第13話 レーナの魔法

「レーナちゃん、こんにちわ」

「あー! フェミイエローだー! あっそぼーっ!」


 麻理がレーナちゃんを見た途端に駆けて行く。やはり「レーナちゃんなんて知らない」という発言は、麻理の勘違いのようだ。おそらくレーナちゃんという名前を認識していなくて、普段からフェミイエローという呼び方しかしていないんじゃないだろうか。


「レーナさん。リサですの。ごぶじでなによりですの」

「……なっ!? リサどのっ!? そのかっこうは?」

「くわしいことは、あとですの。それよりレーナさんは、おにいさんに、まほうをみせてくださいですの。おにいさんは、じょうきょうをにんしきしていないですの」

「しかし、きんきゅうじたいでもないのに、このせかいでまほうはマズイのでは?」


 莉紗ちゃんとレーナちゃんが、ヒソヒソと話をしているつもりのようだが、耳打ちをしているわけでもなく、少し声のトーンを押さえた程度なので丸聞こえだったりする。

 しかし、今日のレーナちゃんはホットパンツか。シャツとホットパンツで太ももを曝け出している金髪のレーナちゃんと、メイド服で露出の少ない莉紗ちゃんの二人が、寄り添って話すという構図なので、流石に目立つようだ。

 公園に入ってから、周囲のお母さん方がチラチラと俺たちの方を見ている気がするし。そして暫く、二人が何やら話し合った後、


「おにいさま。ひめさまをごえいするにあたり、わたしのせつめいふそくを、おわびいたします」

「え? あ、うん」

「そこで、まずはわたしのちからをおみせしたいのですが、ひとばらいのできるばしょは、ありませんでしょうか?」


 レーナちゃんの力を見せるために、人払いの出来る場所? この公園は広いけど、子供も保護者も沢山いるし、誰も来ない場所なんて無いんじゃないかな?

 遊具ゾーンはもちろん、球技の出来る広場にだって子供は居る。まだ人が少ない芝生ゾーンでも、ベンチが多いから人が居ない訳ではないし。

 かと言って、レーナちゃんの保護者でもない俺が、勝手に公園から連れだす訳にはいかない。そもそも魔法なんて有り得ない話しだしさ。ただ少しだけ、二人の遊びに付き合うだけなんだから。


「うーん、この公園内では無理じゃないかな? だから、その辺で使っちゃえば?」

「ダメですの。こちらのせかいでまほうをつかうと、ひとびとがパニックになりかねませんの。げんそくとして、みられるわけにいきませんの」

「そうなんだ。んー、じゃあ……後はトイレくらいかな? 人が来ないっていうのは」

「そこですの! では、みなさん、まいりますの」


 え、もう勘違いだと答えは出ているのに、そこまでするの? けど、レーナちゃんと莉紗ちゃんは俺の手を引いて、トイレへ行こうとしているようだ。

 そして、これを何かの遊びだと思った麻理が、後ろから俺のお尻を押している。仕方ない、とりあえず行くだけ行こうか。一度行けば、満足するだろうしね。


「って、そっちじゃないから! 俺が女子トイレに入ったら捕まっちゃうからっ!」


 俺の心からの訴えが通じ、男子トイレの個室へ。元々広くない個室に、女の子が三人も入っているので、ちょっと狭い。

 しかたなく便座の蓋を閉じたまま腰掛け、麻理を膝の上に乗せると、「失礼します」と莉紗ちゃんまでもが俺の膝に腰掛けて来た。


「おにーちゃん。なにするのー?」

「えーっと、レーナちゃんが何か不思議な事をしてくれるんだって」

「そうなんだー。すごーい!」


 いや、まだ何もしてないけどね。

 左膝に麻理を、右膝に莉紗ちゃんを乗せ、二人が落ちないようにとそれぞれ手で支える。

 そして俺の正面へレーナちゃんが立ち、小さな両手を開いて俺に見せてきた。


「では、おにいさま。わたしのてもとを、ごらんください。なにもありませんよね?」

「うん。何も持ってないね」

「はい。では、いきます。……きたれ、クラウ・ソラス!」


 レーナちゃんが掛け声を出した瞬間、その掌の上に一本の長い棒が突然現れる。

 個室の横幅ギリギリなので、一メートルくらいはあるだろうか。


「すごーい! ねぇどうして、ぼうがでてきたのー? ねぇ、どうしてー?」

「ひめさま。これは、わたしのけん、クラウ・ソラスを、てもとによびだすまほうなのです。ただ、ごさいのわたしでは、おもいけんをよべず、ただのぼうがせいいっぱいでしたが」


 剣を手元に呼び出す魔法? 手にしているのは普通の棒だけど、手品などではなさそうだ。間違いなく、こんなに長い棒なんてどこにもなかったしさ。

 それに、レーナちゃんが取り出した棒は、麻理の身長と同じ位の長さがある。これを、この子たちがどこかに隠しておいて、一瞬で出すなんて出来っこない。

 しかし、クラウ・ソラスって何だっけ? どこかで聞いた気がするんだけど。


「あ、そうだ。この棒って、危ない事しちゃダメって、昨日俺が取り上げた棒だよね」

「そうですよ、おにいさま。きのうは、なにもおこりませんでしたけど、まじょのつかいまは、きけんなんです。ほんとうに、きをつけてください」

「まぁでも、昨日のは間違いなく普通の野良猫だけどね」

「かわいらしいすがたに、だまされてはいけません。それがやつらの『わな』なんです」


 レーナちゃんが熱く語りだし、膝の上に座る莉紗ちゃんがウンウンと大きく頷いている。

 ただ、その頷きが大き過ぎて俺の膝の上で莉紗ちゃんのお尻が揺れ、落ちそうになってしまう。場所が場所だけに、そろそろ出たいのだが、もう一つあるらしい。


「では、いまのわたしがつかえる、もうひとつのまほうを。……光よ!」

「わぁー! ひかったー!」


 薄暗いトイレの中で、レーナちゃんの持つ棒の先端から三十センチ程が白く光り輝いている。もちろん手元にスイッチがあるわけでも、先端にライトが付いている訳でもない。

 棒の先端を光でコーティングしたように輝いていて、思わず麻理が叫んでしまうのも頷けてしまう。


「これは何? どういう魔法なの?」

「わたしは、おさないころから、ひかりのまほうがつかえます。ぶきをひかりのちからできょうかすることで、よるのまじょのつかいまにダメージをあたえることができるのです」


 武器を光の力で強化して、夜の魔女の使い魔に……って、夜の魔女もどこかで聞いた気がする。何だっけ?


「おにーちゃん。すごいねー。マリにも、まほーできるかな? ねー、きいてるー? ねー、おにーちゃんっ!」


 何かが出てきそうで出てこない。そこへ麻理が俺の胸に抱きついてきたので、バランスが崩れ、莉紗ちゃんが落ち――間に合った。

 二人の女の子をギュッと抱きかかえ、モチモチした感触に挟まれると、


「そうだっ! あの夢かっ! お姫様が助けてって言ってきたんだっ!」


 夢の中の話だけど、異世界のお姫様が匿って欲しいと、麻理の中へ入ってきた事を思い出した。

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