後期4限目 1.SF論 ウェルズとハミルトンとスミス スペースオペラの時代

 はい、後期三回目の授業です。SF論になります。

 前回、H・G・ウェルズの話をしそこねたのでそちらの話は前回の講義のまとめを見てもらうことにして、こちらではその続きのお話をしましょう。


 ヴェルヌとウェルズの手によって、最初期のSFが確立されました。科学が人間にもたらす未来と冒険を描き、時間旅行や異星人の侵略、マッドサイエンティストによる暴走、得意で才能ある人物と戦艦や飛行機などの先進的な技術による驚異など、さまざまなSF物語の可能性が開かれました。

 ただしその未来は必ずしも明るいものとはいえず、暴走する科学のひきおこす暗い未来や、フランケンシュタインに代表される作られたものの悲哀、苦痛と破滅など、科学の暗い側面も恐れず目を向けたのがこの二人です。


 さて、ヴェルヌはフランス、ウェルズはイギリスの作家でした。この旧大陸のふたりの作家の作品が、若い大国アメリカに持ち込まれたことで、SFは新しい第一歩を踏み出します。

 現在、SF作品にファンの手で与えられる賞、ヒューゴー賞に名前を残している名編集者・作家ヒューゴー・ガーンズバックは、自らも『ラルフ124C41+』などのSF小説を書きながら、1926年に『アメージング・ストーリーズ』という、世界初のSF専門雑誌を立ち上げました。

 ミステリやファンタジーでも話しましたが、この雑誌もまた、アメリカの大衆文化とジャンル小説に大きな影響を与えた、パルプマガジンの一種でした。けばけばしい表紙と粗悪な紙に印刷され、扇情的な小説や読み物を掲載するパルプマガジンは、現代のスポーツ紙とマンガ雑誌と小説誌をいっしょくたにしたような大きな娯楽媒体のひとつで、たくさんの人々の手に取られて読まれ、人気不人気、良質粗悪、さまざまな種類の作品が入り乱れてこの媒体から成長してきましたが、ミステリやファンタジーと同じく、SFもまたこのパルプマガジンから、大きく成長したジャンルの一つです。


 この当時のアメリカンSFの傾向として、ウェルズやヴェルヌの作品にあった暗い影や未来・科学に対する懐疑的な姿勢はあまりなく、ただ科学のもたらす明るい未来とそこで活躍する人々、発展していく人類の栄光、強く明朗なヒーローが繰り広げる単純明快なアドベンチャーが多く好まれました。

 これは世界大戦を経験したヨーロッパ諸国の疲労と衰退に比べ、大きな戦争といえば独立戦争か、南北戦争くらいしか経験したことのなかった若い国アメリカの活力と、ニュー・フロンティアとしての自覚がもたらしたものかもしれません。そうしたアメリカの雰囲気に合わせるように、『アメージング・ストーリーズ』はじめ多くの雑誌や新聞で流行したのが、『スペース・オペラ』と呼ばれるジャンルです。


 もともとこれより先には、ヒロイック・ファンタジーの隆盛がありました。エドガー・ライス・バローズによる作品、『火星のプリンセス』を出発点とした『火星シリーズ』は、地球から魂だけで太古の火星バルスームに転移した主人公ジョン・カーターが、悪党どもをなぎ倒し、ヘリウム帝国の皇女デジャー・ソリスと結婚するという、英雄譚の王道を行く冒険小説で、読者から熱狂的に迎えられました。

 この作品において、舞台は太陽系の惑星である「火星」となっていても、ここに科学的なものはほとんど見られず、文化も中世程度であり、科学的な用語は出てきますが、それに対する考察や理論はほとんど出てきません。「そういうもんなんでよろしく」程度で、むしろ魔法と見たほうがよさそうです。

 しかし、この単純明快で爽快な冒険物語は、「バローズ風」という表現が生まれるくらいにたくさんの模倣作を生み、その中でも何作かは良作・傑作として生き残っています。


『火星シリーズ』の中世的・魔法的な要素は、そのままヒロイック・ファンタジーとしてファンタジージャンルへと進んでいきましたが、一方、そのSF的要素を推し進め、より遠い宇宙空間や遠い惑星に舞台を求めたのが、『スペース・オペラ』と呼ばれるジャンルです。

 アメージング誌はじめ、たくさんのパルプマガジンに発表されたスペース・オペラ群は、ざっくり言うと「宇宙を舞台にした活劇冒険物語」です。

 スペース・オペラというジャンル名はもともと、西部劇をホース・オペラといったところからスタートしており、流れ者の主人公が冒険や危険に巻き込まれ、敵に勝利して恋人を手に入れるなどの定型をそのまま、宇宙を舞台にもっていったものという意味でつけられています。

 

 ある意味侮蔑的、あるいは自虐的な呼び方・呼ばれ方という気がしないでもありませんが、まだこの当時のSFは、まじめな小説とは見なされないB級娯楽小説でした。作品として優れたものもシリアスなものもなかったわけではありませんが、きちんと小説として認められるまでには、もうしばらく時間がかかることになります。


