第4話 卒業

 合格はしたが授業はあるしアルバイトもある。一つ肩の荷は降りたが生活は相変わらず続いていく。


 学費を分割で前期、中期、後期の三回に分けて振り込む。初めて銀行の振り込みをする時はドキドキして、わずか数秒で50万円近くの数字が通帳から消えていくのを目にして唖然としたものだ。親からお金をもらって進学できることのありがたさを身を持って知った。


 文化祭、卒業制作、調理師試験をパスしていよいよ卒業を残すのみとなった。ちなみにこの学校は今年で取り壊されて、来年は新しい土地でリニューアルすることになり私たちが最後の卒業生になる。駅から遠くなり、もし一年遅れていたら通学に時間を取られバイトもままならなかった。そういう意味では幸運であり中身の濃い一年間を過ごせた。


「あんたの節約してお金を貯める姿勢も、きついアルバイトも、専門学校での頑張りも普通はなかなかできない。大したものだよ 」


 何より両親が認めてくれた事、安心させられた事にも安堵した。あのまま行けば確実に引きこもりニートになっていただろうから。


 講師の先生に呼ばれ私は卒業生答辞の役目を打診される。本やネットを参考にして自分なりの原稿をまとめ上げる日々。思えばこの時が文章を本気で考えた最初のときかもしれない。


 卒業式当日、私は一人の女子生徒に呼び出された。


「好きです。付き合ってください」


 その子は話したことはあるがそれほど仲がいいわけではない十代の子だった。精一杯のドレスアップをして顔を赤らめて告白される。勇気を振り絞ったのだろう。彼女の両腕の拳が強く握られてるのが見えた。


 三月でも風で冷え込む薄暗い建物の影の中、私は体が一気に熱くなった。告白されるなんて初めてだったからだ。頭に血が上り顔も熱い。これは現実か?


 生まれてから一度も自分から人に告白したこともない。ましてやこの数年間は自分のことで精一杯でそういったことは考えたこともなかった。


 そしてその子は田舎に残り私は上京する。これから東京でおそらくもっとハードな生活を送らなければならないと確信していた。遠距離恋愛ができるほど自分は器用ではないし、その子のこともそれほど好きではなかった。今考えてみると私に甲斐性がなかったヘタレなだけの事なのだが、当時は本気でそう考えていた。


「ごめん。今は自分の事しか考えられないんだ。だから君とは付き合えない」


 女の子は泣きながら去っていった。


 卒業式が終わりみんなで集合写真を撮り、友人達との別れを惜しんだ二十二歳の春、私は卒業した。

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