第16話 幼女がメイドになった理由

 入浴を終え、就寝準備のためにパジャマへ着替えていると、麻理が甘えた声を出す。


「おにーちゃん。パジャマのボターン」

「はいはい。でも、麻理も自分でボタンを留めないとね。ほら見てごらん。莉紗ちゃんは自分で……って、もう着替え終わってるし! ほら、四歳だから着替え出来ないなんて、嘘じゃないかー!」

「とうぜんですの。リサはメイドですの」


 いや、莉紗ちゃん。ついさっき、四歳だから自分で服が脱げないって、ニヤニヤしながら俺に脱がしてって、お願いしてきたよね?

 見た目が四歳でも、中身は十四歳だからって、ちょっと照れながら脱がしたのに……見た目は幼女で、中身がドSなメイドさんに辱められながらも、髪を乾かしたり、絵本を読んだりと、いつも通りの寝かしつけを行う。

 本を読み終えた後、麻理は俺の胸の上で寝ると言って抱きついてきて、莉紗ちゃんは俺の隣で横になっている。

 石鹸の香りがする、暖かい麻理の背中をトントンと優しく叩いているうちに、小さな寝息が聞こえはじめ……そして、淡い光を放ちだす。


「この光は何だ? どこかで見た事があるような気もするけど」

「おにいさん。このひかりがはなたれると、ひめさまがかくせいしますの。ですから、ぎゅーっとだきしめるですの」

「ぎゅーっと? こ、こう?」

「もっと、おもいっきりですの。こいびととだきあうように、しっかりと。ジタバタしても、はなしてはいけませんの」


 恋人なんて居ないから、恋人との抱き合い方なんて知らないし、抱きしめる理由も良く判らないけど、一先ず莉紗ちゃんの言う通りに強く麻理を抱きしめる。

 暫くすると麻理がもぞもぞと動きだしたので、言われた通り、離さないようにと腕に力を込める。しかし、姫様が覚醒するのに抱き締めないといけないのは何故だろうか。ずっと俺の胸に顔を埋めているけど、ちゃんと呼吸出来ているよね? 大丈夫だよね!?

 ちょっと心配になって、少し力を緩めてみると、


「に、にいさまっ! そんなにつよく、だきしめられたら、その……は、はずかしいですっ」


 緩めた腕の中から顔を紅く染めた麻理が――いや、マリアが抜けだし、上半身を起こすと口を尖らせる。


「あ、あれ? 麻理……じゃなくて、マリアちゃんだよね? えっと、莉紗ちゃんに強く抱き締めないといけないって言われたんだけど?」

「ふふふ。ながいつきあいなので、リサはすべておみとおしですの。そんなことをいいながらも、ひめさまはよろこんでいますのっ!」

「ち、ちがっ……どうして、そうなるのよっ!」


 莉紗ちゃんがマリアと向き合うように俺の上へ座り、二人で何やら言い合いを始めてしまった。


「ひめさまはおさないころ、『おにーちゃんがほしかった』とか『おにーちゃんに、あまえたーい』と、まいにちいってましたの」

「いつのころの、はなしよっ!」

「ろくさいころですの。ちょうど、いまのおすがたとおなじくらいですし、いっぱいあまえるチャンスだとおもいますの」


 いや、二人とも。口論するのは勝手だけど、俺の胸の上に座ってするのは勘弁してもらえないだろうか。

 マリアは腹の辺りなので良いとしても、莉紗ちゃんが首近くへ座っており、おまけに俺の顔へ背を向けているので、視界のほとんどが莉紗ちゃんのお尻という、とんでもない状態になっている。

 そして、そのまま話が続いたかと思うと、突然マリアのトーンが変わった。


「では、じかんもすくないから、そろそろほんだいね。リサがこちらへくるときの、おしろのようすをおしえて」


 声はもちろん麻理のそれだが、話し方が全然違う。ゆっくりと質問を繰り返していき、莉紗ちゃんから必要な情報を集めていく。

 傍で……というか下で聞いていると、莉紗ちゃんが転移する頃には、夜の魔女がマリアを探して異世界へ移動していたので、一先ずお城への攻撃は止んでいたらしい。

 とはいえ被害は甚大で、特に魔女が使った破壊魔法で城下町の七割が更地にされてしまったとか。お城は強力な防御魔法のおかげで建物は壊れていないものの、使い魔が内部を蹂躙し、阿鼻叫喚の地獄絵図だったと。


「いまは、まじょをたおすためのさくを、みなでかんがえているところですの」

「そう、ありがとう。いちじてきに、このせかいへかくれているけれど、ぜったいにあのまじょをたおしてみせる……あ、リサ。その、ごめんなさい」

「いえ、いいんですの。リサも、リカを――いえ、よるのまじょを、いもうとだなんて、おもっていませんの。かならず、たおしますの!」


 話しながら興奮してしまったのか、莉紗ちゃんが勢い良く立ち上がり、そこでようやく俺の上に座っていた事に気付いたのか、布団へと降りてくれた。

 そのため、俺の腹に座る麻理の姿をしたマリアと目が合い、


「あぁぁぁ……わ、わたしったら、ずっとにいさまのうえに、こしをおろしてしまっていたんですねっ!」


 泣きそうな顔で立ち上がり、そして俺の横へ腰が抜けたように、ペタンと座り込む。

 俺も慌てて上半身を起こし、マリアを落ち着かせようと「気にしなくて良いよ」と、頭を撫でてみる。未だ、あわあわ言ってはいるが、一先ず泣きそうではなくなったので、二人の会話で気になった事を聞こうと、莉紗ちゃんを見つめた。


「あのさ。さっきの話で、夜の魔女が莉紗ちゃんの妹だって聞こえたんだけど、それってどういう事なの?」

「そのままのいみですの。よるのまじょであるリカは、リサのふたごのいもうとですの。リサとおなじく、あるひとつぜん、まほうのちからがかくせいしたんですが、まちがったつかいかたをしていますの。ひとをまもるための、ちからのはずなのに……しかも、さらなるちからをもとめて、ひめさまをおそうなんて、ありえませんの!」

「それじゃあ莉紗ちゃんは、自分の双子の妹と戦うのっ!?」

「もちろんですの。ひめさまをきけんにさらしたこと、まちをはかいしたこと、そして、へいわにくらしていたひとびとに、きがいをくわえたこと……ゆるしませんのっ!」


 莉紗ちゃんが瞳に強い意志を込め、実の妹と戦う宣言をしている。

 いや、むしろ実の妹だからなのかもしれない。突然強大な力を手に入れ、誤った道に進んでしまった妹を正すために自ら戦う事を決め、そして自らの主であるマリアに仕えるため、この世界へやってきた。

 だけど、そんな志と共に異世界へ来たというのに、無力な四歳児に戻ってしまい、今の自分に出来る精一杯をメイドという形にしようとしたのだろう。

 しかし、莉紗ちゃんが本来あるべき魔法の力を得るのは八年も経った後の話だ。気持ちはわからないでもないけれど、怒りに身を任せるような事だけはして欲しくない。

 そんな事を思いながら夜は更けていったのだが、その翌日に世界が再び改変されてしまったのだった。

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