第9話 大恥

 師走になり飲み屋のお姉様方がド派手なコートを羽織りだし、職人はヒートテックを身につけて完全防寒して出勤する。木枯らしが吹き人肌が恋しくなる季節になった。冬は脂肪を蓄えて脂が乗る魚の種類が多い。寿司はもちろん鍋にも合うし熱燗を合わせれば最強だ。


 意外かもしれないがクリスマスは寿司屋に来るお客様は多い。カウンターで軽くつまんでから二軒目に向かう方もいれば最後の締めに来店する常連もいる。さすがに家族づれは珍しいが、しっぽりと楽しむ年配の方々が多いように思えた。


 クリスマスが終わった後の日曜日、一年で一番忙しい正月の前に英気を養う名目で社長による忘年会が開催された。場所は某シャブシャブ屋だった。


「なんでこんなクソ忙しい時期に......」


 文句を言ってはいるが、タダで飲めるとあって実はウキウキである。


 坊主頭に黒いコートに身を包んだ集団が集まりゾロゾロ移動する様子は現代の大名行列のようだ。みんなが道を開けてくれる。中には写真を撮る者もいた。


 会場に着き決められた席に移動して社長の乾杯の挨拶が始まる。誰もが聞いておらず好き勝手に喋っている。社長は早々に切り上げてグラスを掲げた。


「乾杯! 」


 宴が始まった。カニや肉を我先に確保するような輩は一人もおらず、新人は各テーブルに挨拶に伺いお酌して回ろうとするが


「まあ、飲みなよ」


 大抵は逆に勧められてグラスの一気飲みを強要された。現代では信じられないかもしれないが当時は普通の出来事である。アルコール中毒になって倒れてしまう者もいる大変危険な行為だ。当時の大学生のガキじゃあるまいし、皆さん絶対にやめましょう。


 新人は上京してから毎晩のように飲み歩き酒に強くなったと勘違いしている馬鹿どもだ。先輩はそれを知っているので挑発し口車に乗せて罠を張る。ビール、日本酒、焼酎、ワイン、テキーラのチャンポンを作り渡してくるのだ。


 私は四テーブル目までは記憶があったが、気づいた時にはトイレの便器を抱えて悶え苦しんでいた。吐いても全く良くならない。水をいくら飲んでも喉はカラカラで世界がグルグル回る。


 心配した先輩がトイレに来てくれたが、私はトイレの中から鍵をかけて閉じこもっている。業を煮やした先輩がドアを乗り越えて個室内に入って来た。自分では喉に指を突っ込んで吐くこともできないほどの酩酊ぶりだった。


「顔あげろ」


 先輩は躊躇なく私の口に指を突っ込んでくる。ゲロが先輩の指にかかる。


「噛むなよ」

「すみません〜、すみません〜」


 私は恥ずかしくて、苦しくて、情けなくて泣いた。さらにおんぶされ会場の外に連れ出されてタクシーに乗せられる。私の他にも同期の何人かがグロッキー状態で運ばれている。寮に向かい近くで降ろしてもらうがフラフラで立てない。道路の真ん中に座り込みクラクションを鳴らされる。這いつくばって電信柱によりかかり、自分の場所を確認しようと試みるがメガネを何処かに忘れたらしく何も見えない。上着も忘れて体は冷え切っていた。このままでは間違いなく死ぬ。


 寮まで実は五十メートルの地点まで来ていたのだが、私は命の危険を感じ携帯で助けを求めた。


「寒い〜、寒いよ〜。何も見えません……」


 大の大人が先輩に助けを求めて私は救助され、自分の部屋の布団に押し込められた。同期の話だと歯がガチガチ鳴り、顔は真っ青だったらしい。


 後にも先にもあそこまで酔って醜態を晒したことはない。自分の中の酒のリミットを知った出来事だった。


 しばらくみんなに「街で遭難した男」としていじられ続けた。苦い思い出である。



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