5限目 2.ファンタジー論 タニス・リーとマキリップ、ファンタジーのリアル

 はいそれではファンタジー論いきますかー。

 前回は『創作神話』というくくりで、トールキンの『シルマリルの物語』とロード・ダンセイニの『ペガーナの神々』を紹介しました。どちらも、なまの『神話』を模作することによって成立している、一種の幻想小説で、ちょっと小説として通読するのは、いまの読者にとってはきついかな、という感じでした。


 で、今回は、その神話的な語り口をもうちょっと現代的な小説によせた作家を、ということで、二名の作家をとりあげたいと思います。タニス・リーと、パトリシア・A・マキリップです。



 先にタニス・リーからいきましょうか。

 ぶっちゃけて話しますと、私はファンタジー作家の看板で二十五年やってきときながら、いわゆる「ファンタジー」というものがあんまり好きじゃありません。

 好きじゃない、と言うと語弊があるかもしれませんが、なんかこう、アレだ、「異世界で王国があって戦争があって魔法使いがいてドラゴンがいてうんたらかんたら」というのは、なんかこうまっとうすぎてちょっと飽きがきてるというかなんというか。

『指輪物語』と並ぶファンタジーの古典、『ゲド戦記』の作者アーシュラ・K・ル・グィンは、ファンタジーに関する評論集『夜の言葉』の中で、異世界に生きているにもかかわらず、結局現代社会の普通の人物ドラマを描いているのと変わらない多くの「いわゆるファンタジー」を非難し、さらにこう語っています。


>「竜の物語に耳を傾けない人々はおそらく、政治家の悪夢を実践して人生を送るよう運命づけられていると言っていいでしょう。わたしたちは、人間は昼の光のなかで生きていると思いがちなものですが、世界の半分は常に闇の中にあり、そしてファンタジーは詩と同様、夜の言葉を語るものなのです」


 また、政治的な会話をしている現代的な国会議員の場面を、そのままファンタジー風の舞台装置にそっくりそのまま置き換えてみせた上で、


>「無意識への航海のあいだに起こる事件は日常的な理性の言語では描けません。心のより深い部分から来る象徴的な言語だけが、こうした事件を平俗におとしめることのない、それにふさわしいものとなるのです」


※『夜の言葉』というエッセイ集タイトルは上記のグィンの発言から来ているのですが、(むかしは高かったけどいま岩波現代文庫に入って安くなったのでよければ一読を。ファンタジーという形式に対して自覚的な視点を得ることができ、とても勉強になりますhttps://www.amazon.co.jp/dp/400602102X/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_mmAhzbWXZ9GA1)


 ほとんどの「いわゆるファンタジー」は、私にとっては「うんでもそれただの人間の話だよね?」に入ってしまうのが困りものなのですよ私にとっては。

 政治的などうこうやら経済的などうこうやら人情的などうこうやらを、わざわざファンタジーで読みたくないのですよ私。「うんでもそれって異世界じゃなくてもよくね? ってか魔法とかドラゴンとかじゃなきゃいけない理由は?」ってなっちゃうのですよ。


 もっとぶっちゃけた話をしますと、基本的に人間に対してほとんど興味がないのですよ私。人間とかほんとどうでもいいし、その辺がらみの政治の話とかも戦争の話とかも、恋愛がどうのこうのも、肉親友人どうのこうのとかも、もう本当に、もんのすごくどうでもいい。ただの人間ドラマが読みたきゃそういう本を読むわい。

 せっかくファンタジーを選んで、ファンタジーを読もうとしているんだから、ファンタジーでしか書けない話を読みたいし、書きたい。

 実をいうとそういう、私にとっての「ほんとのファンタジー」というのを書いてくれる作家は、かなり少ないです。プラス、抽象的な言い方になりますが、上記のグィンいうところの「夜の言葉」、「ファンタジーを語るための言葉・文体」をきちんと書いてくれる作家は、ほんとにごく少数。


 そんな中、デビュー前の学生だった私が、唯一心から心酔して、いまでも全著作を特別の棚に集めている作家のひとりが、英国のファンタジー作家、タニス・リーです。

 現在、ほとんどの作品が絶版や品切れを起こしていて手に入らない状態なのが悲しいのですが、いつだったか(たぶん高校生くらい?)、彼女の代表作『闇の公子』を読んだときの陶酔と衝撃はかなりのものでした。(萩尾望都さんのイラストがまた美しくて!)

