第7話 お姉ちゃん5歳
「えぇっ!? れ、レナちゃん、どうしたの!?」
麻理が突然ごっこ遊びを止めてしまったから、レナちゃんは怒ってしまったと思っていたのだが、立ち尽くしたまま泣きだしてしまった。
子供の利用が多い公園だけあって、入口で女の子が――それも金髪の女の子が泣いているので、否応なしに視線が集まっている。
レナちゃんにどうして泣いているのか聞いてみても、「ひめさまが……」としか言ってくれない。やっぱり遊んで欲しいという事だろうか。
「え、えーっと、レーナちゃんのお父さんかお母さんは、居ませんかー!?」
公園内に向かって声を上げてみたのだが、外国人らしき人物が見当たらない。
それどころか、二十代から三十代と思われるお母さんたちが遠巻きにこっちを見ながら、何やらひそひそと話をしている。普段からよく麻理と来ている公園なんだけど、人気の公園だけあって知らない人ばかりだ。
その知らない人には、俺が麻理の兄だと言う事もわからないだろうし、どうみてもレナちゃんの兄にも見えない。もちろん父親にも見えないだろう。って、あれ? もしかして俺、不審者みたいに思われてる!? これは早急に何とかしないと。
「そ、そうだ。レナちゃん。アメ食べる? 麻理も好きなんだよねー」
「あ、マリもほしいー! ……おいしー」
麻理の機嫌が悪くなった時のために、外出時にいつも持って出る飴を、包み紙を開いて麻理の口の中へ。
そして、泣き続けるレナちゃんの口の中へ、同じように飴を入れると、
「うぅっ……なに、これ? あまい?」
口の中へ広がる甘さに気を取られ、きょとんとした表情で泣き止んだ。
良かった。麻理と同じ方法が通じて。
レナちゃんが泣きやむと、徐々に周囲からの刺さるような視線も薄れ、公園内にいつもの楽しそうな子供たちの声が奏でられる。
「ひめさま。おにいさま。おはずかしいところをおみせしてしまい、もうしわけありませんでした。このせかいへくるさい、ごさいのからだになったせいか、かんじょうのせいぎょが、うまくできなかったようです」
「あ、レナちゃんは五歳なんだ。年中さん、いや年長さんかな? 感情の制御だなんて、難しい言葉を知っているけど、どうして泣いちゃったの?」
「はい。しょうじきにもうしあげますと、ひめさまは『レーナ、レーナ』と、としのちかいわたしを、あねのようにしたってくださったのに、だんせい……おにいさまに、ひめさまをとられてしまったきがして」
なるほど。麻理は幼稚園で、上のクラスのレナちゃんに甘えているのか。クラスが違うのにお姉ちゃんのように慕ってるなんて凄いな。あと、麻理は幼稚園で姫様って呼ばれてるんだね。
この世界へ来るとか、五歳の身体になったとか、所々で先程のフェミピュアごっこの設定が混ざった説明だったけど、まぁ一言で表わすと麻理がレナちゃんではなく、俺に甘えたからヤキモチを妬いちゃったって事か。
「ねー、ねー。それより、あそぼー?」
「はいっ。このレーナ、ぜんりょくでひめさまと、あそびます」
あれ? ずっとレナちゃんだと思ってたんだけど、レーナちゃんが正しいのかな? まぁいいや。後で麻理に聞いてみよう。
先程まで号泣していたのが嘘の様に、レナちゃんが走り回る麻理の後を駆けて行き、砂場に滑り台、ブランコと遊具を次々に遊び倒していく。
レナちゃんは普段から幼稚園で麻理の面倒を見てくれているのだろう。砂場で汚れた麻理の服を払ってくれたり、滑り台では麻理が落ちないように注意を払い、ブランコで順番待ちをしている時には、割り込もうとした男の子を注意していた。
見た目は全然違うけれど、二人が本当の姉妹の様に見えてしまう程で、その光景を微笑ましく見ていると、
「おにーちゃん。のどかわいたー」
走り回っていた麻理が俺の傍へやってきた。
俺の足元に立って両手を伸ばし、喉が渇いたと、くりくりと大きな目を丸くして顔を見上げる麻理は超絶可愛い。
「はいはい、どーぞ」
「ありがとー」
お茶の入ったペットボトルを、コクコクと笑顔で美味しそうに飲む麻理も、またまた可愛い。
思わず麻理を抱きしめたくなってしまったけれど、さっきレナちゃんが泣き出してしまったので、流石に自重する。
「……このせかいでは、ようきにくちをつけて、ちょくせつのむのですか?」
レナちゃんが不思議そうに、麻理と俺とを交互に見てきた。
幼稚園ではコップに入れて飲みなさいって、教えられるんだっけ? それとも、レナちゃんの家がマナーに厳しいお家なのだろうか。とりあえず、フォローはしておこう。
「えっと、家ではちゃんとコップに入れて飲んでるんだよ? 今は外でコップが無いから……まぁ、直接飲んでるかな」
「なるほど。いえ、きにしないでください。このせかいでの、ぶんかやふうしゅうを、がくしゅうするじかんがなかったので」
レナちゃんは凄いな。まださっきの設定を続けているのか。文化や風習を学習……本当に、難しい言葉を知っているね。
そして喉を潤した麻理が、再び遊具へと駆け寄ろうとして、
「あ、ねこー! かーわいー!」
公園と歩道の境目、等間隔に植えられた細い木の下に居る黒猫に気付く。
人懐っこく、俺が勝手にクロと呼んでいる野良猫で、日陰に寝転んで毛づくろいをしている。
そのクロと遊ぼうと、麻理が走り出そうとした時、
「ひめさま、いけませんっ! おさがりくださいっ! やつはケット・シーというなの、モンスターです」
「ふぇ? ねこちゃんだよ?」
「ひめさまは、わたしがおまもりしますっ!」
レナちゃんが麻理を護る様に、クロの前へと躍り出た。
いや、決してケット・シーなんて名前ではなく、ちょっと痩せた普通の黒猫なんだけどね。
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