第8話 対幼児必殺技

 クロに近づこうとする麻理の前に、レナちゃんが立ちはだかる。


「ひめさま。もしかしたら、あのケット・シーは、まじょのつかいまで、ひめさまをさがしているのかもしれません」

「けっとしー?」

「はい。ですから、わたしのうしろに、かくれてください」


 いや、ケット・シーっていうのは猫の妖精で、魔女の使い魔とは違う話……って、そもそもよくケット・シーなんて知ってたね。さっきから驚かされっぱなしだよ。

 まさか、これも異世界ものの知識!? 五歳にして、どっぷりハマり過ぎだよっ!?


「ひめさま。おもいだしたくないかもしれませんが、まじょはたくさんのつかいまをひきいて、くにをせめてきました。こがたとはいえ、ゆだんしてはなりません」


 小型ねぇ。クロは仔猫ではないので、麻理やレナちゃんからしたら小型とは言えない気がするんだけど。少なくとも麻理ではクロを持ち上げられないんじゃないかな?

 クロは持ち前の愛らしさと人懐っこさで、誰かから餌を貰っているんだと思う。痩せてはいるものの、ガリガリとまではいかないし、しょっちゅう公園で見るし。


「まじょがつかう、はかいまほうにくわえ、つかいまをつかった、はじょうこうげきで、われらきしだんは……」


 破壊魔法に波状攻撃……いや、もう突っ込まないよ? きっとレナちゃんは、親御さんから異世界戦記物を読んでもらっているんだろう。

 そして、そのレナちゃんはクロを見ながら、唇を噛んで悔しそうな顔をしている。

 幼いながらに、その表情から悔しそうな雰囲気が伝わって来るので、この子は将来女優に成れるのではないかとも思う。それに、こんなにも設定を深く作り込んで、自分の物にしているし。


「まじょのつかいまケット・シー。わたしがせいばいします。きたれ、クラウ・ソラス!」


 気付けば、いつの間にかレナちゃんが長い棒を手にしている。ケット・シーとの戦い口上ごっこは、可愛らしかったけど、流石にそれはダメだ。

 猫なので当たらないとは思うけど、万が一クロに当たってしまったら、五歳児の力とは言え生命の危機となる。

 それに、あれだけ長い棒だ。すぐ傍に居る麻理や、公園内で遊んで居る他の子供に当たると、怪我をしてしまう。なので、俺はレナちゃんに近づき、


「クラウ・ソラス……光よ! とぉーっ!」

「レナちゃん。こんなに長い棒を振り回したら危ないから、ダメだよ」


 大上段に棒を構え、クロに向かって走ろうとしていたレナちゃんを、背後から抱きかかえた。


「えっ? ひゃあぁぁぁっ! お、おにいさまっ! は、はなしてくださいっ!」

「レナちゃん。こんなに長い棒を振り回したら危ないからね。はい、棒から手を離して」

「いえ、クラウ・ソラスは、わたしのたいせつなぶきで……あっ、んっ……そ、そんなとこ、ダメぇっ! あっ、あはははっ! やめてぇーっ! くすぐったいよぉー!」


 レナちゃんを抱きかかえたまま、地面に片膝をつくと、反対の膝の上にレナちゃんを座らせる。後はレナちゃんが倒れないように身体で支えながら、ひたすら全身をくすぐり倒す。麻理は腰とお腹が弱点だけど、レナちゃんは腋と胸が弱いようで、そこを重点的に攻めると、ようやく手を離した。

 麻理が俺のスマホで動画を視てて、なかなか返してくれない時に有効な技――くすぐり。外国人にも効果は抜群だ!


「おにいさまぁー……らめぇ」

「レナちゃん。元気に遊ぶのは良いんだけど、危ない遊びはダメだからね。わかった?」


 まったく、こんなに長い棒をどこから拾ってきたのか。レナちゃんを近くのベンチに座らせると、取り上げた棒を茂みに隠してきた。

 しかし、レナちゃんが直ぐに手を離さないから、ちょっとやり過ぎたかもしれない。くすぐった余韻が残ってしまっているのか、ベンチに座ったレナちゃんが、惚けた顔でぼーっとしてしまっている。

 いや、でも長い棒を振り回すと危ないしさ。保護者として、間違った事はしていないと思うんだ。……たぶん。


「おーい、レナちゃ……」

「おにーちゃん。トイレー」


 レナちゃんに声を掛けようとしたところで、唐突に麻理からの緊急呼出がかかる。そう言えば、さっきお茶を飲んでから、トイレに行ってなかったね。

 麻理は未だ一人でトイレに行けないし、我慢もそんなに出来ない。一先ずレナちゃんをベンチへ残し、麻理を抱きかかえて公園のトイレへ駆け込む。

 男子トイレの個室へ入ると、大急ぎで麻理のパンツを脱がし……間に合った。


「あれ? レナちゃんが居ないね」

「ほんとだー。どこにいったのかなー?」


 何とか大惨事を回避して戻ってみると、ベンチにレナちゃんの姿は無い。念のためクロの様子を見てると、先程と同じ場所で気持ち良さそうに昼寝をしている。


「って……あ、もうこんな時間だったんだ。そういえば、お腹空いてきたね」

「そーだねー。おにーちゃん、もうかえるのー?」

「うん、お家でお昼ご飯を食べよっか。もう十二時前だし、レナちゃんもお母さんが迎えに来たんじゃないかな」

「そーかもー。おなかすいたもんね。マリも、ごっはんー、ごっはんー」


 お昼時で、ほとんどの子供や保護者が帰ってしまった公園に、金髪で断然目立つレナちゃんが見当たらない。普通に考えて、家に帰ったのだろう。

 なので俺も麻理と二人で、今日のお昼ご飯は何だろー? と言いながら、帰路へ就いたのだった。

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