 タニス・リーの特徴は、その美しく耽美的、かつ幻想味にあふれた文体にあります。美と官能のイメージが全編にあふれ、翻訳を担当された浅羽莢子さんの美しい日本語とあいまって、醒めない神話の夢と伝説の中へそのまま誘い込まれていくような現代のシェヘラザード、まさに『夜の言葉』を語る作家、それがタニス・リーです。


>まだ世界が平らだったころ、地底では妖魔の都が栄えていた。その都を統べる妖魔の王、絶大な魔力と美貌を誇るアズュラーンは夜ごと人界に遊び、無垢なものたちを誘惑して愉しんでいた。育て上げ寵愛した美青年シヴェシュ、残虐非道な女王ゾラーヤス、生まれる前にふたつに引き裂かれた魂シザエルとドリザエム……闇の公子の気まぐれないたずらは、あまたの人間の運命を変え地上を災いの種で満たしていく。ファンタジイ界の女王による傑作シリーズ〈平たい地球〉第1作、待望の復刊。(Amazonより)


 千一夜物語をイメージした異国的な言葉のつづれ織りによって語られる物語は、それ自体が散文詩のような美しさです。この『闇の公子』からスタートする〈平たい地球〉シリーズは、『死の王』『惑乱の公子』『熱夢の女王(上下)』と続きます。

 死の王ウールムと不死の両性者シミュの織りなす物語『死の王』、惑乱の公子チャズのたくらみにより人間の娘と恋という惑乱に落ちるアズュラーンをえがく『惑乱の公子』、この恋から生まれたアズュラーンの娘アズュリアズの運命と生涯をたどり、これまでのすべての登場人物が静かなるフィナーレを迎える『熱夢の女王』と、どれをとっても一級品のすばらしさで、読み直すたびに陶然とします。

 私が最初に投稿作を書いて賞に応募したとき、おそらく頭にあったのはこのタニス・リーと、そして浅羽莢子さんの美しい流れるような訳文でした。それが思いがけずに賞をいただいてデビューという運びになったわけですが、タニス・リーは今でも私のファンタジーのお師匠のひとりであり、目標の一つであります。


 一時、リーの作品はたくさん翻訳されていたのですが、今新刊で手に入るのは、『死の王』と……うわっ軒並み品切れじゃん!(泣)

 まあアマゾンでわりと手軽に古書が手に入りますが……とりあえず『闇の公子』はじめ上記〈平たい地球〉シリーズは、短編集『妖魔の戯れ』も含めて是非。

 それから幻想のパリを思わせる都パラディスを舞台とした連作〈パラディスの秘録〉(『幻獣の書』『死せる者の書』『堕ちたる者の書』『狂える者の書』)、ロミオとジュリエットをタニス・リー風に語り直した長編『影に歌えば』、SFレーベルから出てはいますがおそらくファンタジーに分類されるべきであろう人間の少女とロボットの恋物語『銀色の恋人』、短編集『ゴルゴン──幻想夜話』、『血のごとく赤く──幻想童話集』などが特におすすめです。初期作品として、『白馬の王子』『ドラゴン探索号の冒険』『冬物語』『月と太陽の魔道師』なども、ライトなヤングアダルト・ファンタジーと見せて、すでに後年の夢幻の幻想味をみせています。


 惜しむらくはリーが世に出るきっかけとなった長編「The Birthgrave」がいまだに未訳のまま残っていることですよ。とりあえず原文(英語)のペーパーバックをKindleに入れて少しずつ読んでいますが、これ、翻訳出ねえかな。出ねえだろうなあ……



 まあタニス・リーはファンタジーの中でも濃すぎて好みが分かれるほうであろう、というのは自覚していますので、もうちょっと読みやすくもひとり。

 パトリシア・A・マキリップ。

 これもまた高校生くらいの時に読んで衝撃を受けた作家で、長編『妖女サイベルの呼び声』は、記念すべきハヤカワFT文庫第一号でもあります。これは岡野玲子が『コーリング』というタイトルでコミカライズしています。

 作品……うわああこれも軒並み品切れ状態だ勘弁して(号泣)


>幽霊との謎かけ試合に勝って、大国アンで王冠を手に入れたヘドの領主モルゴン。だが王女と結婚すべくアンにむけて再び船出するや、船は難破し海に投げ出される。モルゴンの額の三つ星、執拗に彼の命を狙う、不気味な変身術者たち。数多の謎の答を求め、星を帯びし者は偉大なる者のもとへおもむく。ファンタジーの金字塔、謎の紡ぎ手マキリップの代表作『イルスの竪琴』第一弾。


 ハヤカワで長いこと品切れだったのが先日創元で再刊したと思ったらもうねえのかよ!(泣)もっと刷れよ創元! いや無理なのわかってるけど!!


