すし屋の小僧
ヨシクボ
第1章 迷走の十九・二十歳
第1話 大学中退
桜の花びらが舞い散るどこか浮かれた雰囲気の中、新入生が笑っている。親と一緒に幸せそうに写真を撮る者、新しいスクーターで初めて通学して悦に浸っている者、友達づくりで片っ端から声をかける者、新生活を前にどこか不安そうにしている者。
あれから大学生活にも慣れて、旅行の計画や車の免許取得、教授のテストの傾向を先輩に聞く後輩、将来に備えて研究室に顔を出す者達。大学生活にも慣れて、学食の定番のメニューや広い大学内の教室の位置、学生協に安い文房具がある事も分かってきた。生徒同士打ち解け学祭だ、留学だ、就職だと徐々に人生経験を積んで行く若者達。
「何か違う」
大学の授業を聴きながら漠然と思う。サークルにも入って友人もできたし、勉強にも力をいれて成績はほぼAプラスを維持している。
アパートに帰ってツタヤでレンタルしたエロDVDを見ている時、大学の課題でパソコンで作業をしている時、サークル活動で休憩時間中のちょっとした時に考えてしまう。
「本当にこのままでいいのだろうか? 」
大学の入学金、アパート代は親が払ってくれた。国立ではなく私立なので高額だ。今更何を言っている? お前が選んで入った大学だろう? 確かに高校時代お前は勉強をしてこなかったので三流大学にしか入学できなかった。周りの人間が受験勉強で焦っている姿を見て、周りに合わせてとりあえず大学に来ただけだろう? 大学生という響きは体裁もいいしな。いいじゃないか。このまま何となく卒業してそれなりの企業に就職できれば安泰だろう? 今の時代、学歴は重要だぞ。
わかっている。わかっているが......夜眠る前にもう一人の自分に問いかける時間が増えて不眠症になってしまった。この思いを四年間抱えたまま過ごせるとは考えられなかった。
冬休み、田舎に帰って両親に話した。
「大学辞めていいかな? 」
「あんたずっと元気なかったもんね。成績は親のところにも届くから頑張っているのは知ってる。成績不振でそんなこと言うなら張り倒すところだったけどね。いいよ。ずっと悩んでたんだろ? 」
寛大な両親のおかげで私は決心できた。大学の友人に何も言わずに大学事務所に退学届を出した。漫画だと主人公が一方的に
「大学、辞めてきたよ」
いきなり言って親を怒らせ物語は進んでいくが、現実では保護者の同意書は必須だ。いきなり自主退学はできない。膨大な書類と手間、購入した教科書やパソコンの重みが保護者への後ろめたさを増幅させる。大学で知り合った友人や先輩の連絡先を消去するか苦悩する。一人だけ逃げ出すように感じ、事情をいちいち説明するのも面倒だった。
進路相談の先生がやたら止めにきたが無視した。グループ実習の授業だけは最後まで出席して仲間に迷惑をかけないようにして、進級する前の三月に静かに大学を去った。
アパートの荷物をまとめて大家さんに挨拶する。アイロン台を借りたり、生活に必要な情報を仕入れてくれたり仲良くしていたおばさんだ。しかし自分のような生徒は毎年いるらしく大して珍しくはないらしい。淡々と事務的作業を行い
「それじゃ、頑張ってね」
ビジネスライクにあっさり別れた。結構ショックだった。何に頑張れと? これからの社会の荒波に対してですか? 上等だよ!
なぜかキレ気味にアパートを振り返らずに駅に向かった。
今でも悔やんでいますが、当時心配してくれた友人と私は連絡を取らなくなってしまいました。
「話すことなんてない。自分で決めたことなんだから」
言い聞かせて自分で自分を洗脳していました。聞く耳をもたず偏屈になっていました。他人に決断を否定されるのが嫌で、私は自分の世界に閉じこもってしまう傾向があります。若さとは恥をかいてもいい時期なのに。友人は貴重なはずなのに、実に勿体無いです。
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