10限目 2.ファンタジー論 アーサー王と中世ファンタジーいろいろ


 はいそれではファンタジー論-。先週は愚痴っちゃってどうも申し訳ないです。

 気を取り直して今週は、中世ヨーロッパの各地を舞台にしたファンタジーとその周辺についていろいろ紹介していきましょうかね。


 ファンタジー、といえば、ヨーロッパ中世、というイメージですが、さてそのヨーロッパ、中世、という一言からして、いろんな地域、いろんな時代、いろんな文化、があるのは明白ですね。

 あらためて、「中世ファンタジー」を、指輪物語のような、「なかば神話的な時代と人間の時代とのあわいを舞台にしたファンタジー」と規定してみましょう。たとえばアーサー王物語のように、人間と精霊、人間と神、人間と魔法使いが同じ大地を歩んでいたころのお話、とします。そういう規定で、いくつかの作品をあげてみますか。


 アーサー王伝説を扱った小説や作品はたくさんありますが、原点とも言えるアーサー王の英雄譚、およびその他の中世騎士物語は、トマス・ブルフィンチ『新訳 アーサー王物語』『中世騎士物語』などがあげられます。ブルフィンチはほかにも、ギリシャ神話についての本や、フランスの英雄シャルルマーニュに関する著作などもあって、彼の本をひとわたり読むと、中世の吟遊詩人が語るような騎士ロマンスというものが、どういったものかだいたい読み取れると思います。


 アーサー王の伝説はちょうどブリテンにキリスト教が入ってきたころを舞台にしており、もともとイングランドの土着宗教であるケルト神話やドルイドの文化と、新来のキリスト教文化が入り乱れていることが特色です。岩の剣を引き抜いて王座についたアーサーは古いケルトの伝統に連なる王ですが、ここにキリスト教の伝説である『聖杯伝説』が加わることで、アーサー王の物語には色濃い滅びと悲劇の影が立ちこめます。


 T・H・ホワイト『永遠の王』は、のちにこれを元にしてディズニーがアニメを制作した古典的アーサー王ファンタジーです(『王様の剣』ミュージカル『キャメロット』)。

 ジュニア向けの歴史小説をたくさん書いたローズマリー・サトクリフにも『アーサー王と円卓の騎士』『アーサー王と聖杯の物語』『アーサー王最後の戦い』があります。これらはほぼトマス・マロリーなどの古典的騎士ロマンスにのっとった作品ですが、もう一つ、真実のアーサー王物語と銘打った『落日の剣』もあります。こちらは魔法もきらびやかな美姫も甲冑も登場しない地味な歴史物ですが、重厚なドラマは一読の価値があります。

 直接アーサー王伝説が登場するわけではありませんが、おそらくそれを下敷きにしているだろう作品として、スーザン・クーパー『闇の戦い』があげられます。特に三巻『灰色の王』と四巻『樹上の銀』は、アーサー王伝説の影響が色濃いものです。

 

 あと、いまはこれもまたたぶん品切れだと思われますが、マリオン・ジマー・ブラッドリー『アヴァロンの霧』は、アーサー王伝説の物語を、アーサーの異父姉であり魔法使いかつ巫女であるモーゲンの視点から描いた作品です。

 この作品の中で、若きアーサーは鹿の角と毛皮を身につけて祭りに参加し、同腹の姉であるモーゲンと寝て子をつくります(この子がのちにアーサーの没落を招くモードレッドとなります)。神の器である王が獣の一部を身につけて神と一体化し、姉妹と結婚するという筋立ては、キリスト教的倫理観からは受け入れがたいものですが、こういった古来の文化がキリスト教の慣習と倫理という新しい文化によって駆逐されていくありさまが描かれています。

 

 アーサー王伝説はキリスト教の大きな影響の元にありますが、それ以前、ケルトの神話でありアーサー王の原型でもある神話集「マビノギオン」を小説として語り直した、エヴァンジェリン・ウォルトン『アンヌウヴンの貴公子』『スィールの娘』『翼あるものたちの女王』『強き者の島』も一読の価値があるでしょう。

 ダヴェドの大公プウィスが冥界の王アラウンと出会い、彼と入れ替わってもうひとりの冥界の王と戦ってほしいと頼まれる一巻、アイルランドに嫁いだ王女ブランウェンと彼女の兄ブランの悲劇の二巻、二巻の続きで戦にうちひしがれた英雄マナウィダンがダヴェドに向かい、寡婦となったプウィスの妃フリアノンと寄り添う三巻、そして神話上最大の英雄であるグウィディオンの事績を語る四巻。

 マビノギオンの原典の翻訳も出てはいますが、神話のつねとしてちょっとそのままでは読みにくいものです。こちらの作品はとても読みやすく書かれており、神話原典ではちょっと理解しづらい人間の心の動きや人間関係も整理されています。