「いわゆるファンタジー」と、道具立てそのものはほぼ似通っているマキリップ。たぶん、一般的にファンタジーの好きな人が「ファンタジー」と言われてイメージするもののすべてがそろっていると思うのですが、マキリップの違いは、その語り口と言葉。

 彼女もまた、ル・グィンのいう『夜の言葉』を語る作家です。高校生のころ、なんか違う……と思いながらいろんなファンタジーを読んでいて、ようやくぶち当たった『妖女サイベルの呼び声』および『星を帯びし者』に始まる〈イルスの竪琴〉三部作は、ようやく私の理想のファンタジーを見つけた!と有頂天になるにふさわしいものでした。

 複雑にもつれ合う謎とモルゴンの帯びた星の秘密、イルスの竪琴と呼ばれる鳴らない竪琴、王国の戦いと絡みあう創世の魔法……と、こう並べてみると「どう普通のファンタジーと違うの?」と首をかしげるかもしれませんが、行間から、はるかな風とため息のような竪琴の響きが流れ出してくるような語りは、ただ単に人間の話を異世界に持っていっただけの「いわゆるファンタジー」とは一線を画します。

 

 こればかりはどう伝えようもないので、とにかく読んで、感じてみて! としか言えませんが……

 いやあ、むかーしの、山岸涼子さんの、和の風味も加味した美しいイラストで飾られたハヤカワ文庫版〈イルスの竪琴〉は綺麗だったなあ(泣)

 アマゾンだとこっちのハヤカワ文庫版はなんか1円プラス送料の300円くらいで買えるみたいなので、古書に抵抗ない方は新版よりもぜひこちらで。

 ほかにもマキリップの作品は一時期創元さんからたくさん出たんですが、そちらもおすすめです。〈イルスの竪琴〉が気に入ったらどうぞ。


 なんかこうファンタジー論といいながら大多数のファンタジーdisみたいな感じになって申しわけないのですが、こう、あれですよ、「ドラゴンが出てればファンタジー」「魔法が出ればファンタジー」「異世界ならファンタジー」的な区分けももちろんアリっちゃアリですし、人間の話とかつまんねえしーとか言い放つ私のほうがおかしいのはとてもよくわかってるのですが、やっぱりこう、私の求めるファンタジー、考えるファンタジー、理想とするファンタジー、となると、こうなってしまうのですよ。


 いや、単に「おもしろい話」という区分けであれば、気楽に楽しめる異世界戦記とか魔法バトルとか、もう大好きですけどね。先日も「ヤクザの鉄砲玉が敵の組長の召喚したメソポタミアの邪神と戦う」っていうすげえバカな設定の「ヤクザ・ヴァーサス・エンシェント・シングス」っていう話を聞いてえっなにそれおもしろそう! つか書きてえ! って思ったし。いや本気でわりと楽しそうだろコレ。ガイジンさんの想像する間違ったニッポン(『ブラック・レイン』とか『ブレードランナー』とかの)舞台にして書いたらめちゃくちゃおもしろいんじゃないかこれ。


 なんつーかこう、「ファンタジーだからこう」っていうか、「ファンタジーのお約束守っとけばいいや」「ファンタジーしか読まずにファンタジー書いてます」みたいなのを見ると、こう、背中がむずっとするみたいなんですよ私。

 上記のル・グィンはもともとSF作家ですし、タニス・リーもマキリップも、ファンタジー要素強めとはいえSFも書いていますし、今たぶんいちばん楽しく読んでるファンタジー『氷と炎の歌』シリーズ(洋ドラ『ゲーム・オブ・スローンズ』原作)のジョージ・R・R・マーティンも、どっちかというとSFのほうの人(『サンドキングス』『ワイルド・カード』『タフの方舟』)だし。吸血鬼もののモダンホラーの佳作『フィーヴァードリーム』とかも書いてるし。

 SF的な科学思考はあんまり持ってない私ですが、「ファンタジーだからこう」と規定されるのは、それを逆手にとったユーモアであったりしないかぎり、なんかこうフワッとしただけのものがファンタジーだと言われるのはイヤなんすよ。

 SF作家であるマーティンが書いてるファンタジー戦記の『氷と炎の歌』を飽きずに楽しく読んでるし、ドラマもしっかり見てるのは、そのへんのリアリティの地平ががっちり定められた上で、きちんと異世界してるからだと思います。ハイ。


 さて、じゃあ来週は、そのファンタジーのお約束を逆手にとって書かれた、ユーモア・ファンタジーのおすすめでもいたしましょうか。

 そんではー。

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