第3話 お仕事②
唯一の楽しみに賄いがあったが、そこで働く食堂のおばちゃんの態度が最悪だった。新人が最後に食べる順番が回ってくることを分かっていながら、おかずを残しておいてくれない。
「あんた達が来るのが遅いから悪いんでしょ! 」
タバコをふかして煙を鼻から吐きながら怒鳴られる。こっちは仕事で仕方なくこの時間に来るしかないのだ。なので新人の仕込み組は大体、納豆卵かけご飯が主な食事だった。おかずをキープしておいてくれと頼んでも拒否される。私はこれで納豆が好きになったのだが、それはどうでもいいですね。
「私、早く帰りたいのよね。あんた達がもっと早く食べにくればいいだけでしょ! 」
ちなみにおばちゃんと喧嘩したある先輩は二年間、おばちゃんが食事当番の時は食堂で食べずにコンビニで済ませていた強者だった。
「俺は死んでもあいつの作った飯は食わない」
どちらも相当な頑固者であり変態である。
また仕込み当番の新人は食器の片付けを手伝う事を強要されていた。急いで冷や飯を食べた後に早く仕込みに戻らなければならない中
「私、早く帰りたいからさっさと片付けなさいよ」
テーブルに座りタバコをふかしながら偉そうに命令する。片付けで食器を戻す位置を間違えると
「そこじゃないでしょ! 頭悪いわね! 」
最初は渋々従っていた我々だったが、あまりの傍若無人の態度にストライキを起こして、一切準備の手伝いも片付けもしなくなった。
「今日忙しいんで! 」
「俺、飯いらないです」
あらゆる理由をつけてストを実行していたが、おばちゃんは社長に相談したらしく我々は先輩達に怒られた。しかし同情する意見も多く味方も現れて「片付けはしなくても良い」ことに決まった。おばちゃんは納得していなかったが、我々はおばちゃんに勝利して仕事がやりやすくなり、おばちゃんの頼みごとをあしらう術を学んでいった。
思えばこの頃から同期との飲み会も増え始めて団結力が深まっていった。結束を高めるためには共通の敵を作る事。先人の言葉は偉大である。
数年後、食堂のおばちゃんは一緒に働くバイト仲間へのパワハラが原因で、おかみさんの逆鱗に触れてクビを宣告された。そのパワハラされたおばちゃんがバイトリーダーとなり食堂には再び平和が戻り、喧嘩していた先輩も食堂へ来るようになった。
世の中にはとんでもない人間がいるんだとカルチャーショックを受けた人物だった。
夜の営業中の仕込み当番は、昼間できなかった仕込みと明日の朝には終わらせておかなければならない仕事をする。昼の営業中ほどには忙しくはないが、やっておかないと朝早く出勤する羽目になってしまう。
だが食事をして満腹になり静かな空間で作業をしていると睡魔が襲って来る。
「いかん、いかん」
自分を叱咤し冷たい水で顔を洗うが全く効き目はない。次第に瞼が落ちてきて体がゆらゆら揺れ始める。特に細かい一定の作業しているともうダメだ。新人があらゆるところで目の前の水の溜まったボールに頭を突っ込む場面を何度も目撃した。
私は「芝海老の背わた取り」が一番きつかった。飲食店あるあるかもしれないが、多分新人の方ならわかると思います。地味で単調な時間のかかる作業です。思い当たる節がありませんか?
大量の仕込みと睡魔と戦った後は営業終了後の後片付けだ。大きなヒノキのまな板、残ったシャリのお櫃、パイリッシュ、内線の電話。モタモタしてると終電に乗れなくなってしまうので必死になって片付ける。先に帰る先輩に挨拶をしながらでも手を止めてはいけないのだ。
最後に破れそうになるくらいパンパンなクソ重いゴミ袋をまとめて玄関前に出して、戸締まりでセコムのロックをかけ着替えてから、店から駅のホームまでダッシュで向かいなんとか終電に乗る。ここでも油断して居眠りすると終点駅まで行ってしまうので注意が必要だ。
コンビニで軽食を買ってから部屋に戻りシャワーを浴びてテレビを見る。もう日付は変わってしまい深夜だ。明日の目覚ましアラームをセットしておかないと致命傷になるので、忘れずにセットして布団に潜り込む。
今日一日怒られた事を振り返りながら、体はクタクタで仕事の事を考えたくないのに、明日の段取りを考えながら眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます