と呼ばれるものがあり、その源に十二の守護者である動物たちがいて、その中でも最高位のものが「亀(ギャン)」とされます。

 世界の創造の魔法「プリム」は暗黒の塔とギャンを生み出し、いくつもの世界を魔法の線(ビーム)でつなぎました。しかし魔法の時代が終わるとプリムは衰退し、暗黒の塔とビームだけが残りました。

 時間が流れ、テクノロジーの時代が訪れると、〈偉大なるいにしえの人々〉は暗黒の塔とビームがつなぐあまたの世界に気がつき、ビームを機械化することで純粋で永遠であった魔法を崩してしまい、自らも疫病や核、生物兵器などで死滅してしまいました。彼らが滅び去り、文明が後退して数千年、ここでようやく主人公のローランドと、彼が身を置くガンスリンガーの騎士の時代がやってくるのです。

 長いだけあって、ほかのキングの作品ではあまり感じないキャラクター性が、より強く感じられる作品です。主人公ローランドはもちろん、旅の道連れとなる四人組〈カ・テット〉の仲間、少年ジェイク、麻薬中毒の青年エディ、二重人格の女スザンナ、マスコット的動物オイなどどれも個性的ですし、悪役となる黒衣の男や旅の途中で立ちふさがるさまざまな敵(なぞなぞマニアの列車(の人工知能)が個人的には印象深い)、ローランドの過去に登場する友人カスバートや恋人スーザンなど、キャラクター小説として読んでも楽しいもの。

 一巻『ガンスリンガー』が出てから続きが出るまでかなり長い間が開きましたが、その間にキングは事故に遭い、死を間近に見たことで、ライフワークとも言えるこのダーク・タワーシリーズの完結を意識したようです。

 七巻で完結したとされていましたが、ちょうど今月、四と二分の一巻という新刊(というか別巻?)『鍵穴を吹き抜ける風』が出版されました。私も買ったばかりでまだ読めていないのですが、解説によると四巻と五巻の間に入る話で、それで四と二分の一巻というナンバリングになっているんだとか。解説を見ると若き日のローランドの冒険譚を扱っているようで、これからゆっくり読んでみようと思います。

 

 この作品はロバート・ブラウニングの詩『童子ローランド、暗黒の塔へ至るChilde Roland to the Dark Tower Came』に着想を得て書かれています。文庫の第七部『ダーク・タワー』の巻末にも翻訳があります。読まなくても特に楽しむのに支障はありませんが、一度目を通して見るのもいいかもしれません。



 あと、キング以外のモダンホラー作家についてざっと。

 キング以外の作家がとんと紹介されなくなった昨今ですが、モダンホラー・ブームとされていた1980~1990年代には、ロバート・R・マキャモン(『スティンガー』『マイン』等)、ディーン・R・クーンツ(『ウィスパーズ』『ウォッチャーズ』等)を中心に、さまざまな作家が訳出されました。

 ほとんどの作品が品切れ状態になっているいまではなかなか勧めにくいのですが、とりあえずキングに次いでホラーの中心的作家であった上記二名の作品は手に取ってみてもいいと思います。キングに比べると小説的な厚みや深みはさすがに少ないのですが、娯楽に徹したノンストップ・サスペンスぶりは、楽しい読書を楽しみたいのであれば損しないと思います。

 この時代に訳された作家で私の個人的なお気に入りは、イギリスのホラー・幻想作家、クライヴ・バーカー。短編集『血の本』(全五巻)で注目され、その後、ダーク・ファンタジー『ウィーヴワールド』『不滅の愛』『ダムネーション・ゲーム』『イマジカ』等が翻訳されましたが、近年、自筆の絵入りファンタジー『アバラット』が二巻まで訳されたきり、止まっています。

 映画『ヘルレイザー』シリーズの原作者であり、監督も務めるバーカーは、イギリス作家の常らしくいくらか皮肉で冷笑的なユーモアと、高い幻想性を持ち、特に『血の本』シリーズに集められた短編はどれも恐ろしくも美しく、時にロマンティックな味わいさえもそなえています。キングのまっとうさにちょっと違和感を覚えてしまうひねくれもののわたしにとっては、やはりこの苦さと幻想が心地よく、今ではほとんど見かけることのないバーカーの作品ですが、機会があれば一度手にとってもらいたいと思うのです。なおキングもバーカーを高く評価しており、作品に対して惜しまぬ絶賛をよせています。


 では来週はスプラッタ・ホラーについて軽くと、あと日本のホラー、いわゆるJホラーについて概観しましょうか。

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