第2章 調理師専門学校

第1話 専門学校入学

 専門学校にはざまざまな年齢の人間がいる。


 中学を卒業したばかりの幼い顔をしたあどけない生徒。その場合実家が飲食店でそこの二代目であることが多い。どこか余裕を感じさせる態度に不快感を覚えた。


 高校を卒業したばかりのヤンチャなヤンキー上がりの不真面目な生徒。まだ学生気分が抜けておらず粋がっている場合が多い。彼らは自然と似た者同士で群れを作り勢力を拡大させていく。


 専業主婦だったが改めて料理を習いたいとカルチャースクール感覚で入ってくるご年配の方々。お金に余裕のある裕福層が多い。おっとりしたマダム達の厚化粧のせいで鼻が曲がりそうになる。


 社会人であったが転職しようと手に職をつけたいと入ってくる中年層。元トラック運転手、キャバ嬢、電気工事士など男女半々だった。酸いも甘い知り尽くしたどこかアウトローな感じが漂う人生の先輩達。


 訳ありで何かドロップアウトして人生をかけて勉強しにきた本気組。私のような中退者もいたが同じ世代の方はいなかった。私から話しかけるようなことはしない。


 最初ヤンキーグループに目をつけられた。真面目な風貌な割には何か訳ありの雰囲気を漂わせている私は、側から見ると近寄りがたく変に目立っていたのだろう。ニヤニヤ薄ら笑いを浮かべてこちらを見ては小声で何か話している。


「なんであいつ、いい年してこんなとこにいるの? フリーター上がりかな? 元社会人か? いずれにしろ変なやつだ」


 大方そんなところだろうか? 実習に向けてコックコートに着替えるロッカールームで断片的だが聴こえてくる。私は無視した。死に物狂いで自分で貯めた金で学びに来た自分と、恐らくは保護者に金を出してもらっているガキとでは、スタートからモチベーションは違ってくる。他人に構っている余裕などないし喧嘩などもってのほかだった。


 ヤンキー組は座学は不真面目だが実習になると途端に本気になる。自分の力を誇示して優位に立ちたいのだ。ゴリラのマウンティングと同じ理論である。積極的に課題に取り組み我先に食材に触ろうとする。この意欲的な態度は実に好ましかった。求めよ、さらば与えられん。


 グループ実習なのでどうしても食材に触れる人間は限られてくる。消極的な人間は洗い物などの雑用や補助に回ってしまう者も多い。おとなしい性格がよく出てしまうのだ。実習中、先生はそこについては何も言わない。ここは学校ではあるが専門的な分野を学ぶいわば職業訓練校だ。意欲のある生徒には教えるが、それ以外には見向きもしない。当然の態度であり向こうも商売だ。授業中に雑談をしているような生徒には注意を与えて、もう一度やると鬼の形相で退席を命じられる。なかなか緊張感のある授業風景だった。


 中華の授業があり生徒の前に出て一分間、中華鍋に塩を入れて鍋を振る実習があった。他の生徒は苦戦していたが私はバイトでチャーハンを作っていたので、恐らくは一番上手にできていた。先生に褒められ良いお手本として一人だけでみんなの前でやらされる羽目になった。


 すごく恥ずかしかったがこの一件以来ヤンキーは絡んでこなくなった。実力主義のゴリラ社会で私は勝利したらしい。実にあっさりと威嚇行為をやめて私にすり寄ってくるようになり敬語まで使ってくる。単純すぎて実に拍子抜けだったが、入学早々の心配事が一つ減って安心した。


 入学する前一ヶ月前、居酒屋の入っていたビルを建て替えをすることになり、場所を移してリニューアルオープンする事になった。私はオープニングスタッフとして採用されて専門学校の帰りに通うことになった。相変わらず日曜、祝日のガソリンスタンドも継続している。


 職場はオープンキッチンで最新のキッチン用品が使えた。新しい厨房は床も滑りにくく冷蔵庫も広く清潔だ。下水掃除用の床下収納も完備してあり至れり尽くせりだった。


 私は最初「おでん場」と呼ばれるひたすら電子レンジで何か温めるポジションについて、牛すじやおでんを爆発させないようにレンジとにらめっこしていた。その他に焼き場、揚げ場、グリル場、サラダ場、鮮魚場があり数日毎にポジションを変えて働いているうちに、同じ学校の生徒がアルバイトで採用されて一緒に仕事をして仲良くなっていった。学校でも自然と会話を交わしてクラスにも溶け込んでいく。


 私はどちらかというと年配の方やマダムとつるんでいたが、アルバイトのおかげで年下の子とも会話できるようになり、向こうから話しかけられることが多くなっていた。講師の実習のサポートする女の子も私より年下の先生で、よくみんなの前で実習の手伝いを頼まれるようになる。


 久しぶりの学生生活は不安だったが大学時代よりも友人は増え、朝から晩まで忙しかったが前向きな態度のおかげで当時の鬱屈した感情はナリを潜めていた。


 終電で帰る電車の中で座学の復習をして頭に叩き込み、明日に備えてすぐに寝る生活。疲れていて相変わらず全く遊んでいなかったが、ストレスは全く貯まらず心身ともに充実していた。

 



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