12限目 2.ファンタジー論 日本風・和風ファンタジー

 はいそれではファンタジー論-。


 先週まではおもに海外の文化や歴史を取り扱ったファンタジーを中心に紹介してきましたが、ここでちょっと方向を変えて、日本およびアジア文化圏を取り扱ったファンタジーについて見てみましょうか。

 

 和風ファンタジー、といってもやっぱり範囲は広いと思うんですが、


a.平安時代、大正時代など、日本の歴史的な時代を舞台としたもの

b.武士や武芸など、サムライの文化をベースとしたもの

c.もののけ、妖怪などを扱い、人間ともののけの交流を扱うもの

d.その他、アジア風の異世界を扱うもの


 と大まかに分けてみました。まあこの中でもかなりジャンルはお互いにまたいだりはしてるんですけどね。

a.の日本のある時代を舞台にした小説、とするとちょっと歴史小説とかぶる場合もあると思うんですが、ある程度超自然的な要素を含んだものを考えると、まずかなり長いこと続いているシリーズですが夢枕獏『陰陽師』シリーズがあがるかと思います。平安の呪術遣い安倍晴明はいまではすっかりメジャーですが、この作品が登場した当時はまだまだマイナーで、この作品によって晴明の名前を知った人間が多いのです。

 これには岡野玲子によるコミカライズがありますが、ちょっと原作から想像できる範囲をいろんな意味で逸脱してしまった怪作?でもあるので、ちょっとついていけない場合もあるかもしれませんが美しく神秘的な画面は惹かれます。

  荻原睦子作品は多く日本の歴史上のエピソードを扱ったものがあり、デビュー作にして代表作『空色勾玉』は、意外と少ない日本の神話を題材にとったファンタジーです。『白鳥異伝』『薄紅天女』とあわせて勾玉三部作と呼ばれますが、おそらく、日本のファンタジーといわれた時に、まっさきに出てくるであろう作品の一つです。

 直接の続編ではありませんがおそらく同一の線上にあると思われる『風神秘抄』『あまねく神竜住まう国』は源平時代の若き頼朝の物語を扱っており、続けて読むのもいいでしょう。

 伝奇小説の部類に入るかもしれませんが、新潮ファンタジーノベル大賞を受賞した宇月原晴明『信長―あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』は、織田信長が実は両性具有だったという設定をもとに語る幻想小説です。このタイトルはアントナン・アルトーという作家の古代ローマの皇帝を扱った『ヘリオガバルス あるいは戴冠せるアナーキスト』という幻想小説に基づいていて、女装したくましい奴隷と同衾して妃と呼ばれることを喜んだ退廃の美少年皇帝にならったように、日本が舞台でありながらどこか異国的で耽美な幻想小説です。

 この人の作品は、数は少ないのですがどれも質が高く、ほかにも壇ノ浦で海に沈んだ悲運の幼帝の軌跡を扱う『安徳天皇漂流記』(澁澤龍彦『高丘親王航海記』へのオマージュ)、それにを受けての短編集『廃帝奇譚』、かぐや姫伝説を語り直した『かがやく日の宮』、豊臣秀吉とヨーロッパのオカルティズムを結合させた『聚楽 太閤の錬金窟』など、どれをとっても大変読み応えがあります。

 京極夏彦『巷説百物語』シリーズは直接妖怪が出るわけではなく、作者の常として、人間の業や情念を妖怪に見立てて祓いおとすという物語ですが、登場人物たちは江戸時代に存在するせいかかなり濃い影を負っており、とらえ方によっては彼らこそ妖物なのではないかと感じさせる部分があるため、おそらくこちらのカテゴリに入れてもいいでしょう。


 阿部智里『烏に単衣は似合わない』は、弱冠二十歳で松本清張賞を受賞した作品。カラスに変身することができる八咫烏の一族が支配する山内(さんない)という平安時代風の異世界で、支配者である東西南北の家の勢力争いと見え隠れする天敵の人食い猿との対決を縦糸に、その世界に生きる東家の二の宮を中心にした人間模様を描きます。清張賞はどちらかというとミステリのイメージの強い賞で、この作品も第一作は多少のミステリ味を含んでいましたが、シリーズが続くと完全にファンタジーになり、非常に人気を博しています。

 ほかに、ライトノベルでは結城光流『少年陰陽師』『篁破幻草子』シリーズ、瀬川貴次『鬼舞』『暗夜奇譚』シリーズなどがあります。平安時代を舞台に、『陰陽師』でポピュラーになった退魔ものファンタジーをくりひろげていて、どちらも元はライトノベルレーベルから出ていましたが、一般文庫レーベルから再刊されています。

