第6章 職人四年目
第1話 ホテル勤務
転勤先はある地方のホテルだった。ホテルには様々な職種の人間が働いている。宿泊部門、飲料部門、宴会部門、調理部門、営業部門、管理部門、など職種が細分化しそれぞれの専門家が二十四時間、三百六十五日体制で働いている大きな組織だ。
従業員専用の出入り口から出社して名簿に毎日名前を記帳する。長い地下の廊下を歩いた先にロッカールームがあり、そこには従業員専用の浴室が隣接してある。どうしても泊まり込みで仕事をする人のために、接客業をする者の身だしなみの配慮のためだ。
ロッカーにシャンプーセットとタオルと着替えを常備する者も多くみんながありがたく使っていた。仕事の後にさっぱりしてそのまま遊びに行く者も多い。濡れたタオルをロッカーのドアに引っ掛け乾かしているので一目瞭然だ。
古いのでお世辞にも綺麗とは言わないが常時風呂が沸かしてあるので、私のような風呂好き独身者にとってはありがたかった。タダで足を伸ばせる湯船に浸かることができる。よくここで出勤する前に汗を流したものだ。
ロッカールームの近くには従業員食堂がある。毎日複数のメニューの中から麺やおかずを選ぶことが可能で従業員の憩いの場だった。セルフ式でお盆を持って並ぶため毎日行列ができる盛況ぶりである。
地下には雑貨屋兼コンビニのような店舗もあり外に出なくても、ホテルの中だけで生活できるような施設が揃えてある。仮眠ルームの椅子や畳で昼寝する者も多い。
さらに地下に行くと駐車場があり、そこからの荷物の運搬や車通勤の方が出入りする。ホテル施設の心臓部である長いパイプが排気や空調を整えるために張り巡らされ熱を持っていて常に暖かい。最初は迷路のようで迷ったが人に聞きながら自分で歩き回り何とか道を覚えた。
細かい独特のルールが存在し時間帯によっては立ち入り禁止になったり、古い施設のためにエレベーターが故障するので、裏道にも精通しなければ目的の場所にたどり着けない。
「外の資材搬入口から入った方が近いな。ここで待ってても時間の無駄だよ」
「宴会場に行くにはもう一つルートがあるよ。多少は時間がかかるがね」
ベテランは裏事情を良く理解していて親切に色々教えてくれる。毎日働いていれば他のセクションの者と顔なじみになり、エレベーターで一緒になった時に軽い世間話をしたりして情報交換をする。
「今日の婚礼のパーティー何時からだっけ? 」
「十一時から百人ですね。今日はよろしくお願いします」
「〇〇さんがいらっしゃるから、シャルドネ冷やしておかないとな」
「ソムリエに確認しときます」
「あと明日の事なんだけど......」
ホテルの宴会は前もっての時間、人数が決められているので事前の準備が大切だ。各々が状況を把握し万全の準備をしてチームプレーで仕事をする。突発的な変更も多く柔軟に対応し、次のイベントのスケジュールが同じ会場で組まれているので素早く片付け再びセットする。それぞれのセクションのマネージャーが統括指揮をとり準備を進める。タラタラ動いているとマネージャーの檄がとぶので、誰もが俊敏に動き回っていた。
大きなテーブルや機材を台車に積んでエレベーターで運び、長い廊下を往復するのでハードな肉体労働とも言える。華やかなパーティーの裏では地味な作業が粛々と行われていた。
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