11限目 2. ファンタジー論 スチームパンク

 先週あげられなかった分すいません、遅ればせながらこちらでも簡単にまとめておきますね。

 

 今回はスチームパンクに関してざっと見ておきましょう。

 スチームパンクとは大まかにいって、産業革命時代の架空のヨーロッパ(多くはヴィクトリア朝ロンドン)を舞台にし、そこで冒険をくり広げる物語です。実際の歴史と比べると蒸気機関が大幅に発達しており、現代社会におけるコンピューターやロボットまで、蒸気機関によって実現していたりします。そうしたレトロフューチャーと呼ばれる、ヴィクトリア時代の人々が空想した機械をそのまま実現したようなものが闊歩している世界です。

 全体的な雰囲気として、初期のSFであるH・G・ウェルズやジュール・ヴェルヌの冒険小説を彷彿とさせる雰囲気を持っており、どちらかというと改変歴史ものとしてSFのカテゴリに入れられるようですが、見たところ、読者の傾向としてはファンタジー・ファンのほうがたくさんついているようなので、この講義でもファンタジーのジャンルとして扱います。

 

 スチームパンク、という単語を最初に使ったのは、ジェイムズ・P・ブレイロック、ティム・パワーズ、K・W・ジーターの三人の作家です。

 ジーターが出版社への手紙の中で使った「スチームパンク」の語が初出とされていますが、これは、当時SF界で大流行だった「サイバーパンク」の向こうをはったネーミングであると言えます。サイバーパンクが電子とコンピュータのデータ世界をフィールドとして革新的な物語を描いたのに対し、蒸気機関がもっとも優れたテクノロジーであった時代においてサイバーパンクのようなイカれた物語を書こう、という意図があったようです。

 ブレイロックの作品『ホムンクルス』、ティム・パワーズ『アヌビスの門』、K・W・ジーター『悪魔の機械』はどれもハヤカワFT文庫で訳出されていますが(どれも品切れ)、上記のスチームパンクの特徴をはっきりあらわしています。アナクロな蒸気機関が活動する中で、古式ゆかしいとさえいえる科学者や冒険者、少年少女、邪教集団、時間遡行者などが入り乱れ、複雑な冒険物語を語っていきます。


 当初、SFの中の一ムーブメントとして出発したスチームパンクは、ファッションやアートの分野に進出することでより一般的な知名度を得るようになり、やがてバネや歯車などの機械装置が登場するファンタジーも、ひろくスチームパンクと総称されるようになっていきます。

 SFの中のスチームパンクとして知名度が高いものに、ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリング『ディファレンス・エンジン』があります。スチームパンクの語を生む元であるところのサイバーパンクの大物SF作家である二人は、実際にヴィクトリア朝において、チャールズ・バベッジにより構想された計算機「階差機関(ディファレンス・エンジン)」を実際に使用されていたものとし、それによって確立されたスチームパンク世界のネットワークと、ネットワーク上に現れる知性を描いています。この作品はスチームバンクの性質もサイバーパンクの性質も両方持ち合わせており、どちらにおいても評価の高い、記念碑的な作品とされます。

 

 その後、スチームパンクは一般化し、拡大していく上でたくさんの作品が世に送り出されました。

 ラヴィ・ティドハー「革命の倫敦」に始まるブックマン秘史三部作は、トカゲ型の異星人によって支配された異形のロンドンで、人類とトカゲ族、そして〈ブックマン〉と呼ばれる謎の存在との相克を描いています。ティドハーはこの作品でほとんど「なんでもあり」を実現していて、既存の古典の登場人物(デュマ『三銃士』、ドイル『名探偵ホームズ』など)をキャラクターとして採用し、地球に墜落した異星人やそのテクノロジーと、スチームパンク的なレトロなテクノロジーを並列した冒険物語をくり広げます。