 このパルプマガジンとスペースオペラの時代の代表的な作家は、なんといってもエドモンド・ハミルトン、E(エドワード)・E(エルマー)・スミスの両名になるでしょう。


 エドモンド・ハミルトンは1940年代に活躍した作家で、『星間パトロール』、『キャプテン・フューチャー』、『スターウルフ』、『スターキング』など、明朗快活な主人公が仲間たちとくんで宇宙を駆けめぐる冒険物語をつぎつぎと発表し、非常な人気を得ました。

 なかでも『キャプテン・フューチャー』シリーズは非常な人気を博し、それ専門の雑誌である『キャプテン・フューチャー誌』が発行されていたほどです。日本でも宮崎駿によるアニメ『未来少年コナン』の後番組として、1978年、NHKでアニメシリーズが放映されたほどです。この当時は日本でも『宇宙戦艦ヤマト』や『スターウォーズ』、『2001年宇宙の旅』などに触発されたSFブームがさかんでした。 また、『スターウルフ』も、これを下敷きにした特撮シリーズが同じ年、円谷プロの手によって制作されています。


 悪党に科学者の両親を殺されたカーティス・ニュートンは、彼らが遺した人造生命や「生きている脳」に救われて成長し、太陽系最大の科学者にして冒険家、最大の宇宙船操縦士というスーパーマンに成長します。大きくなった彼は両親のかたきをとった後、宇宙船コメット号に仲間とともにのりくみ、太陽系を股にかける大冒険を開始します。

 ロボットやアンドロイド、放射線、異次元、異星人と、はなばなしいSFガジェットと痛快な冒険が入り乱れる作風はまさに娯楽スペースオペラの醍醐味であり、むずかしいことを考えずに冒険物語を楽しめるシリーズです。


 ただしハミルトン自身は後年、こうした明快痛快であっても底の浅い作品から方向転換し、小さな宇宙を創造するマッドサイエンティストものの名作として知られる『フェッセンデンの宇宙』などの、シリアスでペシミスティックな作品を発表してもいます。自分たちの住んでいる世界も、誰かが作った小さな箱庭かもしれないと示唆するこの作品は、今でも古典SFアンソロジーなどに採録されています。




 E・E・スミスは1927年、アメージング・ストーリーズ掲載の『宇宙のスカイラーク』で『スカイラーク』シリーズをスタートし、大人気をえました。

 その後、四作目まで書き継いだスミスが、場所を別のパルプマガジン、アスタウンディング誌に移して発表したのが『レンズマン』シリーズです。

 地球人である主人公キムボール・キニスンの成長と冒険を軸にしたこのシリーズは、主に太陽系内を舞台の中心にしていたハミルトンのキャプテン・フューチャーとくらべて銀河系全体を舞台にとっており、超越的な善の種族であるアリシア人と、相対する邪悪なエッドール人が支配するボスコーン陣営の対立を中心に、さまざまな冒険が語られます。

「レンズ」とは超越者アリシア人によって銀河パトロール隊員に与えられる認識票で、これをつけることによってテレパシー会話能力を身につけ、宇宙のあらゆる場所で法と正義の執行者として認められることになります。

 シリーズの中でキムは第二段階レンズマンから、特別な権限を付与された特殊捜査官グレー・レンズマンへと進化し、さらに、妻クラリッサとの間にできた、より進化した子供たちの二代にわたる活躍を描く物語へと進んでいきます。

 ハミルトンの作品がほぼ舞台を太陽系内に収めていたのにくらべ、『宇宙のスカイラーク』『レンズマン』で、スミスの作品はより舞台を大規模にし、銀河系・恒星系を越えて既知宇宙全体にまでそのわくを広げました。主人公キムは地球人ですが、先輩レンズマンや同僚たちの中には、ドラゴンのような爬虫類型異星人や、触手のついた直立するドラム缶のような異星人、五次元を通じて代謝活動を行う異星人など奇想天外な異種生命体が存在し、キムの所属する銀河パトロールは名前のとおり、さまざまな銀河系へ足を伸ばして冒険を繰り広げます。

 スペースオペラの枠を広げたスミスはファンたちから「ドク・スミス」「スペースオペラの父」とも呼ばれ、のちにスターウォーズを生み出すジョージ・ルーカスも、影響を受けた作家として彼の名前を挙げています。


 なお『レンズマン』も日本でアニメ化されており、キャプテン・フューチャーに遅れること6年の1984年、『SF新世紀レンズマン』のタイトルで映画が公開されてから、その続編という形でテレビシリーズが放送されました。


 明るく楽しいスペースオペラの流行はSFという設定を大衆化し、宇宙や未来における冒険を一般的なものとしましたが、もちろん、SF作家の中にはそればかりに飽き足りず、ダークな未来やシリアスな設定を書こうとするものもいました。

 来週はそのあたりの話からはじめたいと思います。ではでは。

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