 ちょっとファンタジーからは外れるのですが、中世イングランドおよびウェールズを舞台にした歴史ミステリというのもなかなか人気のあるジャンルでして、エリス・ピーターズ『修道士カドフェル』シリーズ、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマ』シリーズ、また名作として名高いウンベルト・エーコ『薔薇の名前』などが挙げられます。

 これらはみな、中世のカトリック教会に属する修道士や修道女を探偵役とするミステリ・シリーズでして、ファンタジー的な魔法や魔物などの要素はありませんが、その代わり、中世の人々の社会や日常生活、宗教と慣習、政治など、全体的な雰囲気をつかむのにとても有意義です。

 この中ではおそらく、『修道士カドフェル』シリーズがもっとも読みやすいと思われます。むかし、社会思想社ミステリ・ボックスから全二十巻出ていましたが、社会思想社がお亡くなりになったあと光文社文庫から新装版が出まして、ものによっては品切れもあるんですけどわりと簡単に古書が手に入ります。

 もと十字軍の騎士で修道院に隠退したウェールズ人のカドフェルが、十二世紀前半のイングランドでさまざまな政治状況や戦争などにゆれる社会の中で、遭遇する殺人事件を解決するという筋立てで、どのエピソードにも若い男女のロマンスが配され、酸いも甘いもかみ分けた苦労人のカドフェルの人情推理が光ります。私の友人はこれを評して「中世版はぐれ刑事純情派」といいましたが、言い得て妙。

 これにはデレク・ジャコビ主演のドラマシリーズもあって、時間があればちょっと上映しようかと思っています(たぶんあんまり見る機会もないし)。字幕版なのがちょっと問題ですが。

『薔薇の名前』にもショーン・コネリー主演の映画がありますが、こちらも原作ともに機会があればふれておきたい名作です。


 もう一つ、ミステリ側からの変化球として、シャーロット・マクラウド『オオブタクサの呪い』もあげておきましょう。ユーモア・ミステリ、『シャンディ教授シリーズ』の一冊であるこの作品は、主人公のシャンディ教授とその同僚が、魔法も怪物もあってグリフォンが普通にその辺を飛んでいる中世ウェールズへと転移してしまうというお話。

 とはいえ、ミステリはミステリなのでちゃんと殺人事件が起こり、合理的な解決が行われますが、おもしろいのは全体に配されている、中世騎士ロマンスのパロディ。「城には邪悪な魔女を住まわせるのがしきたり」だとか、「新しい竜を倒したりしたら前の王女がかんかんに腹を立てる」とか、ファンタジーのお約束を逆手にとって笑わせるのですが、全体的にとても品の良いユーモア・ファンタジーにもなっており、ファンタジーとして一冊読むのもおすすめです。


 探してみたのですが、どうもヨーロッパの中世というのはだいたいキリスト教に塗りつぶされてしまっていて、イギリス(ケルト)を舞台にした作品はたくさんあるのですが、ほかの地域の話というのは、名前がフランス風だったりドイツ風だったりするくらいで、特徴的というほどの作品はあんまり見当たらないのですね。

 目についたので気になったのは、これもファンタジーではないのですが、中世ドイツの盗賊騎士の自伝『鉄腕ゲッツ行状記』。ファンタジー漫画『ベルセルク』の主人公ガッツのモデルと言われている、鋼鉄の義手をはめた無頼の悪党騎士の破天荒な自伝で、十六世紀ドイツで滅びつつある騎士道と吹き荒れる宗教戦争、押し寄せるルネサンスという激動の時代をいきいきと見せる痛快な一次資料です。

 

 ちょっと最後にアニメを一本上映しましょう。エンタメ論のほうで『牙狼』という特撮ドラマを一本見せたのですが、こちらはそのアニメ、『牙狼 炎の刻印』です。

 これ、マイナーなのがもったいないくらいに昨今まれに見るよくできたダーク・ファンタジーでして、舞台はドイツからスペイン(キャラの名前からして)をイメージしたヨーロッパ風異世界を舞台に、牙狼シリーズのフォーマットとして、魔物ホラーを狩る若き魔戒騎士レオンの成長の物語ですが、容赦のないストーリーとシャープなアクションはちょっとほかのオリジナルアニメには見られないかっこよさです。

 一話冒頭からして、魔女狩りの犠牲となって火刑にされる女性、火刑の炎の中で生まれ落ちる赤児、そこへ飛びこんできて子供をさらっていく狼騎士と、なかなかハードな展開ですが、シリーズ進むにつれてちょっと誰かなんとかしてあげて! と悲鳴を上げるくらいダークな話が転がっていく(『進撃の巨人』『仮面ライダーアマゾンズ』の小林靖子脚本が唸る)ので、もし興味があればどっかで通して見てください。たぶんアマゾンプライムにあるはず。


 まだかなり迷ってはいますが、次はじゃあスチームパンクとSFファンタジー案内あたりにすることにしましょうか。

 ではー。

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