 スコット・ウエスターフェルド『リヴァイアサン』から始まるダーウィニスト/クランカー三部作は、遺伝子操作が高度に発達し、機械文明の代わりに遺伝子操作を施した動物を使用するようになったイギリスやロシアをはじめとする「ダーウィニスト」陣営と、ドイツ・オーストリアなど、蒸気機関とエンジンを使用する機械文明の「クランカー」陣営が対立する、架空の第一次世界大戦を描いた物語です。ストームパンクお約束の蒸気やウォーカーといわれる乗用二足歩行メカもですが、ダーウィニストによる遺伝子を操作された動物の描写が楽しく、一巻のタイトルにもなっている、クジラの遺伝子を持った空飛ぶ巨大生物リヴァイアサンと、そこに乗り組む男装の少女デリン、そして流亡の帝国公子アレクサンダーとのじれったいボーイ・ミーツ・ガールがたいそう魅力的。

 マーク・ホダー『バネ足ジャックと時空の罠』から始まる大英帝国蒸気奇譚シリーズは、ヴィクトリア朝に実際に出現したとされる謎の怪人バネ足ジャックを中心にし、タイムトラベルによって改変された蒸気のロンドンと、実在の人物によってくり広げられるかなり歴史SF寄りなお話。とはいえそこは交霊会やオカルトの盛んだったヴィクトリア朝を扱っていることもあり、シリーズが進むと亡霊や怪奇現象なども出現してくるのはやはりスチームパンク的。

 ファンタジー寄りのスチームパンクでは、ゲイル・キャリガー『アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』に始まる英国パラソル奇譚、およびそのスピンオフというか前日譚にあたる『ソフロニア嬢、空賊の秘宝を探る』に始まる英国空中学園譚を。

 この作品世界では、蒸気文明の発達に加え、人狼や吸血鬼が人間に混じって暮らしているという設定で、彼らは異界族と呼ばれてそれなりに人間と共存しています。英国パラソル奇譚の主人公アレクシアは、魂を持たないという特殊な生まれつきのため、恐怖や悲しみといった感情に薄く、なおかつ、触れることによって異界族を無力化できるという能力を持っており、このために、さまざまな事件に巻き込まれる、というか、自ら飛びこんでいく羽目になります。

 その少し前の時代にあたる英国空中学園譚では、おてんば少女のアレクシアが、母によって送り込まれた飛行船の中のフィニシング・スクール(いわゆる花嫁学校)が、実は女性スパイ養成機関だった! という物語で、アレクシアと仲間たちのスパイ学校生活と国家的陰謀、そしてアレクシアの恋をからめて語ります。


 日本のライトノベルやコミック、ゲームでもスチームパンク的世界は多く取り上げられており、技術文明と魔法の同居などを含めると膨大な数にのぼると思われますが、現在も進行中かつスチームパンクのお約束に沿った作品として榎宮祐『クロックワーク・プラネット』、伊崎喬助『スチームヘヴン・フリークス』を。

 ゲームでは、ちょっと昔の作品になりますが、典型的スチームパンクの道具立てを日本の大正時代に持ち込んだ世界観で、『サクラ大戦』。海外のスチームパンクとはひと味違った料理方法が見られます。

 アニメでは大友克洋の監督による映画『スチームボーイ』(2004)。まさにスチームパンクの定番的冒険活劇映画。


 さて、ここでアニメを見てもらいたいと思いますが、『巌窟王』(2004)です。

 デュマによる古典的冒険小説「モンテ・クリスト伯」を、未来に舞台を移してアニメ化した本作ですが、ここでは、「上流階級は贅沢なファッションとしてわざとローテクなもの(馬車や短剣、古風な衣装、アナログ時計など)を使用する」という設定のもとに、未来的なハイテクと、古風なぜんまい文化が同時に存在する世界が描かれています。

 原作「モンテ・クリスト伯」からかなりアレンジは加えられているとはいえ、クラシックなルナの町並みを行き交う馬車と、時計塔をかすめて飛び立つ宇宙船が同時に存在するビジュアルは、CGを効果的に使用した美しい画面とともに一見の価値はある名作ですので、一度ちょっとご覧になってくださいまし。

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