第4章 職人二年目
第1話 後輩ができました
あれから早いもので一年が経った。ハードな生活にも慣れていよいよ私は先輩になる。しかし春は出会いの季節でもあるが別れの季節でもあるのだ。
我々の直上、つまり二年間在籍していた上司が二人退職することになった。一人は年下のチャラい男だった。やる気がないようでいてポイントを押さえて働くのが上手だった。すぐに人にあだ名をつけていじるのが好きなイケメンで休日は女の子と遊んでいた。
「忙しすぎて疲れちゃうよ〜。休憩、休憩! 」
「〇〇さん〜! 飲み連れてってくださいよ〜」
ゴマスリが上手なお調子者で、人によっては嫌う人間も多かったが自分にないモノを持っていて私は結構好きだった。実家が寿司屋で後を継ぐらしい。
もう一人は三〇歳過ぎの上司だった。この方は逆に要領が悪くいつも誰かに怒られていた。板前をキレさせて
「お前今すぐ消えてくれ! 帰れよ! 」
「わかりました」
本当に帰ってしまう人だった。翌日その事について問い詰められると
「いや、先輩が帰って良いって言ったんじゃないですか? 」
悪びれもせずに堂々と言ってのける。全員呆れて物が言えなかった。他の店で一から出直すらしい。結果はなんとなく一緒だと思うが。
我々にとっては死活問題だ。二人しかいない直上の上司がいなくなって上のポジションに上がれるわけではなく、ましてや後輩の面倒を見る二年目が一番きついと先輩から言われていた。
初期の後輩のミスは直上の上司のミス。この鉄則があった。では我々のミスのフォローは誰がしてくれるのか? ちょうどその世代は辞めてしまいぽっかり穴が空いていた。嫌な予感しかしなかった。
後輩が入社したが一日目の仕込み中に気分を悪くして、私からお金を借りて病院に行き戻ってきたら
「俺、辞めます。お世話になりました」
数時間の入社だった。逆にあまりに早い決断で何も言えなかった。
四〇過ぎの中途入社の方とランチの営業で一緒に働いた。飲食店あるあるだと思うが「ベテランが早口すぎて何言ってるかわからない問題」がある。仕事に慣れていると「次にこの準備がいるな」と身構えているので聞き取れるが、最初はほぼ理解不能で初動が遅れる。気が短いベテランは容赦無くキレるのでその方はむくれていた。
休憩時間中に事務所に電話で退職の意思を伝えて、挨拶なしでばっくれてしまった。その方の仕事の穴埋めで夜営業では二人分働き苦労した。あんた、同じ職種だからわかってやってんだよな?
もう一人の新人は遅刻してそのまま行方不明になった。午後になって連絡がつき何をしていたのか聞くと
「パチンコしてから晴海埠頭に行って海を眺めてました」
と力なく言った。その行動のチョイスはわかる気がする。私もやってみたい。彼も退職した。
淘汰され残る者は腕が抜群にいいか、いい性格をしているか、ここでどうしても働かなければいけない事情があるかの肉体的にも精神的にもタフな奴だけなのだ。まともな普通の神経の人間ほど耐えられないのかもしれない。
自分の仕事と後輩のミスとでダブルで怒られるようになり、フォローしてくれる者もいなく、我々同期のストレスは最高潮に達していた。
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