第2話 出入り禁止
新人は一日もてば三日持つ。三日持てば一週間もつ。一週間持てば一ヶ月もつ。一ヶ月持てば三ヶ月もつ。三ヶ月もてば一年もつ。そんな都市伝説のような言葉が飲食店業界にあった。いや、他の職種もかな? 働いていないのでわからない。
とりあえずの一ヶ月が経ち、我々同期で残った新人三人の歓迎会をすることになった。場所はいつも出入りしている大衆居酒屋であり、中途入社の方にも声をかけた。先輩も途中から駆けつけてホールの若い女の子も参加した。
「彼女はいるかい? いないなら童貞かい? 」
鉄板ネタの質問で場をなごまして自己紹介など改めて行う。土曜日の深夜に行われた宴では、仕事で疲れた最初の一杯のビールが喉に染み渡る。いつも思うが世界で一番美味いかもしれない。
酒が進み同期同士では仕事の話になり口論になった。
「お前がいつも遅刻ギリギリで来るから朝セットが間に合わないんだよ! 」
「違うよ。お前の仕事がトロいんだよ。手を早く動かせばいいじゃん」
「なんだとこの野郎! 」
「早く出勤して仕事してたら、いつまでたっても手は早くならないよ。出勤時間ギリギリにきて急いで仕事したほうがいいだろう。俺、朝はゆっくり寝たいし」
「それはそうかもだけど。お前は後輩の面倒もあまり見ずに、自分の仕事ばっかしていてずるいぞ! 」
「別にいいじゃん。他に面倒見る奴はたくさんいるんだし。俺もっと出世したいから上の仕事したいんだよね。お前は上の仕事したくないの? もう諦めて逃げたの? 」
「なんだと、この野郎! 」
つかみ合い寸前の一触即発状態になる。最近いつもこうだ。仕事の話をすると意見が対立して喧嘩が始まる。まだ手は出てないが時間の問題だ。私は平和主義であり二人をなだめる。
「お前だって後輩の面倒ばかりじゃなくて、もっと上の仕事を積極的に盗みに行けよ! お前見てると歯がゆくなるぜ」
私にもディスり始めた。一年間も一緒に仕事をすると相手の性格も大分わかってくる。仕事に対する姿勢、それは私自身の課題でありわかってはいるのだが......
その時、仕事の時はおとなしい中途入社の方がホールの女の子に絡んでいるのが見えた。女の子は嫌がっており他の同期が
「やめときましょうよ! ねっ」
諌めているがその方は体が大きく誰にも止められない。
「もうやめましょうよ。ねっ」
女の子が気を利かせていつもの癖で空いたグラスを片付けようと近づくと
「なんだ、テメェ! 」
でかい手を振り回し女の子の頬をかすめた。その瞬間、一緒に飲んでいた先輩がブチ切れた。
「何してんだ! テメェ! 」
鮮やかなフックが顎先に決まりデブがひっくり返った。そのあとは乱闘になった。テーブルの上の皿、鳥の唐揚げやエイヒレの炙りがひっくり返り、他の人間も加勢してめちゃくちゃだ、女の子の悲鳴がこだまする。
先輩はデブにマウントを取り顔を近づける。
「女に手あげるんじゃねぇよ。わかってんのか? あっ? 」
すごい迫力だ。口から血を流しているデブはようやく観念した。もともと酒乱の癖があったらしい。初めて飲んだので知らなかった。
「お前、こいつを店から叩き出せ! 」
なんで俺が......近くで傍観していた私に命令が下った。嫌だったが店のトイレットペーパーをデブに与えて止血してもらい、フラフラの百キロ近くの体を支えて長い階段を登り、タクシーを捕まえて中に押し込んだ。
「あんたは酔ってるから覚えてないかもしれないが一応言っとくよ。今日したことをよーく反省しろ! 素面に戻った時に覚えとけよ。ふざけんなよ。お前! 」
タクシーを見送る。言いたいことは言ってやった。人生の先輩だがバカに尽くす礼儀などない。
私たちは落ちた食べ物、割れたグラスを拾い集め、床をオシボリで拭いてから店に謝罪した。私たち御一行はその居酒屋を出禁になった。
月曜日朝一に中途入社の方が現れて謝罪してきた。全く覚えてないらしい。これだから酒乱は嫌いだ。ヘコヘコ謝る態度すら腹立たしくてしょうがない。私は目を背けて無視した。
女の子にも謝罪して一応一件落着したがそれ以降、同期で飲みに行く機会は減っていった。同期の中にも対立が生まれていく。
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