第6話 築地へGO

 調理師専門学校で使っていた包丁では大きな魚の頭落としがやりにくく、新しい出刃包丁を買いに築地に行くことにした。


 地下鉄を乗り継いで、都営大江戸線のとぐろを巻いた大蛇の胃袋のように長いエスカレーターを登ってようやく築地市場駅の改札を抜けた。地下の壁にはカラフルな寿司の壁画や寿司屋の広告看板が貼り付けられて、嫌が応にも高揚感が高まる。朝早い時間だというのに人が溢れ活気に満ちていた。


 場外市場では観光客が蕎麦やラーメンを実に美味そうに簡易的な椅子で啜っていた。長靴や足袋などの飲食店関係者御用達の商品を売る露天の店。明らかにプロの業者らしいねじり鉢巻に防水のカッパを着て、くわえタバコをしながら旨そうに一服しているスキンヘッドのおっさん。頭一つ分背が高い外国人の方々も窮屈そうに人をかき分けながら興味深げに商品を手に取って見ている。


 全国枠のテレビのロケなどで紹介される店が現実に目の前に存在している。その事が最初は不思議でしょうがなかったが実際に築地に来てみると、人本来が持っている底知れぬパワーがこの地には溢れている気がした。華やかな渋谷や隈雑な新宿とは一味違った、職人の頑固さを練って煮しめて散らしたような賑やかさがこの地にはあるように思う。目的の店までわざと遠回りしてぶらつき時間をかけて満喫した。


 店では職人が外で包丁を研いでいた。人気の店のようで見学している人が多い。ガラスケースに陳列された様々な長さ、使用目的によって形状が異なる刃物は見てて飽きない。高級な包丁の怪しく鈍く光る鋼と文様に心を奪われ、正直いつまでも眺めてられる。


「将来板前になったらこんな包丁を買いたいな」と願いながら値段を見ると給料一ヶ月は軽く吹っ飛び、現実に戻されて夢は儚くも拡散する。先日はキャバクラで散財したばかりで無駄遣いはできない。


 店員に声をかけて使用目的と予算を告げると手頃な値段の出刃包丁を勧められた。ショーケースから出してもらい手で握ってバランスと大きさを確認する。一発で気に入った。


「ここで研いでいくかい? 」


 まるでRPGの「ここで装備していくかい? 」に聞こえて吹き出しそうになるが怪訝な顔で怪しまれるだけだった。


「タダでやってくれるんですか? 」

「もちろん」


 代金を支払い職人が包丁を手早く研いでいく。雑談を交わしながら、質問に答えながらでも手元は全くぶれずに正確に研いでいた。さすがプロだ。やがて仕上がり新聞をつまんで包丁の重みだけで軽く下に引いていくと、嘘みたいに抵抗なく新聞が真一文字に切れていく。


「ありがとうございました! 」


 威勢のいい声で見送られた時、私のような職人の卵らしき人が一番高い位置に飾られた高級牛刀を熱心に見てから、力なくため息をついていた。


「わかるよ。その気持ち」


 思わず声をかけたくなったが野暮なので自重した。



 場内も周ってから帰るかと、吉野家一号店の前を通りがかった時に突然肩を掴まれた。振り返ると馬鹿でかいサングラスをかけたアジア系の黒髪の男が英語で話しかけてくる。英語は分からないがガイドブックを指差しジャスチャーを加えながら必死に訴えかけてくるので何となく察した。おそらく本に載っている寿司屋に行きたいが迷子になってしまい道案内を頼んでいるらしい。


 確かに場外は素人には似たような店舗も多く解りづらい。外国人ならなおさらだろう。私の風貌が丸坊主なのでここで働いている職員関係者と思い声をかけたのだろう。


 私も初めて来たので不慣れだが日本人として放っては置けない。一緒に目的地を探した。以外にも大して迷う事なく探し当てたが、その店は超人気店で大行列ができていた。


「ワーオ! 」


 肩をすくめる外国人。しかし私に感謝して馴れ馴れしく肩を組み一緒に写真を取った。


「マイブラザー! 」


 と言ってハグされる。悪い気はしないが馬鹿力で鯖折り状態になり腰が折れるかと思った。握手も求められる。


「HAVE A NICE TRIP!  」


 親指を突き立て格好つけてそれっぽく発音し私達は別れた。やけに疲れたので予定を変更して帰る事にした。出会いもある食のワンダーランド、築地は面白い。

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