 コミックにも多くこの世界観のものは存在しますが、特にあげるものとしては山田章博『BEAST OF EAST』を特筆しておきたいと思います。魔法や異生物のいる幻想の日本(どこか中国のような雰囲気もある)、妖狐に魅入られた幼なじみの少女を救うため奔走する青年鬼王丸を、豊かな想像力とスケールの大きなドラマで描く作品。十二国記のイラストで有名な作者ですが、細密な絵は一コマ一コマが完成された絵画のようで、物語もさることながら一冊の絵物語としても美しい。一年に一冊どころか数年に一冊の刊行ペースですが、待つ価値は充分ある逸品です。


b.の武士や武道などを中心にしたものでやはり最初に出るのは、山田風太郎の『忍法帖』シリーズでしょう。これもある意味時代小説であり伝奇小説でもあるのですが、とにかく奇想天外な理屈でくり広げられる奇想天外な忍法の数々は、やはりファンタジーといってもよさそう。コミカライズ『バジリスク』もある『甲賀忍法帖』、柳生十兵衛を中心人物においた『柳生忍法帖』『魔界転生』あたりがおそらく間違いのないところだと思いますが、今でいう異能バトルものの源流としても読めますね。

 おそらくそれ流れを汲む西尾維新『刀語』シリーズは忍法帖シリーズほど重くなく、ライトノベル風の軽快さとキャラクター性で人気です。アニメ化もされましたので、いきなり忍法帖シリーズに手を出すのはちょっと……という人は、こちらから読んでみるのもいいかもしれません。西尾維新作品の常として、ノリがすべてでそのノリについていけなければしんどい、という部分が多々ありはしますが。

 アクションが映えるという意味で、サムライを扱ったファンタジーは山田風太郎を源流に持ちつつ、アニメやコミックのほうが多い気がします。『HELLSING』の平野耕太によるファンタジーコミック『ドリフターズ』は、戦国武将の島津豊久をはじめ、織田信長・那須与一などの歴史上の英雄豪傑が、エルフやドワーフのいる異世界に送り込まれ、廃棄物と呼ばれる異能力を持った敵と戦う話。独特のセリフ回しとダイナミックなビジュアルはすばらしいの一言。ポピュラーなジャンプの連載コミック『銀魂』もこのカテゴリに入るでしょうし、不死の剣士の戦いを扱った沙村広明『無限の住人』(キムタクの映画はちょっと勘弁してほしい…)もいいですね。

 侍ファンタジーとスチームパンク的世界観にゾンビを入れたアニメ『鋼鉄城のカバネリ』は後半ちょっと失速しましたが、線路上を走る鋼鉄城とそこで生活する人々という設定は魅力的です。生かし切れなかったのが惜しまれる。

 スタイリッシュなアクションに重点を置いた作品では、カウボーイビバップのスタッフがなんでもありなサムライアクションアニメを制作した『サムライチャンプルー』、またゲームのアニメ化ですがプロダクションIG『戦国BASARA』も、原作ゲームの破天荒さと、きちんとした時代考証、はっきりしたドラマ性を両立させた佳作です。

 

 c.のもののけと人間のほのぼのとした交流を扱う作品は、畠中恵『しゃばけ』シリーズのヒットを機に大きく作品数が増えました。これもまた新潮ファンタジーノベル大賞優秀賞の出で、身体の弱い若旦那と彼を保護する妖怪たちの物語は、その後に続くもののけものの一パターンを作ったといっても過言ではありません。

 廣嶋玲子『妖怪の子預かります』シリーズは、盲目の按摩、実は大妖怪千弥と、少年弥助が長屋で寄り添いあいつつ暮らし、そこに妖怪世界の事情や悪妖怪によるもめごとがからんでくるお話。ライトな読み味のこういったもののけものはただいま隆盛を極めていて、ちょっとアマゾンを検索しただけでも、類書がたくさん出てきます。興味のある人はこの本あたりから、関連書籍のリンクをたどっていくといくらでも出てきますので、興味のありそうなのを見繕ってみてください。

 現代を舞台にしたパターンもあって、香月日輪『妖怪アパートの幽雅な日常』も人気のあるシリーズです。これもまた、「現代社会にまぎれたもののけや妖怪と、人間である主人公がなかよくほのぼのと暮らす」という図式を作ったさきがけで、これもまたさまざまな類書がたくさん出版されています。玉石混淆なのはしかたのないところですが、趣味が合えばおもしろく読むものがたくさんできますので、これもまたアマゾンのリンクをたどるか、店頭でそれっぽいタイトルをちょっと手に取るかしてみてください。

 マンガのほうでは波津琳子『雨柳堂夢咄』がこの方面では老舗です。この作品によって「ちょっと変わった店(骨董店・喫茶店・コンビニ・花屋・薬屋等)に妖怪が出入りし、人間とかかわりあう」というパターンが一般化した気がします。同じく高里椎名『薬屋探偵妖綺談』シリーズもこの流れの古顔。

 ほのぼのというのとは少し違いますが、コミックの漆原友紀『蟲師』は、独特の世界観と雰囲気を持った作品で、アニメ化もされて評価の高い作品です。動物でも植物でもない、生命の原形質である「蟲」と、「蟲」と人の間に立つ蟲師ギンコが、旅の先々で触れる人々の物語を淡々とつづった漫画で、オダギリジョーが主演の実写映画と、アニメ版があります。


 次回はアジア系、中国系のファンタジーを主に紹介したいと思います。ではー。

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