7限目 1.エンタメ論 ミステリその周辺

 ども五代です。六月ですねえ。もう半年すぎたのかっていうか自分もヨタヨタしながら講師仕事三ヶ月目ですけど、はたしてちゃんと面白がってもらってるのか疑問のところです。いやもうちゃんと授業に出てきてもらってるだけでも万々歳なんですけど。


 えと、先にレポートのこと書いておきますが、とりあえず私の講義は、出席がある程度あれば、基本的に単位はぜんぶ出します。大丈夫です。

 レポートも一応提示してありますが、あれはあくまでプラス点として計算しますので、出してくれれば70点が80点になったり90点になったりするだけです。まあ興味と余裕のある人は出してくれると私が嬉しい、というだけのことなので、出さないと単位取れないとかいうことはありませんです。

 とりあえず告知はまた学内の掲示板見てくださればと思いますが、そんな感じで。


 さてエンタメ論、前半でだいたいミステリの歴史と古典をざっと概観しまして、後半はホラーへと移っていきたいと思いますが、その前に、本格ミステリ以降のサブジャンルについてざっと見ておきましょうかね。


 本格ミステリ、と言われる作品群からは、以降、さまざまなジャンルが枝分かれしつづけています。

 旧来の名探偵へのアンチテーゼとして登場したもので、いわゆる私立探偵、ハードボイルド物の存在が挙げられますね。本格ミステリが技巧的、貴族的、遊戯的になっていくのに対して、もっと社会の暗部や人間関係のもつれを、現代的な感覚にあわせて描いたキャラクターとシチュエーションが現れてきました。

 やはり代表はレイモンド・チャンドラー、およびダシール・ハメットの二人があげられるでしょう。チャンドラーの『長いお別れ』『さらば愛しき女よ』『大いなる眠り』などに登場する私立探偵フィリップ・マーロウとそのクールながらも叙情的な語り口にはファンが多く、文学界からも評価は高いようです。最近だと、村上春樹がチャンドラーの新訳を出してましたね(早川書房)。個人的にはもう『長いお別れ』は『長いお別れ』だし『さらば愛しき女よ』は『さらば愛しき女よ』なので、突然『ロング・グッドバイ』とか『さよなら、愛しい人』なんて言われてもぴんと来ないのですけど。

 ダシール・ハメットの探偵サム・スペードのほうは、チャンドラーよりもかなり暴力的でアクションに重点が置かれ、叙情的な部分がほとんどない、冷酷非情なストーリーが展開されます。『血の収穫』と『マルタの鷹』が長編では有名ですが、前者は名無しの探偵コンチネンタル・オプ、後者は探偵サム・スペードの登場する、乾いた暴力とセックスと死が交錯する物語は、確かにちょっと心がすさむ。ハメットは実際にピンカートン探偵社で働いた経験をもとに作品を書いていたそうですが、チャンドラーの叙情を女々しさや気取りととるか、それとも文学性ととるかによって、ハメットの暴力性と、主人公の内面に一切立ち入らない完全客観スタイルは評価がわかれることでしょう。後世のハードボイルド作家はさかのぼればこの両者のどちらか、あるいは両方に根っこを持っていると言っても過言ではないと思います。

 チャンドラーのスタイルを継承した作家としてはロス・マクドナルドのリュウ・アーチャー(『さむけ』『ウィチャリー家の女』など)ハメットをもっと過激に、扇情的なスタイルで推し進めたミッキー・スピレインの探偵マイク・ハマー(『裁くのは俺だ』『大いなる殺人』など)がいます。私立探偵物はこういったハードボイルド・スタイルからさらにソフトボイルドとよばれる、探偵が非情を貫くのではなくもっと人間的なユーモアや暖かみをもって事件にあたるもの(パーネル・ホール『探偵になりたい』『犯人にされたくない』『お人好しでもいい』など)より一般に受け入れられやすいスタイルかへ発達し、それとは逆に、暗黒小説とよばれてひたすら人間の暗黒面へと沈み込んでいく作品(ジェイムズ・エルロイ『ブラックダリア』『ホワイト・ジャズ』『LAコンフィデンシャル』)なども多く出現してきています。

 個人的にはいまは、ドン・ウィンズロウに注目中。少年ニールを主人公にした『ストリート・キッズ』から、『砂漠で溺れるわけにはいかない』『仏陀の鏡への道』『ウォータースライドをのぼれ』『高く危険な道をゆけ』へと続く四部作、小品ではありますが佳品の『ボビーZの気怠く優雅な人生』などを経て、最近は『犬の力』『ザ・カルテル』など、オフビートでユーモラスな語り口と乾いた叙情の漂うドラマで、たいへん読ませる作家です。


 ハードボイルドが男性の好むスタイルだとすると、女性の好むスタイルはコージー・ミステリと呼ばれるものになるでしょうか。コージーはティーポットにかぶせる保温カバーのことで、お茶とケーキを楽しみながら、気軽に読める日常的で穏やかな作風のミステリを意味します。アガサ・クリスティの品の良い事件と推理をユーモアを交えて語る作風を受け継ぎ、主人公の多くが女性または若い男性で、多くはロマンスも交えられ、日常の暮らしの中で起こる事件とそれに巻き込まれた素人探偵たちのドタバタ劇、といったスタイルをとります。お料理や本、占い、ヘンな親戚や家族、恋愛に結婚やご近所づきあいなど、日常生活に巻き起こる出来事が事件そのものと同等、ひょっとするとその日常生活の中に解決のヒントが埋まっているという物語は、青春恋愛ものとの融合を果たし、現在、メディアワークス文庫その他で大ヒット中の『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズ(三上延)などへもストレートにつながっていくものでしょう。

