第8話 リトル寿司屋
日曜日は休みのために残った使えそうな食材は翌日に支店に運ばれる。主に野菜ばかりだが熟成した方がいいネタもあるので旨味が増したりする。しかし白身の尾っぽや数貫分だけ残ったネタ等、支店に送るのには忍ばれるネタもある。先輩はそう行ったネタを集めて新人に与える。
「お前らがこのネタをどう使おうが自由だ。いらないなら捨てろ」
そういい残して帰ってしまうのが土曜日の恒例だった。板前も先輩もいなくなり残っているのは後片付けで残っている新人だけだ。マッハで片付けを終わらし携帯で音楽を鳴らしながらノリノリでネタを一貫づつ切りつけていく。疲れ切ってるはずだが、冗談を交えながらみんなの表情は明るい。明日は休みで、今は小うるさい人間もいなくなり自由な時間の始まりだ。パーティーだ。
コンビニで酒を買ってきてみんなで乾杯する。火照った体に冷たい炭酸の喉越しは殺人的に美味しい。みんなで切りつけたネタを持って一階に上がり、普段は絶対に立てないカウンターに二人ほど立ち、何人かが残ったラップしたシャリをレンジでほどよく温める。カウンター席にもお客様役で何人かが座り寸劇が始まった。
「いらっしゃいませ〜! 早速ですがお飲み物は何にいたしますか? 」
「生でお願いします」
「私も〜! 」
なぜか女役もいる。不倫中のお忍びカップルという設定らしい。
「はい、生リャン(2)ね〜! 」
「はい! 」
裏で働く新人役もいる。誰もが特徴的な従業員の声と仕草を真似るので笑う事を我慢ができない。
「何が苦手な物、アレルギーはございませんか? 」
「魚が苦手かな〜」
「はい。お客様お一人様おあいそ(お会計)ね〜! ご案内して〜」
ハイテンションなほろ酔い気分で時刻は深夜二時。大して面白くはないが全員爆笑だった。
こうして夜な夜な板前ごっこは行われる。最初はふざけているが握りが始まると真剣な表情になる。本物の場所と食材を使えるこんな贅沢な訓練はないからだ。昔はオカラと蒟蒻でシャリとネタに見立てて握りの訓練をしたらしい。
他に巻物やちらし寿司を作る者で順番に交代してカウンターに立ち、お互いに批評しながら悪い点、良い点を言い合う。
やがて酔いが回りネタが尽きて手元がおかしくなってきた時点で終了だ。
「帰るか......」
疲れ果てて今すぐにでも横になりたい。無言で片付けを行い着替えてタクシーに相乗りして寮に帰る。部屋に戻るとシャワーも浴びずに布団に直行だ。そのまま昼過ぎまで眠る者も多いが、タフな者は朝から遊びに行ったりする。みんな体力だけはあり余っていた。私は目覚めると大抵は夕方で、一日が終わっていた。
「人は寝だめはできないんだよ」
同期に注意されるが二年ぐらい治ることはなかった。起きたらシャワーを浴びてコインランドリーに行き洗濯する。その間に部屋に戻って掃除を済ませ再びコインランドリーに戻り乾燥機にかける。いれたままにしておくと他人が勝手に取り出して、かたっぽの靴下が行方不明になったりするので油断できない。雑誌を読みながら待っていると同期が顔を出し一緒に食事に行く。
金があればそのままキャバクラに行き、金欠の時はコンビニで安い酒とつまみで済ます。老朽化したコインランドリーの窓から眺める夕焼けの空は哀愁が漂っていた。タイムスリップして、まるでこの世に自分一人しかいないのではないか? と錯覚させるような時間の止まったような錆びたパイプ椅子や、日焼けして文字が読めなくなった自販機の二十円洗剤が物悲しい。
こうして私の休みは終わっていく。
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