 ひょっとしたら、いかつくて男っぽいハードボイルドより、現在はこちらが隆盛かもしれません。原書房からはコージー・ミステリ専門のレーベル「コージーブックス」があって、さまざまなコージーミステリがばんばん翻訳されていますし、『ビブリア古書堂』のヒットから、日本でもライト・ミステリ系の大きな潮流として、こうしたコージーな青春ミステリ・日常の謎ミステリがヒットを続けています。

 本、猫、お料理、コーヒー、妖怪など、いろんな味付けの作品がありますが、私は昔っからこの方面ではシャーロット・マクラウド(アリサ・クレイグ)(『納骨堂の奥に』のセーラ&マックス、『にぎやかな眠り』のシャンディ教授)とジル・チャーチル(『ゴミと罰』主婦探偵ジェーンもの)、ドナ・アンドリューズの鳥ミステリ(『庭に孔雀、裏には死体』メグ・ラングスローもの)などがお気に入り。特に、シャーロット・マクラウドとジル・チャーチルの、浅羽莢子さんによる翻訳はとてもユーモラスできれいで品が良く、今の私の文体の基礎のひとつになっていると思います。

 

 ハードボイルド物からさらに分かれて、警察小説、サスペンス、冒険小説、スパイ小説など、「事件にかかわった主人公が事態を打開しようともがく」物語はさらに多岐にわたって広がっていきます。

 警察小説のもっとも代表的な古典はエド・マクベインの87分署シリーズ(『警官嫌い』をはじめ多数、ドラマ化・映画化も多い)、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーのマルティン・ベックシリーズ(『ロゼアンナ』『笑う警官』『サボイ・ホテルの殺人』など)でしょうが、さらに日本では横山秀夫の日本的な情緒を生かした『半落ち』『64』『臨場』など、またちょっと変わった口ですが、機甲兵装と呼ばれるロボットスーツが実用化された近未来の日本を舞台にする月村了衛『機龍警察』シリーズなどがあげられます。


 ミステリから謎解き要素を取り、困難なシチュエーションに全力でぶつかっていく男たちの姿を描いた冒険小説も多く、有名なのはアリステア・マクリーン(『女王陛下のユリシーズ号』)、ジャック・ヒギンズ(『鷲は舞い降りた』)ギャビン・ライアル(『深夜プラス1』)、ジョン・ル・カレ(『寒い国から帰ってきたスパイ』)、ディック・フランシス(『競馬シリーズ』)といったところ。これ書くのに調べたんですけど、007シリーズのイアン・フレミングはwikiではこっちに入れられてました。まあなあ。あれはさすがにリアルじゃないわなあ。ていうかスパイアクション系とかサスペンス物とかいっしょくたにここに入れられてんのか。

 ほかにもアメリカではクライブ・カッスラーやトム・クランシー、トレヴェニアン等がいるんですが、すいません、どうも私の英国小説好きはこっちにも顔を出してて、アメリカ物よりやっぱり英国冒険小説が好きなのです(しかも菊池光さんの翻訳で)どうもアメリカ作家のはいまいち荒いというか、ぴんと来ない。

 中でも心の師匠としてひときわあがめているのか『競馬シリーズ』のディック・フランシスです。この人、競馬の騎手をやっていて、一時は女王陛下の騎手にまで登りつめたのですが、ケガで引退、その後競馬新聞記者の仕事に就き、そこで磨いた簡潔明瞭な文体で、読みやすくクールでかっこいいさまざまな長編を書きました。

 上で浅羽莢子さんによる訳文を自分の文体のルーツに挙げてますが、もう一人、この菊池光さんによるディック・フランシスはじめ、英国冒険小説やスパイ小説の翻訳文も大きく影響を受けております。たぶん直訳調で、あまり日本語としては読みやすい物ではないのですが、不思議とクセになる文体で、このお二方にプラスSFの浅倉久志さんの翻訳文の影響で、たぶん私の文体は成り立ってると思います。

 


 ううーむ。どうも取りこぼしが多すぎるように思えてなりませんが、根本的なところをざっと紹介するとこんなもんかしら。

 てか世間では冒険・サスペンス小説の範疇にディーン・R・クーンツやスティーブン・キング、ロバート・R・マキャモンなんかも入るんですね。三人ともどっちかというとホラーの人だと思ってたのでちょっと意外。確かに非ホラー小説も書いてるけど。

 てか、やはり「謎を解く」「困難な事態を打開する」というストーリーの単純ながら明快な奥深さはあらゆるエンタメの根源なのだから、作家がどのようなジャンルに分類されようとどうということはないのだ、とも言えるかもしれません。

 てなわけで次からはホラーの世界へ。ミステリとホラーは相性のいい取り合わせで、ファンタジーもSFもまたいい取り合わせなんですけど、またそのあたりは続きに。


 えと、あと来週私東京から帰ってきたばかりの時に授業で、たぶんしゃべる元気がないのと、あと準備してる時間もないので、ちょっとずるして三本ほど作品を上映します。特撮です。ウルトラマンギンガSとウルトラマンXと牙狼─GARO─からそれぞれ一本ずつ。

 ニチアサのライダーとかに比べてまだ見てる人が少ないと思われる新世代ウルトラマンおよび深夜特撮の牙狼ですが、どちらもハリウッドのお金かけた派手な特撮がなくとも、ストーリーと工夫ですばらしい作品ができあがるというひとつの例として、ちょっと見せておきたいと思います。では次週。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る